第一章「選ばれた場所」-022
「5041……。あのさ、帰れるんなら帰った方がいいと思うぜ。家族や友達だって待ってるだろうし」
「いや、その家族や友達が思い出せないんだ! 帰ってどうする!」
それはまぁそうだろうけど……。と、考えあぐねていると、委員長の4761が助け船を出してくれた。
「『管理者』は日常生活に復帰したら、記憶を戻してくれるはずだぞ」
4761はそう言った。俺は傍らにいる1103の方へ目をやり尋ねた。
「そうなの?」
「そうらしいわ」
そう言ってから1103は小声で付け加えた。
「でも確認する手段がないわね。それに『管理者』が実際にそうコメントした事はないし」
結局、当てにならないという事か。
「嫌だ、帰りたくない!! 記憶を戻してくれるって言うんなら、なんでここで戻してくれない!? 記憶が無いまま、知りもしない生活に戻れなんて一方的すぎる!!」
まぁ5041の言うことにも一理ある。しかし今さっき、出し抜けにここへ放り込まれた俺としても言いたい事はある。
「じゃあ日常生活に戻ったら、この『学園』の事を世間に公表してくれよ」
俺がそう言うと5041は虚を突かれたような顔をした。
「ここには俺やあんたのように、日常生活の記憶を無くして暮らしてる生徒がたくさんいるんだ。俺たちを救い出してくれと、世間に訴えてくれ」
俺の言葉に5041は力なく肩を落とした。
「今までにもたくさんの生徒が、そう言われて『学園』を卒業していった。しかし、いつまで経っても『学園』に救いの手が伸びた事は無いじゃないか! それに……!」
5041は門扉を掴んで言った。
「あんたはついさっき来たばかりだから分からないだろうけど、誰も『学園』から救い出して欲しいなんて思ってない! ここは楽園だ! 明日の事も、未来の事も一切の心配なしに安心して生きていける。誰がこんな所から好きこのんで出て行くもんか!!」
「……え」
その言葉に俺は絶句した。生徒の誰もがこの不可解な環境から逃げ出したいのだと思っていた。
『別に危険はない。安心できるじゃないの』
先ほど、食堂から宿初施設へ移動する時、1103が言っていた事を思い出した。
安心、安心か……。
俺は無意識のうちに振り返っていた。その視線の先には『学園』の裏山。そしてその頂上に立つ漆黒の塔。塔は相変わらず周囲を睥睨するようにそこに立っていた。
まったくもって安心できない光景だ。しかし衣食住を保証され、時間さえ奪われ、それに馴れてしまうと、ここは安心して住める場所になるようだ。
「ここで生きるのは、安心とは違うと思う……」
俺は5041の方へ振り返りながらそう言った。
「不安がないのが安心だ。何が違う!!」
5041が単純きわまりない反論をしてきた。
「自由がない」
俺は自分でも気づかぬうちにそんな言葉を口にしていた。俺は続けて言った。
「そうだ。自由がないじゃないか! あんたは日常生活に戻って、自由に暮らせるようになるはずだ。さっき委員長が言っていたように旅行にも行けるし、好きなものも食べられる。自由になるはずだ。それのどこが不安なんだ!?」
「恐いのは嫌だ!!」
門扉に捕まったまま、5041は悲痛な叫びを上げた。
その言葉に俺は目から鱗が落ちる思いだった。
恐い……? 自由が、恐い……? そうか、自由は恐いのか。明日、何でも出来るという事は、明日、何が起きるか分からないというのとイコールだったのか。
安心できる環境は、即ち自由がないというわけなのか? 自由が無ければ安心できるのか? 自由がないと人間は逆に不安になるものだとばかり思っていた。
俺には意外すぎる反論だった。少しばかり考え込んでしまう。
その時だ。場違いな音が響いて、俺は束の間の物思いから引き戻された。
聞こえてきたのは自動車のクラクションだ。それも大型車のものだ。
顔を上げると門の外、車道のバス停に一台の乗合バスが停まっているではないか。
「5041。バスが迎えに来たぞ。そろそろお別れだ。元気でな」
管理委員長の4761はそう言うと、また拍手を始めた。副委員長の5865もそれいならう。そして他の生徒たちも一段と激しく拍手を繰り返し始めた。
「嫌だ!! 俺は卒業しないぞ!! 絶対に『学園』を出て行くもんか……!!」
相変わらず抵抗を続ける5041に、さすがに4761は渋い顔をしてみせた。
「あんまり我が儘をいうもんじゃない、5041。それにいつまでもそうして門に捕まっていると、『管理者』が……」
4761がそこまで言った時だ。
5041が握ってる手と門扉の間に火花が飛び散ったように見えた。5041は思わずもんどり打ってひっくり返ってしまった。
スタンガンのようなものか? 俺が視線で問いかけると、1103は5041の方を見つめたままで答えた。
「脱走防止や聞き分けのない卒業生の為に、門扉には電流が流れるようになってるの。操作は『管理者』が行っているらしいわ。今回も『管理者』が痺れを切らしたんでしょうね」
なるほど。電流だけに痺れを切らしたと……。そうは思っても口にはしなかった。
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