第一章「選ばれた場所」-015
俺がそう尋ねると、1103は肯いてみせた。
「そうね。でも目的は分からない。そしてここがどこなのかも分からない。『卒業』した生徒は『学園』から出る事が出来るけど、本当に元の生活に戻れるかどうかも分からないわ。『学園』の存在が知られたら、大騒ぎになってるはずだし」
自分の個人情報だけに関する記憶をピンポイントで消せる技術があるんだ。『卒業』した生徒から『学園』の記憶だけを選択的に消す事だって出来るだろう。
しかし家族や友人、知人はそうもいかない。『学園』にいる間、その生徒は一般生活から姿を消している、つまり失踪している事になる。
記憶を失う前の俺が書いた手紙には、俺がこの『学園』に来たのは、同意があっての上だと書いてあったが、それにしてもこれだけの同年代の少年少女が失踪していたら、警察沙汰なのは間違いない。
「あ~~、もう!! 分かんねえぇ!!」
思わず髪の毛を掻きむしる俺を、1103は物珍しげに見ていた。
「貴方、本当に変な転入生ね」
「変て、何が!?」
俺は思わず言い返した。そんな俺に1103は小さく笑った。これまで冷笑や皮肉な笑みを浮かべる事はあったが、この笑みは今までのものとは明らかに違った。
「あ、いや。そのね、嫌みじゃないのよ。怒ったらごめんね。ただ今まで転入生って、なんというか。貴方みたいに頭を抱えるなんてなかったから……」
ちょっと視線をそらせるようにして言い訳する。
「そうなのか?」
「うん、大抵は曖昧な笑みを浮かべて、へぇとかはぁとか言うだけ。まぁ状況が飲み込めていないだけだと思うんだけど。貴方みたいに理不尽な状況でも、理解しようとする転入生は初めて……。いや、初めてでもないのか……」
最後の方は独り言というか、うつむき加減で自分に言い聞かせているように見えた。
怪訝な俺の視線に気づいたようだ。
「いえ、別に何でも無いのよ。じゃあ、次行きましょうか」
少し慌てたようにそう言いつくろった。なんだ、結構、可愛い所あるじゃないか。俺は1103の意外な一面に気づいた。
ちょっとした悪戯心が俺の中に首をもたげてきた。
「次って、別の建物?」
「いえ、ここの一階よ。同じ生活棟になるわ」
1103が考えを巡らせる前に、俺は質問を畳み掛ける。
「そう言えば『管理委員』って、何人いるんだ?」
「今は十人ね」
「じゃあ生徒数は?」
「500人くらいかしらね。『管理委員』一人当たり50人を見てるから大変よ」
「他に何とか委員会とかはないの? 生徒会とか」
「ないわね」
よし、チャンスだ。
「彼氏いる?」
「いないわ。生徒手帳にもあるけど、男女交際は禁止。あと同性間でも必要以上に親密な関係性は禁止! それと個人的にそう言う質問はセクハラ!!」
しかし俺は調子に乗って続けた。
「スリーサイズは?」
さすがに1103は足を止め、俺の方へ向き直ると睨み付けながら言った。
「蹴るよ」
言うが早いか、1103は俺の向こう臑を蹴り飛ばした。もっとも本気で力一杯蹴ったわけでなく、つま先でつついた程度だ。
要するに警告、イエローカードだ。
「わりぃわりぃ。つい緊張感に耐えきれなくなってな。そうなると冗談かましたくなる事あるじゃないか」
俺は慌ててそう弁明した。
「まったく……! ちょっとは見所があるかと思ったのに……!」
1103は不機嫌そうに、早足で1階への斜路を降りていった。
「いや、だから。軽い冗談だって。そんなに怒るなよ」
「怒ってないわよ。がっかりしただけ」
そう言いながら、1103は自分の身分証明書をドアのスキャナーにかざした。
普段ならピッと言う電子音だけなのだが、その後に警告音のようなブザーが鳴った。しかし1103はそれに構わずドアを開けて中へ入っていった。
俺も慌てて後を追う。俺が身分証明書をスキャンしても、ピッという電子音だけでブザーは鳴らない。
「なぁ、何だよ。いまのブザーは……」
俺が言い終わらないうちに1103は答えた。
「あぁ、あれね。本来立ち入りが許可されてない場所に、何か事情があって『管理委員』が入る時に鳴るのよ。中にいる生徒への警告ね」
「中に生徒がいるのに『管理委員』が立ち入り出来ない場所なんてあるのかよ?」
「こっちのフロアはほぼ男子のみだから。女子は同じフロアの反対側。あたしは『管理委員』の仕事中じゃないと、こちらのフロアには入れないのよ」
「ほぼ男子? じゃあ素直にこっちは男子用、向こうは女子用と書いておけばいいじゃん」
「なんか『管理者』はそういう事をしたくないみたいなのよ」
「あぁポリコレ的にあれとか?」
「……なに言ってるの? そんな人たち、ここにいるわけないでしょ」
1103は眉をひそめてみせた。
例によって理由はよく分からないが『管理者』さんとやらは、安易に『男子』『女子』の区別を付けたくないらしい。ロッカールームも男女の表示が無かったのはそう言う事なんだろう。
「事実上男女別なのは訳があってね。まぁ見れば分かると思うけど……」
ドアの向こうには、記憶を無くす前の俺が実際に見た事があるかどうかは分からないが、何となく覚えのある光景が広がっていた。
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