第一章「選ばれた場所」-013
「ぞっとしないって……。どういう事?」
無表情のまま小首をかしげて1103は聞き返した。
「いや、だって、ほら……。誰がどこで作っているのかも分からないんだろう? そんな物を食べられるかよ」
俺のその答えに、1103は不思議そうな顔をして見せた。
「変な事を言うのね。じゃあ貴方、コンビニのおにぎりやファミレスの料理を作っていた人たちをみんな知っていたの?」
「いや、だから。そういう意味じゃ無い」
俺は頭を振って、懸命に理屈をひねり出した。
「ええと、だな。コンビニやファミレスはブランドを出して対価を求めて、それに応じた商品を出してるわけじゃないか。それに対してここの品物は誰が作ってるのか分からない。つまり誰がって言うのは、特定の個人じゃ無い。組織や会社でもいい」
「なるほどね……」
1103は
「まぁ確かにそれはあるわね。実際に何が入ってるの分からない。コンビニやファミレスならブランドイメージがあるから、安全性は担保されてるけど、ここではそうもいかない……」
「だろ?」
にんまりとしてそう答えた俺に、1103は言った。
「でもこういう考え方は出来ないかしら? あたしたちの自由が担保になっている。あたしたちの自由を制約している分、ここの食品は安全だというわけよ」
「……いや、待てよ」
ちょっと考えを巡らせて俺は反論した。
「それじゃ家畜じゃん!」
俺の反論に1103は少し目を丸くして黙り込んでしまった。
「家畜なら健康に育てなきゃいけないから、食べ物も安全なものを与えるって発想と変わらないだろう。それは!」
調子にのって少し声を荒らげてしまった。食事をしている生徒たちが、ぎょっとしてこちらを見た。
いや、食事中にちょっと悪い事をしちゃったかな?
「悪ぃ、ちょっと言い過ぎた」
素直に反省してみせるが、1103はさして気にしていないようだ。
「いえ、いいのよ。それにしても面白い事を言うのね」
「面白いか……?」
「まぁ、あたしの知ってる限り、いきなりそんな事を言った転入生はいないわ」
そうなのか。
「いやまぁ、他に食事できる場所がないというなら、俺も別にここで食べないわけにはいかないしな」
その辺は選択の余地はなさそうだ。
「そう……、じゃあ今、ちょっと一緒に食べていく?」
1103はやにわにそう言った。
「へ? いま? すぐに?」
「そう。いま、すぐに」
1103はオウム返しに答えた。
ええと、なんですか。いきなり食事のお誘いですか!?
あんまり色気の無い状況ではあるけど、知り合ったばかりの女の子からお食事のお誘い?
1103は俺を正面からまっすぐ見つめている。
からかっている雰囲気でも無いが、だからと言って何か期待している風でも無い。
食事をしながら説明したい事でもあるのか? いや、こいつの性格なら、そういう場合、はっきり言うだろう。
正直、何を考えているのか分からない。
つくづく掴めない奴……。
俺はその印象を新たにした。
「いや、まぁ俺は……」
お前が食べたいならつきあうよ……。そう言いかけて口ごもった。
いや、待て。俺。今さっき知り合ったばかりの、それもちょっと堅物っぽい女の子に『お前』はないんじゃないか?
じゃあとなんと呼ぶ? 『きみ』か?
それも変だな。『
ここは普通に苗字呼びの『さん』付けでとなるところだが……。
この『学園』では誰も自分の名前を知らないんだった!!
1103と呼びかければいいのか? いや、でもさっき俺自身が『番号なんかで呼ぶな!』と啖呵を切ったばかりだ。
ここで1103と呼ぶのは、なんか失礼じゃ無いか?
そもそも1103と呼び捨てでいいのか? 1103は4882を番号だけで呼んでいたけど……。
1103はそんなどうでもいい事で頭を悩ませている俺に、無言のままで冷たい視線を送っていた。
やがて大げさにため息をついてから言った。
「1103」
自分の番号を言ってから付け加えた。
「それだけでいいわよ。1103だけで。番号なんだから別に敬称もいらないし、苗字呼びか、下の名前呼びか気にする事もない。ね、番号って便利でしょ?」
便利でしょって言う割には、言葉からは自嘲のニュアンスが受け取れた。しかしまぁ本人がそう言うのならば、それで良いのだろう。
俺は言い直した。
「あ、うん。ええと……。1103が食べたいんなら、付き合うよ」
うん、やっぱり口に出しかけた言葉を言い直すのは気恥ずかしい。
「別にお腹は空いていないわ。0696がいいのなら、次に行きましょう」
1103は素っ気なくそう答えた。
はいはい、そういうキャラだと言うのは、この短時間でも充分に把握出来ましたから!!
「時々清掃の為、一定期間お休みになるけど、それだけは注意してね。それほど長くはないけどその時は何も食べられなくなるから」
出入り口に向かいながらそう説明を続ける1103の背中に俺は尋ねた。
「そう言えば、時間は? 営業時間はいつまで……」
そう言いかけて、俺は馬鹿な事を訊いてしまったと、ちょっと後悔した。
1103は足を止め、壁の方へ視線を巡らせた。そこには大きな時計があった。時計が指している時間は言うまでも無い。
4時46分。
そして俺の方へ頭を向けると、1103は嫌みったらしく言った。
「今更、それを訊く?」
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