第九章「赤い気球」-010
「つまりそれは、他に何か事情を知っている管理委員がいるかも知れないって事か?」
「なんとも言えないわ。あたしたちが『学園』に戻ってくる前に、何かあったかも知れないし。それはいちいちあたしたちに話すような事じゃ無いかも知れない」
「管理委員長の4761に直接、聞いてみるのが一番早いか」
「そうね。なんでそうしないの?」
また教科書へ視線を戻しながら
「話せる事なら、俺に管理委員にならないかと言った時点で何か説明しているだろう? 説明がなかったという事は、俺には話せない事情があるのかも知れない」
「まぁ、そうなるけど……。4761はそこまで考えているかしら。単に言い忘れただけじゃないの?」
「それはそうだけど……。っていうか、何してるんだよ?」
俺は気になって
「何って、教科書に目を通しているだけよ。勉強は学生の本分よ」
いや、まぁそれはそうだけど。
「お前、そんな勉強熱心なキャラだったか? 今更ガリ勉キャラに転身?」
「いえ、そういう訳じゃ無いけど。しばらく『学園』から離れていたし、少しは勉強しないと、退学食らうかも知れないし……」
「いや、別に教師とかいるわけじゃないし。構わないんじゃないのか?」
「管理委員でも勉強してないと星は減るわよ。星の増減の基準は今ひとつはっきりしないけど、勉強していれば減らないのは事実よ」
そう言う
「ちゃんと勉強しているのに、星が減ってる生徒もいるらしいんだが」
「それは何とも言えないわねえ。管理委員は生徒の管理を手伝っているだけど、評価そのものにはノータッチだし。勉強しているなら、要領が悪いんじゃないかしら」
「要領?」
聞き返す俺に
「そ、要領! 『学園』には教師がいないでしょ? 手際よく合理的に勉強を進める方法なんて、なかなか教えて貰えない。例えば教科書を読むにしても要点だけを集中的に頭にいれる。それが出来ないと丸暗記してしまう」
「なるほどねえ」
よく知っている訳では無いけど、確かに2800は真面目だけど要領が悪い感じはする。
「……で、何の話? いや……、誰の話?」
今度は俺が聞き返される番だった。
「いや、成績と星の関係で、ちょっと気になる事があってな」
まぁそれは嘘では無い。4030のように『学園』から『卒業』したくないのに、星が増えていく生徒も居れば、真面目に勉強しているのに星が増えない生徒もい居る。
「理不尽だけど、それは外の社会でも、そんなに変わらないでしょ」
俺が考えていた事を、先に
「まぁ、そうだな。じゃあ俺は休むとするよ」
「おつかれ~~」
そう言って管理委員室から出て行く俺を
◆ ◆ ◆
翌日……、と言って良いのか未だに分からないが。とにかく俺は生活棟で一寝入りしてから授業に臨んだ。
今日の授業は今までほとんど行ったことの無い校舎だ。夕日の方向、おそらく西に面して建つA棟、B棟、C棟ではなく、その横に立つ校舎だ。
それと言うのも、今回は初めて受ける教科の授業。科目は何かというと家庭科だ。そう、家庭科。
授業の予定表を見ていて、たまたま見つけたのだけれども、考えて見れば『学園』の外へ脱出しようとした時に、一番、役に立つ教科かも知れない。
そんな目論見もあった。
校舎三階の教室に行くと、人気の無い教科と見えて、他には生徒は誰も居なかった。
例によって黒板には課題の板書がしてあり、生徒はそれを見て自習形式で勉強していくのは他の科目と同じだ。
今日の授業内容は、俺の期待とはちょっと違った。『衣服の歴史』という内容で、人間の身体を害虫や寒さから守る為のものだった衣服が、どのようにして現在の形に発展していったのかという内容だけど、『学園』からの脱出には役立ちそうにはないな。
もっとも授業をやっていれば、衣服の補修やあり合わせの食材での料理とか、何か役に立つ内容にもなるかも知れない。
そう思って、しばらくは真面目に課題をやっていたつもりだったが……。
飽きた……!
我ながら飽きるのが早いと思いつつも、衣服の歴史なんて地味な(失礼)内容を、教室でたった一人自習形式で勉強するのは、やはり厳しい。さっき起きたばかりなのに、どうしても眠気に襲われる。
これならば別の科目をやった方が有意義かも知れない。
そう思って、俺は途中でやった課題を
そして教室のドアを開けて廊下に出る。並びの教室では授業が行われていない。水を打ったように静まりかえっている。
ただでさえ人の居ない学校というのは不気味だ。一方で俺はこうも思っていた。
山の中にある巨大な学園。教師もいなければ職員も居ない。そしてそこではいつまでも夕方。
そんなものは俺の妄想で、実は誰も居ない学校で補習を受けていただけなのかも知れない。
『学園』からの脱出行はもちろん、生徒たちも俺が補修中の居眠りで見た夢なのでは。
そう
いや、いや。そんなはずはない。これは|現実リアルだ。およそ現実離れしているが現実なのだ。
ううむ、人が居ないとやはり変な考えになるな。さして腹は減っていないが、食堂でちょっと何か飲むか……。
俺はそう考えて階段へ向かって廊下を歩き出す。そしてその途中、俺は脇に退いた。
……あれ、俺は今なんで脇に退いた?
自分自身の行動なのに、なぜそうしたのか俺にも分からない。反射的にそういう行動を取ってしまったのだ。
そうだ。まるで前から誰か人が歩いてくる気配を感じたように……!
例えば路上を考え事しながら、あるいは褒められた事ではないが、歩きスマホしている時でも、誰かが前から近づいてくる気配を感じると、人間は無意識に避けてしまう。
まさにそんな感じなのだ。
俺は足を止めて慌てて周囲を見回した。誰も居ない。人が居る気配はない。気のせいか?
いや、同じ感覚は前にも経験している。『見捨てられた町』の学園に居た連中だ。姿も見えない、気配だけの存在。それが連中と呼ばれていたものだ。
それが何なのかは結局、分からなかった。透明人間みたいなものなのか、あるいは単なる勘違いなのか。
いずれにせよ俺は、その連中は、『見捨てられた町の学園』にだけいるものだと思っていた。
この『学園』にもいるのか? 単に今まで気づかなかっただけなのか? 多分にオカルトじみた展開だけど、まさか俺に憑いてこの山の中の学園まで来てしまったのか?
俺は深呼吸して、もう一度周囲を見回す。何も変化はない。思い過ごしか……。
次の瞬間、俺は小さく叫んで思わず飛び退いた。
「うわっ!? なんだ、どうした!?」
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