第17話 学校生活
まだ薄暗く寒い朝だった。
学生は皆寝静まっている中、寮内に突如放送が鳴り響いた。
「非常招集訓練、非常招集訓練、学生は以下の服装及び携行品を持って射撃訓練場に応召せよ」
そう、初外泊明け初日の朝に非常招集訓練が行われた。
(非常招集訓練とは、各種犯罪、災害及び事故が発生、又 は発生するおそれがある場合に、本部長や警察署長等の権限を持つ人物が招集を掛けるのだがそれを想定した訓練である。)
放送の時間はいつもの起床放送より30分早い午前6時だった。
放送終了後、「服装なんだった!?」「最初に言ってた持ち物が分からん!」「布団ちゃんと畳んどけよ!」と寮内は騒然としていた。
初外泊前に先輩方から「初外泊後に多分非常招集訓練が行われると思うから気をつけろよ〜」「内容は当日のお楽しみな笑」と言われていたが、まさにこれのことかと思った。
起床後、急いで布団をたたみ、指示された服装に着替え、携行品を準備した。
幸い私の部屋は副総代を含む同期の中ではしっかりとした奴らが集まっていたため、各々が準備をしながら互いに声を掛けあって携行品の確認等もできていた。
靴箱のある1階に駆け下りると108期生たちでごった返していた。
「え?俺らかなり早く準備した筈なのにこの人たちどうやったんだ?」
と疑問に思いながら半長靴を履いて全速力で走って射撃訓練場に向かった。
射撃訓練場入り口には教官たちが待機しており、「初任科110期、ノリトリュウタ、ただいま応招しました。」と申告をし、場内で整列した。
全ての学生の応招完了後、警察学校長から訓練の講評があった。
「今回の非常招集訓練は〇〇分という結果で、非常素晴らしかったと思います。
108期生にあっては先輩として後輩たちに良い姿が見せられたことと思いますし、109期110期生にあっては入校後初めての非常招集訓練でありましたが素晴らしい結果だったと思います。
今後も警察学校の初任科生として気を引き締めて学校生活を送ってください。」
こうして、禁足明けの警察学校生活が始まった。
初外泊を終えてからの学校生活は、授業と訓練は依然として大変ではあったものの平日を耐え忍べば、当直などが無い限り週末には外出外泊という自由が待っていると思えば苦では無くなっていた。
しかし2週間後、事件が起きた。
外出外泊禁止である。
(教官たちは学生の唯一の楽しみを知っているため、何かに付けてペナルティとして外出泊禁止を科していた。
何かしらで叱責がある度に「頼むから外出外泊禁止だけは言うな」と願っていた。
間違いなく警察学校生にとって最も威力のあるペナルティは「外出外泊禁止」だった。)
初めての外出外泊禁止は、小さなミスの積み重なりによるものだった。
それは、少し警察学校に慣れたことと同期との仲が良いが故に厳しいことを言う人がおらず雰囲気が緩くなったことによって引き起こされていたものだった。
初外出泊禁止の土日は寮内で「何であの程度のことで外出外泊禁止なんだよ!マジで意味わかんね」と愚痴を言い合っていたが、その態度では次のミスが起こるのは必然だった。
私達の生活態度に改善が見られないことに流石の岩戸教官も堪忍袋の緒が切れたのか夕食後教場に集合にするように言われた。
教場に集合後、岩戸教官から「お前ら、警察学校を仲良しクラブか何かと勘違いしてねぇか?」「ここに来た理由とお前らが一人前になるために何をすべきかよく考えろ」「今週末は外出外泊禁止な、自分たちでしっかり話し合え」と口数は少なかったが、凄く的を得た叱責だったと思う。
その週の土曜日、教場に集合し期全体で話し合いをした。
何時間話をしただろうか…期全体がまとまって高め合うために皆真剣に意見を言い合った。
岩戸教官は本当に私達のことをよく見ていたと思う。
あのタイミングで期として自分たちを見つめ、忖度無しでしっかりと言うべきことを言いあい、互いに改善するための努力を出来たことが本当に大きかった。
(そのおかげもあってか我が期は、最初の1ヶ月ほどは外出泊禁止を言い渡されていたが次第に期としては科されることが無くなっていった。)
