第一章「選ばれた場所」-023

『管理者』から拒絶された。


 5041の表情には恐怖がありありと浮かんでいた。あとはもう恐怖と恐怖を天秤にかけるだけ。


『管理者』から拒まれたまま『学園』に残ると主張するのか。それとも見知らぬ日常へ戻り、不安な明日におびえながら過ごすのか。


 最初から等量の天秤ではない。なぜなら『管理者』で拒絶されて『学園』で生きていく事は出来ない。ついさっき、この『学園』に来た俺でも、1103からの説明だけでそうと分かる。おそらく実時間で何ヶ月も何年も『学園』で過ごしてきた5041にとっては尚更だろう。


「畜生!!」


 5041は今まで手にしていた貧相な花束を思いっきり地面に叩き付けた。


「畜生!! 畜生!!」


 何度もその言葉を繰り返しながら、俺たちに背を向けて、バス停で待っているバスへ向かって歩き出す。もっともその歩みも決してしっかりとした意思があるわけではなく、とぼとぼとどこか後ろ髪引かれるような歩き方だ。


 バス停の前で名残惜しそうにこちらへ振り返ったが、それに合わせて4761がひときわ大きな声をかけた。


「おめでとう! 5041!! 卒業、おめでとう!!」

 続いて他の生徒たちも口々におめでとうと声を掛けた。


 どうみても、めでたい状況ではない。俺はただ5041を見送り、そして1103も俺の横で醒めた視線を送っているだけだった。


 5041はバスの乗降口手前で、こちらへ向かって何事か言ったようだが、大声では無く、また距離があるのでちゃんと聞き取れなかった。おそらくは悪態か何かだろう。わざわざ気にする必要も無いか。


 そして5041は肩を落とし悄然としてバスへ乗り込んだ。


 バスは『学園』正門に対して右から来て左へ向かう。『学園』正面に夕日が見える、つまり西向きだから北から来て南へ向かう事になるわけだ。


「なぁ、あのバス。どこへ行くんだ?」


 答えはおおよそ見当が付いているが、俺は1103へ聞かざる得なかった。


「分からないわ。でも多分、運行しているのは『管理者』かその関係者」


 なんでそう思う? そんな疑問が俺の表情に出ていたようだ。1103は続けて説明してくれた。


「いつも卒業式に合わせてタイミング良く来るんだもの。連絡が行ってるとしか思えないわね」


 なるほど、そういう事か。


 俺たちの目の前でバスはドアを締めて発車した。ここからでは運転手の姿は見えない。いるのかどうかすら分からない。


 バスはやがて木立の合間に消えていった。


 俺も1103の言う通り、素直に『学園』で勉強すれば、いずれ卒業してあのバスで日常へ帰還するのだろうか?


 駄目だ。そんな光景はどうしても思い浮かべる事は出来ない。


「それではこれで5041の卒業式を終了とします」


 最後に管理委員長の4761がそう宣言した。これで『学園』から5041という生徒は卒業した事になるのだろう。


 まるで4761がそう言うのを待っていたかのように、門扉の前の壁が地下からせり上がってきた。


 改めて壁をよく見てみる。コンクリート製の頑丈な壁だが、高さは大した事が無い。2メートル少しというところか。頑張れば乗り越えられそうだし、何か踏み台があれば余裕だろう。


 この高さなら脱走する生徒だっていそうなものだが……。さっきの5041の態度を見ると、みな『学園』の環境に慣れきってしまっているという事なのか?


 4761や他の生徒たちは、それぞれ談笑しながら、校舎の方へ戻っていく。なんというか妙にあっけない光景だ。


「じゃあ1103。私たちは業務に戻るからね。0696、あんまり彼女を困らせちゃ駄目よ」


 5865が俺たちにそう声を掛けた。


 俺が1103を困らせるとはどういう事だよ……? そう聞き返そうとする前に1103が口を開いた。


「大丈夫ですよ。あたしももう馴れましたから」


「あらあら、頼もしいわね。それじゃあね」


 5864は笑って手を振りながら校舎の方へ戻って行ってしまった。


 あとに残されたのは俺と1103だけ。


 1103はしばし無言のままでいたが、やがてため息をつくと、下を向いて言った。


「なんか……、その。嫌な役回りをさせちゃってごめんね」


「5041の事か?」


「そうよ。追い出し係みたいになっちゃって……」


 ようやく1103は顔を上げた。泣いているわけではないが、なんというか悔しさを隠しきれないという表情だ。


 なんだ、結構いいところあるじゃないか。


 俺は1103をちょっと見直した。


「ま、まぁ俺も好き勝手言っただけだからな。嫌な役回りとは思っていないぜ」


 少し調子にのって俺はそう言った。


「いつもこうなのよ」


「いつも?」


「ええ。転入生は代わりに卒業していく生徒に声をかける。あたしの時もそうだったわ」


 そう言うと1103は終わらない夕焼け空を見上げた。


 なるほど。自分の時の事を思い出したわけか。何があったかおおよそ想像はつくから、ここは触れない方がいいな。


「それで俺はこれからどうすれば……」


 その時だ。1103が何か気づいたように、背後を伺う振りをすると、俺に向かって小声で言った。

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