第一章「選ばれた場所」-012
しかしもう夕方だろう。生徒たちはここで暮らしていると言っても、食事をするには中途半端な時間じゃ無いか? 夕方と言ってもはっきりした時間は分からないのだが。
1103は視線で俺を促すと、入り口にあるスキャナーに自分の身分証明書をかざした。
「大体、分かってきたと思うけど、『学園』ではどこに入るにも、身分証明書のバーコードをスキャンしなくてはいけないわ。身分証明書だけは絶対に無くしては駄目よ。生徒手帳のバーコードでも代用できるけど、それはあくまで一時的なものだから」
「なるほど、それで逐一管理されてるってわけか」
「そうよ」
俺は皮肉を込めて言ったつもりだったが、1103はさして気にならなかったようだ。
ここで待っていても仕方ないし、食堂がどうなっているのかも気になった。俺は自分の身分証明書をスキャナーにかざして1103を追った。
中は拍子抜けする程、普通の食堂。いかにも学食、社食という風情だった。
これと言った飾り付けも無く、テーブルと椅子が何列にも並び、奥にはカウンターがある。壁際にはウォーターサーバーや自動販売機がいくつか置いてあった。
違いと言えば、カウンターに人がいない。普通ならいわゆる食堂のおばちゃん的な職員がいるはずのところには誰もいない。その代わりにまた荷物用のリフトがいくつか並んでいた。
「まぁ普通のバイキング形式ね。こちらでお皿やお茶碗を取って、食べたいものを入れていく。そんな感じ」
1103はそう言うが、確かに説明されなくとも分かる光景だ。
「金は?」
俺は肝心な事を尋ねた。
「俺は全然現金は持ってないぜ。スマホがないから、バーコード決済も使えないぞ」
「無料よ。いくらでも食べ放題」
「……はぁ?」
さすがに俺はちょっと驚いた。
「いや、これだけの物が無料とかあり得ないだろう! それに無料だったら、デブはいくらでも食っちまうだろう!?」
言っていて気がついた。ここに来るまで何十人もの生徒を見てきたが、男女共に極端なデブ……、もとい極端に大柄だったり、極めてふくよかな生徒はいなかった。
「不思議な事に、人間、いつでも食べ放題と言われると、そんなに食べないものみたいなのよね」
訳知り顔で1103はそう言い、勝手に説明を続けた。
「トレーから好きな食べ物を取って、テーブルで食べる。それだけよ。外への持ち出しは禁止。トレーが空になったら、そのまま奥のリフトへ押し込んで。そうすれば自動的に下へ行って、食べ物が入った新しいトレーがあがってくるわ」
トレーに入って並んでいるのは、いかにも高校生辺りが好きそうな食べ物。つまりナポリタンやエビグラタン、ハンバーグ。ビーフシチューにカレー。ご飯は大型保温ジャーに入っていた。
「メニューは実際に上がってくるまで分からないわ。まぁ大体のものは出てくる。今はないけどパエリアやケバブなんかも出てくるわ。でも前もってメニューは分からないから、何に当たるかは運次第」
なるほど。やはり『学園』の地下には、それなりの施設があるようだ。そこで洗濯や調理を行っているという事か?
そしてそこで働いているのは退学にされた元生徒たち? 早合点は出来ないが、そう考えると確かにつじつまは合う。
「ただし、ラーメンやにぎり寿司、刺身は出ないわ。ラーメンはのびるし、生ものは傷みやすいからね。ラーメンが食べたいなら、カップラーメンがあるけど」
そう言って1103は食堂の奥へ向かった。
そこには何も書いてない段ボール箱に入ったカップラーメンやカップ焼きそばが、テーブルの上に置いてあった。
カップラーメンの容器も、どこかで見たような円筒形やどんぶり型だが、まったくの無地。白地に素っ気ないロゴで『醤油ラーメン』『とんこつラーメン』『ソース焼きそば』と書いてあるだけだ。
もちろん製造メーカーやブランドマークはどこにも入っていない。賞味期限もだ。
するとこれらはみんな特注品という事になるな……。
隣にあるのは飲み物のコーナー。
ウォーターサーバーや自販機の他、お茶のティーバッグや、袋入りインスタントコーヒーも置いてある。
やはりカップラーメンと同じく、メーカーやブランドロゴは入っておらず、『紅茶(ダージリン)』『緑茶』等と書いてあるだけ。
「自動販売機も無料よ。身分証明書のバーコードをスキャンして購入するんだけど、これは余り買いすぎると一定期間購入停止になるわ。それと缶や紙パック入りのドリンクだけは、持ち出し可能よ」
ここまでくればもう分かっている。自動販売機やそこで売られているドリンクにも一切のロゴは入っていない。校舎内にあった自販機もおそらく同様のものだろうとは、容易に想像が付いた。
「で、こちらが嗜好品。まぁキャンディやガム、グミ。ミントタブレットね。これも持ち出し可能。でも食べた後の紙や容器はちゃんと捨てる事」
はいはい、これまた無地のキャンディやガムが以下略。
「……しかしなぁ。あんまりぞっとしないな」
1103の説明が一通り終わるのを待って、俺は思わずそうつぶやいた。
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