第一章「選ばれた場所」-008
そしてまた早足で歩き出すが、それほど行かぬ間にまた足を止めた。彼女の前にある物を見て、俺は思わず罵りそうになった。
「なんだよ、エレベーターあるのかよ!!」
そう、エレベーターだ。記憶を失う前の俺が書いた手紙の地図には、そんな物は無かった。エレベーターがあるなら、九階分、馬鹿正直に階段を登ってくる必要はなかったじゃないか!!
「生憎と誰でも使えるわけじゃ無いの」
『管理委員』の彼女はそう言うと、首から提げた身分証明書のバーコードをエレベーターのスキャナーに読み取らせた。
「使えるのは、身体に障碍のある生徒や怪我、病気の生徒。それと私たち『管理委員』。それも業務中だけよ」
つまり俺は最初から使えなかった訳か。記憶を失う前の俺は、だからエレベーターの存在を書かなかったのか?
すぐにエレベーターのドアは開き、俺たちはすぐに乗り込んだ。階数表示は地下もある。斜面に建てられたこの校舎ならでは構造なのだろう。
地下は六階まで。つまりA棟の一階と同じ高さという事だ。『管理委員』は馴れた様子で地下六階のボタンを押した。
これなら最初から管理委員会室という所へ呼びつければいいじゃないか。俺はいささかうんざりとしていた。
地上三階から地下六階に降りるまで、それなりに時間はかかる。『管理委員』の彼女は、横を向いたままで何もしゃべろうとはしない。
こうして横顔を見ていると、彼女が端正な顔立ちだというのがよく分かる。笑えばそれなりに可愛いだろうに。会ってからまだ数分も経っていないのに、俺は彼女が滅多に笑わないキャラクターだろうと把握していた。
「なに?」
俺の視線に気づいたのか、彼女は向き直った。黙っているのも気まずいので、俺はとにかく思いついた事を口にしてみた。
「管理委員会室だっけ? そこに着いたら説明してくれるのはいいとして、まず一つ聞いておきたいんだけど」
「私に答えられる事なら教えてあげるわ」
彼女はまた横を向いてしまった。俺はそんな彼女に向かって尋ねた。
「ここはどこだ?」
「『学園』よ」
素っ気なく答えられる。
「いや、『学園』だとしても名前があるだろう?」
「さぁ?」
「さぁ? じゃないだろう!! そもそもどこにあるんだ。この『学園』は?」
「知らないわ」
即答である。
「いや、だから……! なに県なに市とか。東京都なに区とか、あるだろう!」
彼女は俺の方を振り向き、少し嫌みっぽく笑った。
「貴方、ここが東京23区内に見える?」
「いや、これっぽちも見えない」
俺の答えに彼女は少し小首をかしげて独りごちた。
「なるほど。じゃあ東京出身なのかしら」
「いや、東京出身じゃ無くても、ここは東京に見えないだろう?」
「島嶼部という可能性もあるわよ」
そういう彼女はちょっと楽しそうだ。
「からかっているのか?」
「うん、まぁそう」
表情を変えず、真顔でそう言った。
なんだ、こいつ。つかめない奴だな。
少なくとも第一印象は最悪だ。
「お前なぁ……」
俺がそう言いかけた時だ。エレベーターが止まった。ここはもう地下六階だ。
「ついて来て」
彼女はもう一度、そう言ってエレベーターを出た。ついて行かざる得ない。これ以上、エレベーターに乗っていても意味が無い事は分かっている。
地下六階は校舎とは打って変わった雰囲気だ。金属の梁がむき出しで、打ちっ放しのコンクリートで覆われている。壁に落書きでもしてあれば、ライブハウスのような雰囲気だ。
ドアがすぐ目の前に一つあるだけ。どこまで続いているのか分からない左右の通路は、妙にまぶしいLED照明に照らされていた。今のところ無人だが、人の気配がないわけでもない。
彼女は目の前のドアに着いているセンサーに、自分の身分証明書をかざした。電子音が鳴り解錠されたようだ。少々、重いと見えて、少し力を入れて金属製のドアを開けた。
「管理委員会室よ。入って」
「……え?」
室内の光景に、俺は思わず足を止め絶句した。
部屋は左右に広がっている。奥行きはほとんどない。人が一人か二人通れる程度の通路が左右に伸び、その前には無数のテレビモニターが並んでいたのだ。
テレビ局か、あるいはロケットの打ち上げ管制室かという雰囲気なのである。テレビモニターは旧式のブラウン管型あり、最新式の大型液晶パネルありと、なかなかバラエティに富んでいる。白黒、カラー、どちらもあるが映し出されているのは、どうやらみんな学校内の光景のようだ。
なるほど『管理委員会』ね……。
やはりここで校内を監視しているのか? しかしそれをなんで生徒にやらせる? 生徒が気軽に立ち入っていい場所なのか。この部屋?
しかし彼女は、まるで自分の部屋のように、パイプ椅子を引っ張り出し俺の前に置くと、壁際にあったウォーターサーバーから水を紙コップに注いで渡してくれた。
「座って」
「ありがとう」
俺は紙コップを受け取り、中の水を一気に飲み干した。冷たい水に口を付けた途端、俺は喉が渇いていたんだと実感できた。俺はあっと言う間に一杯を飲み干し、そして彼女におそるおそる尋ねた。
「あの……、もう一杯お代わりいいかな?」
彼女はまったく表情も変えず、今度は少し大ぶりな紙コップ一杯に水を注いで渡してくれた。
俺はそれも飲み干し、ようやく人心地ついた。それを見計らったかのように、俺の前のパイプ椅子に座った彼女は口を開いた。
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