第一章「選ばれた場所」-018
「じゃあ掛けるわよ。『管理者』直通の電話番号は『♯♯♯00000***』」
1103はテンキーをプッシュした。
呼び出し音が鳴り、そしてガチャリと言う音がした。誰かが回線の向こうで受話器を取ったのだろうか。しかしそれきり音はしない。何も聞こえない。
「……あ、あの」
俺は話しかけてみたが返答はない。しかし何か変だ。まったく音が聞こえないという訳ではない。
回線の関係か、さーっというホワイトノイズが聞こえてくる。耳を澄ませてみると、他にも何か聞こえるような気がしてきた。
生活音というか、確実に受話器の向こうに誰がいて、その何者かが人間として生活してる中で、当然、するはずの音。
衣擦れの音とか、あるいはどんなにひそめても無くす事の出来ない呼吸音とか。具体的にどんな音が聞こえてきているのかは分からないが、なにかの存在を匂わせる音がしているのは確かだ。
そうだ、まちがない。誰かいる!
『管理者』がこの電話を聞いているならば、自動で録音して後から聞いているのではない。いまこの瞬間にも、受話器の向こうで息をひそめて、俺の言葉を待っているのは確かだ。
なぜだかそう確信が出来た。
「おい!!」
俺は思わず声を荒らげてしまった。
「おい、誰かそこにいるんだろう!! 何か言ったらどうだ! どうして俺をここに連れてきた!! ここはどこなんだ! お前たちは何者なんだ!! 答えろ!!」
答えはない。受話器の向こうにいる誰かから、動揺したような気配も感じ取れない。しかしなぜだろう。俺の言うことに興味深く耳を澄ましているのは予想が付いた。
「聞いているのは分かっているんだ!! 無視するな!! 答えろ!! おい!!」
ガチャンと音がして通話が切れた。見ると1103が受話器を置くところ、フックというのか? そこに指を掛けて通話を切ったようだ。
「気持ちは分かるけど、興奮しすぎよ」
受話器を握ったまま、何か言い返そうとしたものの言葉にならない。俺は一つため息をつくと、1103へ受話器を返した。
「なんか……、ごめん」
「いいのよ」
俺が謝ると1103は素っ気なくそう言った。
「まぁそんな感じで、『管理者』にリクエストしたい事があれば、直接、電話してお願いするという方法もあるわ。絶対に応えてくれるかは分からないけどね」
「ブラのサイズも?」
俺がそう聞き返すと、1103はまたもや一時口をつぐんでしまい、慌てて取り繕った。
「それは……、まぁそう言うことよ。男子のトランクスの柄にも応じてくれるらしいわよ」
思い出したようにそう付け加えた。
「はいはい、そういう事にしておきましょう」
しかし1103はむきになって突っかかってきた。
「なにか誤解してるでしょう!? あたしじゃないから!!」
「なにが?」
すらっとぼけて俺が聞き返すと、1103は途中まで何か言いかけたものの、結局止めてしまった。
「もういい! もういいわ。この話は止めにしましょう。まったく、もう……。調子狂うなあ」
なんだ、こいつ。なにやらぶつくさと言っているが、結構、可愛い所あるな。まぁつかみ所が無いという第一印象はそんなに変わっていないけど。
照れ隠しなのか、怒っているのか、1103は足早に生活棟の男子フロアから出て行こうとしている。俺は慌ててそれを追いかけた。
ドアから出た所で1103は足を止め、俺を待っていてくれた。
「取りあえずこれで寝食については説明したわ。あとはおいおい……」
1103がそう言いかけた時だ。突然、聞き慣れた音が『学園』全体に響いた。
校内放送、あるいは町内放送の前に鳴る、あの『ぴんぽんぱぽ~~ん』というチャイムが響き渡ったのだ。
続いて女子生徒の声が校内放送で響いた。
「『管理委員会』からお知らせです。これより生徒番号5041の卒業式を行います。5041をお見送りしたい生徒の皆さん、正門前に集まってください。業務中以外の『管理委員』も正門前にお集まりください」
「卒業式?」
卒業式って、そもそもそんな雰囲気をみじんも感じないのだが。第一、生徒番号も一人分しか呼ばれなかったし、一人だけの為に卒業式なんてあるのか?
「あぁ、そろそろ始まるんだ」
校内放送に1103はそうつぶやき、俺の方へ向き直った。
「一応、貴方も出た方がいいわよ」
「卒業式に?」
「ええ、卒業式といっても一人だけだけどね。入ってくる人がいれば、出て行く人がいる。貴方が転入してきた代わりに『学園』を卒業する生徒がいるのよ。それがこれから卒業する人」
「へえ……」
つまりあれか。普通の学校みたく、学年ごとに卒業するんじゃなくて、転入生が一人入って来ると、在校生が一人卒業するシステムってわけか。
なるほど。ちょっと興味がある。この『学園』を出るには、卒業するしかないと1103は言っていたけど、具体的にどんな形で卒業するのか。
それは見ておいて損はないような気がしてきた。
「行ってみるか」
俺がそうつぶやくと、1103は言った。
「場所は正門前よ。案内するから着いてきて。靴は履き替えてね」
「分かった」
俺は肯いた。
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