第九章「赤い気球」-006

「それで1103ヒトミは選挙に当選して、管理委員になったんだ」


「そうね」


「よく当選したなあ」


 思わず本音が口を突いて出る。やばい、これは怒られるか? そう思った時には遅かった。1103ヒトミは俺を横目で睨んできた。


「なによ、どういう意味?」


 うん、そう来るだろうね。まぁ、いい。いきなり怒鳴りつけてこないという事は、1103ヒトミの方にも自覚はあるようだ。ここはむしろ開き直った方がいいかも知れない。


「だって……。1103ヒトミは愛想がないというか、あまり人に媚びないタイプじゃないか。選挙って、そういうのとは真逆の人の方が有利だろ?」


 開き直るつもりが、微妙に腰砕けになってしまった。うん、みみっちいぞ。俺。しかし1103ヒトミは自覚があるのか、一つ、嘆息してから答えてくれた。


「まぁ、それは分かっていたんだけどね。普段は『管理者』に目を付けられないように猫かぶっていたつもりだし。でもまぁ立候補する物好きは少ないし、出れば当選。信任投票みたいなものよ」


 なるほど。立候補者がいないとさすがに選挙は成り立たない。それで4671は予め、俺に話を通しておいたという事だろうか。


「じゃあ『立候補イコールほぼ当選』という事か」


「まぁ、そうなるわね。だから4671に唆されて、うかつにOKしないように。うかつに当選したら、動きづらくなるわよ」


 最後に1103ヒトミはそう念を押した。


◆ ◆ ◆


「……やってみればいいだろう」


 彼女はにべもなくそう言い放った。こっちはこっちで予想通りの結果だ。


 そんなわけで俺は美術閲覧室へやってきた。他の人の意見を聞く為だ。そして相談している相手は言うまでも無い。9999フォアナインだ。


「いや、でも1103ヒトミは身動きが取りにくくなるから、やらない方がいいんじゃないかと……」


 俺がそう弁明すると9999フォアナインは、クリムトの画集を広げたままにんまりと笑って見せた。


「なんだ、すっかり尻に敷かれているんだな」


「いや、別に尻に敷かれているわけでは……」


 また別の弁明をする羽目になってしまった。


「なんでも経験だ。やってみればいい。1103ヒトミは、別行動が取りにくくなると言っているようだが、逆に考えてみれば、管理委員が二人居るんだ。管理委員二人出ないと取れない行動もあるだろう?」


 なるほど。管理委員でないと行けない場所もあるようだし、二人居れば選択肢が広がるのも事実だ。


 いや、待て。そう言えば……。4671に聞いた方がいいのだろうが、わざわざ出向く程の事でも無いし。『学園』の主的存在の9999フォアナインなら、知っているかも知れない。


 俺は頭に浮かんだ、その疑問を9999フォアナインに確認してみる事にした。


「ところで管理委員って、途中で止める事は出来るのかな?」


「ふむ、辞任したという話は聞いた事が無いな」


 9999フォアナインはそう前置きして続けた。


「管理委員が辞める時は大抵『卒業』だ。まぁ稀に素行不良、学業不振で解任される事もあったはずだが、稀だな」


「じゃあ、余計うかつには了承できないな」


 4671の誘いに応じて立候補したら、そのまま管理委員就任。1103ヒトミの言う通り、動きが取りにくくなっても『すいません。辞めます』という訳にはいかないようだ。


 しかし、待てよ。途中で辞める事が出来ない。辞める時は『卒業』という事は、近々、卒業する管理委員がいるという事か?


 生徒が『卒業』するには、ちゃんと授業に出て星を集める必要がある。最初は星三つからスタート。大抵の生徒は星三つだし、俺や1103ヒトミ9999フォアナインもそうだ。


 管理委員の中にそろそろ『卒業』する生徒が居るなら、星が四つ、五つになっているはずだが、生憎と身分証明書に着いた星の数まではいちいち確認していない。もっとも管理委員長の4671ならそれは当然分かるわけだな。


「どうした? まだ迷ってるのか」


 俺が黙り込んでいるので、9999フォアナインの方から、そう訊ねてきた。


「いや、ちょっと考え事をしていた。有り難う、参考になったよ」


「私はやってみろと言ったが、最終的に決断するのは君自身だ。よく考えろ」


 そう言うと9999フォアナインは、またクリムトの画集に戻った。


◆ ◆ ◆


「……なんだよ、それ。自慢? 自慢なのか!?」


 教室で俺がそう話を振ると、3788はふてくされたようにそう言った。


「管理委員長から管理委員にならないかと誘われちゃったよ~~。いやぁ、オレ様優秀で困るな~~って自慢なのかよ!」


「自慢じゃねえよ!」


 俺は真面目に話を聞かない3788に少し声を荒らげた。


 1103ヒトミ9999フォアナインに続いて、三人目に意見を聞いたのが、3788だったという訳だ。


 1103ヒトミは管理委員、9999フォアナインは『学園』の主的存在だけど、正直、正体不明。という訳で一般生徒の意見も聞きたいと思ったのだけれども、生憎と簡単に相談できるような相手が居ない。


 敢えて言えば3920ミクニだけど、あいつは管理委員のスパイをやっていた事もあり、何か言えば4671や他の委員にも筒抜けになってしまいそうだ。


 消去法という名の、事実上二択で3788になったという次第だ。


「辞めた方がいいんじゃないの。面倒臭いぜ、きっと」


「だよなあ」


 俺がそう答えると、3788は思い直したように続けた。


「あ、でも管理委員になれば拳銃が持てるんだろ? 格好いいじゃん、やれよ」


「どっちだよ!」


 再び俺は大きな声を出してしまった。途端に叱責の声が飛んできた。


「その男子二人! 授業中よ、静かにしてちょうだい!!」


 そうだ。今は授業中だったのだ。もっともこの『学園』には教師も居なければ、正確な時計も存在しない。教室が閉め切られているうちに、何者かが課題を用意したり、板書したりと準備をして、後は生徒が教室に入って勝手に授業を進める。


 つまり自習時間がずっと続くようなものだ。当然、真面目にやる奴とやらない奴が出てくる。そして今の俺たちは、当然、前者だ。


「はいはい、分かりました。委員長!」


「委員長じゃ有りません! あだ名は禁止です。私は2800です!」


 前の席からが、そう言い返してきた。


 そうだ。今し方俺たちに注意したのはだ。俺がこの『学園』に来たばかり、教室に初めて入った時に声をかけてきた女子生徒だ。


 三つ編みお下げと真面目そうな外見から、俺は何となく心の中でというあだ名を付けていたが、その印象は他の生徒も同じだったらしい。


 3788や他の生徒も、2800をと呼んでいたらしい。でもまぁ、校則であだ名は禁止とあるのでおおっぴらには使えない。使うとしても、今のように冗談半分でだ。


 ぶつくさと言いながらは、また課題に戻ってしまった。


「最近、機嫌悪いんだよなあ。。成績が落ちて苛ついてるんだ」


 3788はそうつぶやいた。


「そうなのか? 真面目そうに見えるんだけどな」


 現に今も真面目に課題へ取り組んでいる。ちなみに今は数学の授業中だ。


「星が二つになってしばらく経っているのに、なかなか星三つに戻らないらしいんだ。まあこの『学園』の成績は、どう判断しているのかいまいち分からない所有るしな。何もかも『管理者』の胸先三寸だ」

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