第一章「選ばれた場所」-017
「しかし食べ物に上下するカプセルベッド。それに拳銃……。『管理者』はどこから手に入れているんだ? 学校単位で出来る事じゃないだろう」
「そうね。国か、それ以上の組織、団体か」
宇宙人? いやいや、宇宙人が地球人の使ってるカプセルベッドや拳銃を調達するって方が無理有るだろう。
「どうなってるんだ。まったく……」
お手上げだ。
「あ、それでもう一つ注意点があるんだけど。カプセルベッドの数は全フロア合わせて300基くらいしかないの。だから全員一斉にここで寝るのは不可能なのよ。足りない時には……」
いやいやいや……! 今の流れで、いきなりさっきまでの話に戻るか!?
「天然か!」
思わずそんな言葉が口を突いて出た。
俺の言葉に1103は、しばしきょとんとしていたが、何事も無かったように話を続けた。
「ベッドが足りない時は、校舎内の教室や談話室を一時的に解放しているから、寝袋を持ってそこで休んで」
「はいはい」
俺が投げやりに答えると、1103は少し気を悪くしたように言った。
「で、あたしのどこが天然だって?」
「拳銃の話をしていたのに、いきなり寝床の事に戻るのはないだろう」
俺がそう言うと1103は露骨な様子でため息をついてみせた。
「でもこれがこの『学園』の日常なのよ。拳銃を持っている生徒がいて、その一方で『学園』内で寝起きして。あたしとしては、慣れなさいとしか言いようが無いわね」
「まったく、『管理者』って奴らは何を考えているんだ……!」
「知らないわ」
いい加減に1103も同じ台詞を言うのに飽きたのか、げんなりしたようにそう言った。しかしそれで何かを思い出したようだ。周囲を見回してから、俺に向かって声をかけた。
「『管理者』で思い出したけど、ちょうどいいわ。あれの使い方を教えておくわ」
「あれ?」
聞き返す俺に構わず、1103は出入り口の方へ向かって歩き出しながら答えた。
「使えないと何かと不便なものよ」
「今度は一体なんだよ。ミサイルか? 巨大ロボか?」
「そんな理不尽なものはないわよ」
いやいや、太陽が沈まないとか、女子高生が拳銃持ち歩いているのも、充分すぎるほどに理不尽だろう。
1103は壁に取り付けられた消火栓の前で足を止めた。
「消火栓よ」
「うん、分かっている」
確かに消火栓だ。事実、余り文字が使われてないこの『学園』でも珍しい事に、堂々と『消火栓』と書いてある。マンションや駅、それこそ普通の学校施設にもあるような、壁に埋め込みの消火栓だ。
ただちょっと違うのは、受話器が着いている事。もっとも緊急連絡用の受話器が着いている消火栓も、見た事があるような気がする。
「まぁ消火栓は消火栓として使うんだけど、問題はこの受話器」
受話器の横には、なんか電話番号のリストみたいなものが貼ってあった。
「公衆電話の使い方、知ってる?」
「……あぁ、多分」
ええと、十円硬貨入れてからテンキーを押すんだっけ? いや、テンキーで相手先の番号を入れてから十円硬貨入れるんだったか?
「公衆電話と同じように、この電話で『学園』内のあちこちにある電話に連絡できるわ。
「なるほど、普通の固定電話みたいなものか」
便利なんだか、不便なんだか。
「それと
「それなら素直にスマホでも渡しておけばいいのに」
まどろっこしい『管理者』のやり方にはうんざりしてきた。
「じゃあ直接、抗議すれば」
1103はそう言うと、俺に受話器を差し出した。
「抗議って、誰に?」
「『管理者』よ」
「はぁっ!? 誰も会った事はないって言っていたじゃないか!」
思わず反論した。ついさっき、この生活棟に入る前、1103はそんな事を言っていたはずだ。話した事もないと言っていたのに、電話できるとか、変じゃないか?
俺の反論に1103はすました顔で答えた。
「ええ、誰も会った事ないし、話した事は無い。でもこちらから一方的に話しかける事は出来るのよ。ちゃんと聞いているかどうかは分からないけどね」
そう言いながら、1103は俺の方へ、さらに受話器を突きつけた。
要するに電話は繋がるが、向こうは話さない。こちらが一方的に喋るだけになるって事か?
「意味が無いだろう」
俺がそう言うと、1103は答えた。
「でも話した事はある程度反映されるわ。食堂の麻婆豆腐に激辛を追加してくれとか、浴場のシャンプーがフローラルだけだったのに、カモミールやラベンダーをいれてくれとか。ブラのサイズにAAを……」
と言いかけて、少し頬を赤らめて、1103は一旦、口をつぐみ、そして言い直した。
「とにかく、こちらの話を『管理者』が聞いているのは確かなのよ」
「要するにあれか。カスタマーサービスみたいなものか」
俺は受話器を受け取った。
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