第九章「赤い気球」-007
「そういえば、俺も星の数は減ってないな。何度も『学園』から脱出しようとしたのに」
3788の話を聞いて俺はふとそんな事を思い出した。
「まぁ、お前はまだ『学園』に来て間もないってのもあるかもな。来てからしばらくは星の数は変動しないんだ。上がりもしなければ下がりもしない。無茶やるなら今のうちだぞ」
3788はそう言うけど、これ以上の無茶って何だよ。校舎の窓ガラスを叩き割って回ったり、廊下をバイクで疾走したりとかか。いや、そもそもバイクはないか。
俺たちがそんな事を話している間に、委員長こと2800は課題を終えたらしい。課題を教室の前にある
あまり機嫌は良く無さそうだ。俺と3788は慌てて課題をやっている振りをした。
「貴方たち!」
案の定、委員長は舌鋒鋭く俺たちに怒鳴りつけた。
「課題をサボっているとどうなっても知らないわよ! 卒業したいのなら、真面目にやりなさい!!」
なかば八つ当たりのように、俺たちをそう怒鳴りつけると、2800はそのまま教室のドアから出て行ってしまった。
その時、俺は確かに確認した。2800の首から提げられた身分証明書の星が二つになっていたのだ。
星は成績、『学園』内での生活態度から『管理者』が算出して生徒に与える。星が五つ貯まった状態でしばらく経つと卒業。そして星が一つの状態のまましばらくすると、『退学』になる。もっとも『管理者』の判定基準は、さっき3788が言った通り、今ひとつ曖昧というはっきり分からない。
2800のように真面目に勉強して、おそらくは生活態度もきちんとしているにも関わらず星を減らされる生徒も居れば、俺のように『学園』からの脱出に血眼になり大して勉強もしていないの、増減無しなんて場合もある。
2800が苛立っている原因には俺の存在もあるかも知れないな。
「勉強しよ」
「そうだな。それがいい」
俺の独り言に3788も同意した。
◆ ◆ ◆
さて、管理委員の件はどうするか。
対して
確かに
それに3788は冗談のように言っていたが、拳銃が貰えるというのもメリットだ。『学園』の外へ出たら、まず身を守る手段がない。
二度に渡る俺の脱出行は、幸い敵対心旺盛な相手とは出会わなかったが、これからもそうなるとは限らない。
いきなり相手を撃つかどうかはさておき、いざという場合、脅しに使える道具が手に入るのは大きなメリットだ。
しかし……。
「面倒臭そうなんだよなあ」
思わず本音が声に出た。
それにそれこそ
そんな事をすれば……。うん? 管理委員が『学園』のルールを破った場合、どうなるんだ? 管理委員を首になるのか? それとも『退学』? そういえばその説明を聞いていなかったような気がする。
これは
食堂で俺がそんな事を考えていると、突然、声が掛けられた。
「お前、0696だろ?」
男子生徒の声だ。声がした方へ
何となく嫌みたらしい雰囲気だ。いや本当に嫌みたらしいのか分からないが、しかし何故か第一印象が良くなかったのは事実だ。
「あぁ、そうだけど」
俺は肯いた。
「ふ~~ん……」
自分から訊いたにも拘わらず、その男子生徒は素っ気ない返事で周囲を見回した。食堂は24時間(?)無休。そして『学園』はいつも午後4時46分で昼も夜もない。腹が減った時に食堂へ来れば良い。
その為、食堂のピークタイムというものもなく、食事をしている生徒の人数は、一日を通して大体同じ人数だ。
今も六割程度、席が埋まっているような感じだ。
「空いてる?」
顎をしゃくって、俺の隣席を指しながら、その男子生徒は言った。
「あぁ、まあな」
なんだ、こいつ。席は他にも空いているのに、どうしてわざわざ俺の隣に来る? 正直、第一印象が余り良くなかっただけに、俺としても警戒してしまう。
トレーをテーブルに置いたそいつは、俺に構わず食事を始めた。特に持って回った意図は無いのか? 俺の隣に座ったのは単なる偶然というか、気まぐれなのか?
そんな事を考えながら、そいつを眺めていると、首から提げている身分証明書の星が四つあることに気がついた。
最大で五つまでだが、そうなるともう卒業間近。事実上、四つが上限と言っても良く、大抵の生徒は三つだ。
それを考えると星四つというのは、かなりのレアキャラだ。
「お前さぁ~~」
出し抜けにそう話し出す。何の前置きも無かったので、お前が俺の事を言っているのだとは思わなかった。俺がそっぽを向いているので、そいつは重ねて言った。
「お前、人が話しかけているんだから、こっちを見たらどうだい?」
うん、嫌みたらしい奴だ。確信した。余り仲良く離れそうにない。しかし初対面からケンカする事もあるまいと、まずは下手に出てみた。
「あぁ、俺? 何の用? どこかで会ったっけ?」
煽る意思はさらさらない。純粋に覚えは無く、確認しただけだ。
「4030」
星四つが着いている身分証明書をかざして、そいつは改めて言った。
「話をするのは初めてだ。俺はお前、0696の事を知っているが、お前は俺の事は知らないだろうな」
「そうだな」
俺は肯いた。記憶を探っても4030なんて生徒は記憶にない。管理委員にも居なかったし、授業で一緒になった生徒にも居なかったはずだ。
「何の用だよ?」
俺は少し警戒して探りを入れた。可能性は低いとは言え、万が一にも、掘ったり掘られたりするのがお好きで、そういう相手を捜している奴かも知れない。そういうのはこちらとしても願い下げだ。
4030と名乗った生徒はしばらくパンをかじっていたが、おもむろに切り出した。
「なんで、『学園』から逃げだそうとするんだよ?」
「は?」
思わぬ問いに俺は首を傾げた。
「なんでだよ。俺たちは『学園』に閉じ込められているんだぞ。逃げだそうと、脱出しようとするのは当たり前じゃ無いか?」
「迷惑なんだよ」
4030はすでに少しけんか腰だ。
「迷惑? 俺とお前は初対面じゃ無いか。別に俺は何もお前に迷惑かけていないだろう?」
「そもそも、なんで『学園』から逃げだそうとするんだよ。『学園』から出たいのなら、大人しく勉強すればいいじゃないか」
4030は正論で俺を責めてきた。
「だけど、いつになったら卒業できるか分からないじゃ無いか。星が増える基準だってあやふやだし」
そう反論する俺の脳裏に2800の姿が浮かぶ。彼女も真面目に勉強しているだろうに、星が増えるどころか減っているのだ。
2800の事を例に挙げてやろうと思ったが、4030が彼女を知っているかどうかは分からないから自重した。
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