第一章「選ばれた場所」-011

「行きましょう」


 拒んでも仕方ない。俺は他に行くところが無いんだから。そろそろ日も暮れるだろうし、食事と寝る場所を何とかしないといけないからな。


 1103に促されて俺は『管理委員会室』を出た。


 部屋を出て少し歩くと、直角に曲がる通路があった。そこへ入る。周囲はコンクリートの壁だ。


 俺は1103に尋ねた。


「この向こうにも部屋があるのか?」


「上に建っている校舎の施設が入ってるわ。地下室がある校舎もあるからね」


 歩きながら1103は、値踏みするような視線を俺に向けて来た。


「なんだよ?」

 問い返す俺に1103は前へ向き直りながら答えた。


「別に……。さっきも言ったけど、この状況でよくもまあ下らない事に頭が回るものね」


「そうなのか?」


「そうよ」


 そうらしい。


 まぁ確かにいきなりこんな状況に置かれたんじゃ、呆然として頭が回らないだろうな。いや、実際のところ俺も思考は回っていない。


 空回りしているだけのような気がする。だがそんな俺を1103は妙に評価しているようだ。


 通路が行き止まりになると、向かって右側に金属製のドアがあった。


『管理委員会室』へのドアと比べると安っぽい感じだ。身分証明書をスキャンするスキャナーも着いていない。1103はドアノブに手を掛け、それを開いた。


 パッとオレンジ色の夕日が差し込んできた。


 同時に生徒たちの騒ぐ声も飛び込んでくる。どうやらA棟の一階。大階段の横に出たらしい。


 頭の中では分かっていても、C棟の地下六階に降りたはずなのに、少し歩くとA棟の一階に出るのは不思議な感覚だ。


「なんだよ。ここから直接『管理委員会室』へ行けたんじゃないか。最初から手紙でこっちを教えてくれれば良かったのに」


 俺は記憶を無くす前の俺に対して愚痴った。


「それは貴方のせいじゃないわ。転入生には『学園』の様子を見てもらう為に、わざと遠回りさせているのよ」


 1103がそう説明して、ため息を挟んで付け加えた。

「あたしの時も、さんざん『学園』内を歩き回らせられたわ」


 なるほどね。色々と『学園』側にも都合があるらしい。


 1103は階段脇の巨大な液晶モニターへ頭を向けて言った。


「授業は好きな時に好きな教科を受けられるわ。どの教室でどんな授業をやっているのか、このモニターに表示されている」


 そうか。記号がそれぞれの教室というわけか。しかし並び方に法則性が無く、ばらばらなのはロッカーと同じだ。


「出席した授業が極端に偏っていたり、そもそも授業にほとんど出てないと、呼び出しが掛かるわ。それがこの人たち」


 教室の記号、教科名の後に生徒番号が表示されている。1103はそれを指さしてそう言った。


「出ないとどうなる?」


「退学」


 そう言いながら1103は真下を指さした。


「地下送りよ」


「ええっ!?」


 何かの漫画みたく、地下施設で強制労働なのか?


 そもそも無理矢理連れて来られたのに、退学したところでデメリットはないはずだ。しかし強制労働みたいな仕打ちが待っていれば話が違ってくる。


 俺の表情から不安が覗いているのが分かったようだ。1103は付け加えた。


「どうなるのかあたしたちも分からないわ。授業に熱心でない生徒は、エレベーターで地下送り。そこから先は知らない。帰ってきた生徒もいない。あたしが知ってるのは、そこまで」


 突き放したような言い方に、俺はちょっと薄ら寒いものを感じた。


「生きてるのか?」

 思わずそんな問いが口を突いて出た。


「知らないわ。まぁ滅多にある事じゃないから安心して。成績が落ちたり、授業態度に問題がある場合、退学より前に強制的な補習を受けさせられるのは、普通の学校と同じ。それで駄目な生徒はまずいないわ」


 退学は分かるとしても、その先がどうなるのか分からないのは不気味だ。解放されるならともかく、帰ってこないというのも不可解だ。


「外の施設を紹介するわ。靴は、そうね。そのままでいいわ」


 室内履きのままでもいいという事らしい。彼女はそう言うと校舎の外へ向かってしまった。俺も慌てて後を追った。


 外は相変わらず西日が強い。


 まったく日が落ちている気配は無かった。


 1103は校舎から伸びるコンクリートの歩道に沿って、右の方へ見える施設に向かった。西日に対して右手に見えるという事は、南側にある事になるな。


 俺が登ってきた広い道はアスファルトで舗装されているが、俺と1103が歩いているのは、その横を通るコンクリート製の細い道。


 いかにも渡り廊下という感じだが、屋根が無い。これでは天候が悪くなった場合、完全に雨ざらしで移動する事になってしまう。


 なんで屋根くらいつけないんだ。俺は訝りながらも1103の後を追った。


「ここの2階が食堂よ」


 A棟の南側、すぐ側の施設の前に立つと1103は言った。


 かなり大きいが味も素っ気ない、そして特に表示も看板も出ていないので、そうと言われないと気づかない作りだ。


 校舎と同様、傾斜地に建っているので、1階部分は半地下式になっていた。


 食堂はいつでもどこでも人気だ。ここでも頻繁に生徒たちが出入りしているので、どこが入り口なのかすぐに分かった。

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