第一章「選ばれた場所」-016

「カプセルホテルか」


 そう、どうみてもカプセルホテルだ。室内はちょっと薄暗く、天井も低い。そこに二段になった就寝用のカプセルが並んでいる。


「ここで寝ろってか?」


「そうね」

 1103は肯いた。


 時間の無い『学園』だ。これから寝ようとする男子生徒や、今しがた起きたばかりの男子生徒が、いきなり入ってきた女子生徒、つまり1103に少し目を丸くしている。しかし反応と言えばその程度で、別に逃げ出したり、あるいは怒りだしたりはしない。


 1103が連れている俺が転入生で『学園』内の説明をしていると分かっているのか。あるいは一般生徒から『管理委員』は恐れられるのか。その両方かも知れない。


 まぁいずれ分かるだろう。


「奥にはシャワーと洗顔室、トイレ。それに余り広くないけど浴場もあるわ。もっと広い浴場が体育館にあるから、お風呂は好きな方を使って」


 うん、そう所までカプセルホテルだ。って事は、記憶を無くす前の俺は、カプセルホテルに泊まった事があるのか?


 1103はカプセルベッドの一つに近寄った。出入り口の所には青いLEDが点灯していた。

「これが青の時は未使用。赤は使用中。点灯していない時は使用中止。使用中止になると……。あぁ、ちょうどいいわ」


 1103が頭を巡らせると、少し先にある二段になったカプセルベッドが、そのまま床下へと収納されていく所だった。

 なんか特撮番組でメカが発進するシーンのようだ。


「一度使うと使用中止になって、その後、清掃の為に床下へ収容されるわ。清掃が終わったら、また上がってくる」


「無駄にこってるな」


 そうとしか言いようがない。


「いくつか注意点があるのだけど……。例によってスキャナに身分証明書を読み込ませて使うんだけど、一旦、このフロアを出ると使用中止になってしまうの。フロアを出る時は、必要なものは必ず持って出て」


「ずっと寝続けるってわけにはいかないのか」

 俺がそう言うと1103は肯いた。

「ええ、食事は食堂でしか出来ないからね。お腹が空いたら、ここを出て食堂に行くしか無いのよ」


 ……待てよ。


「でも誰かを脅したりして、食い物を持ってこさせる事も出来るんじゃね? それで居座られたらどうするんだよ」


 俺の言葉に1103は一つ嘆息した。


「よくもまあ、そんなに色々と反則を考えつくわね。ほとほと感心するわ」


「そりゃどうも」

 俺がそう言うと、1103は少し笑った。


「そういう時は、あたしたち『管理委員』が実力で排除するわ」

「実力……、ねえ」


 そうは言うけど、それには裏付けとなる力が必要なはずだ。1103はもちろん、さっきの4882だって、他の生徒をねじ伏せるだけの体力があるとも思えない。


 普通の学校で生徒が教師に従っているのは、教師に権威と権力があるからだ。その気になれば教師は一方的に生徒を学校から放逐出来る。

 生徒会や風紀委員は学校側や教師側から、その権限を委託されてるから、他の生徒を従わせる事も出来るというわけだ。


 しかしこの『学園』の環境じゃあ、『管理委員』が指示に従わない生徒を排除できるとは思えない。

 そもそも教師や『学園』を管理している『管理者』がまったく姿を見せないんじゃ話にならないはずだ。


「『管理委員』が他の生徒を従わせるだけの実力が無いと思っているんでしょう?」

「まぁ、そうだな」

 俺が肯くと、1103は人差し指と親指を立てて、こちらへ向けた。


「ばあん」

 気の抜けた声でそう言った。要するに手で拳銃の形を作ってみせたわけだ。


「……は? なに?」


「これよ、これ。さっき管理委員室で4882が持っていたでしょ?」


「ん? エアガン?」


「エアガンじゃないわよ」


 そう言うと1103は制服の前を開けた。その下から白いブラウスが覗く。正直に言おう、俺はちょっとどっきりしてしまったのは事実だ。しかしブラウスの上に掛かっているものを見て、少し驚いたのも事実だ。


 4882が付けていたものと同じチェストホルスターだ。1103はそこから拳銃を抜いた。


 銃口を下へ向け、トリガーに指を掛けないようにして、俺に分かるように拳銃を示す。


「本物よ。当たれば痛いし、運が悪ければ死ぬわ」


 さすがに驚いた。


「ええ!? ちょ、ちょっと待てよ。なんで生徒が拳銃を持ってるんだ? いいのか、そんなの! 法律とか色々と問題だろう」


「日本国内に太陽が沈まない土地があるの?」

 そう言うと1103は慎重に拳銃をホルスターに戻した。


「日本の法律は通用しないのよ。ここでは『管理者』が法律。そして『管理者』から委託されたあたしたち管理委員がそれを執行する。大丈夫よ、常識的な振る舞いをしていれば撃たれる事は無いわ。あたしも人に向かって撃った事は無いしね」


 1103は制服のボタンを締め直すと続けた。


「でも練習はしているわ。管理委員会室の地下に練習場があるのよ」


「はぁ……」

 山の中にあるだだっ広い学校、進まない時計、沈まない太陽、名前を忘れた生徒たち。その挙げ句に銃で武装した生徒かよ……。


 どういう無法地帯だ。

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