第一章「選ばれた場所」-014

「はいはい、分かりました」


 つまり事実上24時間という事か。そして利用者の数が一定人数に達した時点で、清掃の為、休業と。


「清掃は誰がやるんだ。それも生徒?」


「利用者をカウントしていて、一定数に達すると入り口が閉まるのよ。その時点で中にいた全員が出た時点で出口もロック。そうなると窓も自動的に締められて、生徒は誰も中に入れない。しばらくして開いた時には、ちゃんと掃除してあるってわけ」


 なるほど。食事用のリフトは人が乗れそうなくらいの大きさはある。そのリフトで地下から作業員が上がってくるのかも知れない。


 するとやはり地下には、生徒以外の人間もいるという事なのか?


 俺はそんな事を考えながら、1103に続いて食堂を出た。


 相変わらず西日が強い。まったく日が沈む気配がない……。


 顔の前に手をかざし、西日を遮る俺に、1103は足を止め、何か言いたげな様子でこちらを見ていた。


 うん、そうだ。彼女が俺に期待している質問は分かっていた。


 俺が記憶を失っている事に気づいてから、もう小一時間程は経っているはずだ。どうしてもおかしい。


 しかしその答えを知ってしまったら、何かもう後戻り出来ない所へ行ってしまうような気がしていたのだ。


 それでも俺は訊かなければならない。


 訊いても意味のある答えは返ってこないだろう。でも自分が尋常ならざる状況に置かれている事を再確認する意味でも、俺は彼女にこの事を訊いておかなければならないようだ。


「あのさ……」


 俺は少し唾を飲み込んでから、その問いを口にした。


「日は……、太陽はいつ沈むんだ?」


 馬鹿げた質問だ。海外旅行、それも白夜のある国にでも行かないと、こんな質問は口にしないだろう。


 1103は一旦、夕日の方へ頭を向け、目をそばめてから、俺の方へ向き直ると言った。


「日は沈まないわ。この『学園』はずっと夕方のままなのよ」


 そう言う答えが返ってくるであろう事は予想がついていた。24時間営業らしい食堂、生徒たちは『学園』で寝泊まりして、洗濯もすべてこの中で行っている。


 答えが予想できたとはいえ、納得できるわけじゃない。


「おいおい、なんだよ。日が沈まないって!? ここは南極か!」


「南極ではないでしょうね。多分。あたしがここへ来てから、多分四ヶ月から半年くらい。その間、一度も日は沈んでいないわ。沈むどころか、太陽はあの位置からぴくりと動かないわ……」


「で……、でたらめにも程がある!!」


 時計は常に4時46分を指しており、太陽は西に傾いたままで沈む事はないって!?


「ここは本当に地球上なのかよ!!」


 そんな言葉が思わず口を突いて出た。しかし1103は醒めた口調で言った。


「分からないわ」


 分かった事が一つある。


『管理委員』などと呼ばれている彼女だが、自分の置かれている状況についての知識は、俺と大差ないというわけだ。


「多少は予想していたけど、なんだよ。この『学園』。日が沈まないとなると、夜も来ないのか?」


「ええ、夜も来ないし朝も来ない。ついでに言うと、天気もずっと晴れのまま。雨が降らないどころか、雲さえ出ないのよ。当然、季節も変わらない」


 なるほど。

 渡り廊下に屋根がついていなかった理由が分かった。雨が降らなければ、そんなものは最初からいらない訳だ。


 どうやら俺は想像以上に突拍子もない環境に置かれているようだ。


「なんでここの連中は平気なんだよ! 異常すぎるだろう、この状態!!」


「そうね。異常ね。でも異常も馴れると平常なのよ」

 自嘲気味にそう言うと、1103は続けた。


「沈まない夕日、変わらない天気、同じ時間を指したまま動かない時計。みんなおかしな事だけど、別に危険性があるわけではないの。むしろ明日の天気や、今日の予定を気にする事が無くなる。安心できるじゃないの」 


 彼女自身、今のこの環境を良しとしている訳では無いのかも知れない。言葉の端々から苛立ちが感じ取れた。


 少しばかり彼女に同情した。


「『管理委員』と言っても、何でも知ってる訳じゃないんだな」


 俺がそう言うと、1103は目蓋を閉じ、神経質に髪を掻きながら答えた。


「ええ、そうよ。他の生徒と大差ないわ。正直、あたしももう少し何か分かるかと思って『管理委員』になったんだけど……」


 なろうと思えば、なれる訳か。『管理委員』って。いや、その前に基本的な事を訊くのを忘れていた。


「そもそも『管理委員』って何だよ。誰でもなれるのか?」


「『管理委員』は『管理者』から委託されて、『学園』や生徒たちの管理を手伝っている生徒の事。欠員が出た時、選挙で当選すれば『管理委員』になれるわよ。その辺の事は生徒手帳にも書いてあるわ」


 1103は少し面倒くさそうにそう言った。大方『転入生』にはいつも同じ事を説明しているのだろう。


「じゃあ『管理者』って、なんだよ」


「この『学園』を管理している人だか組織の事」


 うん、これぽっちも説明になってないな。俺が不満をぶつけるより早く、1103の方から釈明した。


「説明になってないのは分かってる。でもあたしたちもそれ以上、知らないの。会った事もないし、話した人もいないわ。こちらへの連絡は、一方的に管理委員室のモニターに表示されるか、ファックスで送りつけられるだけだもの」

 ファックスとはこれまたアナクロな通信手段ですこと。


「つまり、その『管理者』が、俺たちをここへ連れてきて、監禁していると考えていいわけだな」

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