禁足期間明けから休憩時間などに自由に携帯電話を使えるようになった。
というのも当時の警察学校校長が学生の生活が世間一般とは乖離していることを気にしており、先ずは携帯電話に関する規則から改善されることになったからだった。
警察学校長の意向よって学生たちのQOL(クオリティー・オブ・ライフ)は大きく左右される…。
(私が在校中の警察学校長は両名とも学生にとってはアタリの人たちで、色々と良い改革をしてくれたと思う。
志願者減少による対策的要因もあったのかもしれないが…。)
そのおかげで警察学校の生活にも慣れ、自由時間をある程度確保出来るようになってからは、ほぼ毎日エミリーと連絡をとっていた。
どんなにしんどい訓練があってもエミリーとの連絡という楽しみがあるおかげで頑張れた。
私がこれだけ大胆にエミリーと連絡をとれるようになったのは、担任教官と同期生たちのおかげでもあると思う。
先述のとおり、ペナルティを科されることが少なく、携帯電話の検査をされる心配も無かったからだった。
あと担任教官が岩戸教官であったことが本当に大きかった。
岩戸教官は、警部補という階級でありながら組織色に染まっておらず、一般的な考え方も持ち合わせていた。
なので他の教官とは異なり、もし外国人と連絡しているというのがバレても何かしらうまく対処してくれるのでは無いか?と思うようになっていた。
ただ、連絡をしているだけ…しかも会ったこと無いと分かれば大事になる(多分ロマンス詐欺とかのあらぬ疑いを掛けられる…。)可能性があると十分承知していたので、バレないように努めようと頑張るのだった。
警察学校入校中は本当に色んなことを経験したし、学んだ。
警察学校の全てを書けるわけでは無いが簡単に書き綴っていこうと思う。
警察学校の生活は分単位で決められており、滅茶苦茶忙しかった。
授業の内容は、刑法・刑訴法などの法学、刑事・地域・交通などの実務教科、拳銃・警備実施などの実技訓練、国語などの一般教養等色々なこと学んだ。
警察学校での生活は、THE・体育会系そのものであり、根性論は当たり前で世間一般から考えられないことだらけだけだった。
入校してしばらくは何をしても怒鳴られ、ペナルティを科されて「こんな所早く卒業して〜」と毎日カレンダーを眺めていたが、そんな中でも同期たちと休憩時間に面白おかしくやっていたし、次第に警察学校の生活に慣れ、教官たちとも良い関係を築くことができてくると全てが楽しく感じるようになっていた。
【拳銃】
警察学校入校中の一番好きな授業の1つ。
日本国において合法で射撃ができる数少ない機会…。
拳銃貸与式で初めてニューナンブを貸与された時は、「これが本物拳銃か…」と少し非現実的な感覚だった。
本物拳銃は、小さいながらにずっしりと重く、手入れのオイルで光沢があり、鉄臭かった。
貸与式以降、拳銃に触れる機会は無く、授業ではひたすら拳銃使用及び取扱い規範という法律の学習と拳銃操法の練習ばかりしていた。
なので、先輩方に「撃った時ってどんな感じですか?」と質問したりしていた。
しばらくして実銃を使用した空撃ちの訓練を何度も行い、遂に実射訓練の時を迎えた。
授業前、拳銃保管で拳銃を受け取り、拳銃操法どおりに直ぐに腰に着けた帯革の拳銃サックに収める。
「やっと撃てる」と心が踊っていた。
訓練に入る前に準備運動と規範の唱和した後、防塵マスクと保護メガネ、イヤーマフをしっかりと装着し、各々に割り当てられた射台の後ろに立った。
教官から実射訓練前に再度注意事項の説明があり、「もし手が震えたり、撃てないと思った人は直ぐに言いなさい。」と念を押すように言っていた。
実際、拳銃という非現実かつ本来であれば非合法の物に触るという認識からか多からず、そういう人がいた。
うちの期には、そういった人がおらず授業は順調に進み、学籍番号順に射台に弾薬が配られていった。
教官の号令の元、拳銃操法に従って拳銃を取り出し、弾倉に弾薬を込めた。
初めて触れた弾薬はヒヤリと冷たく、「これが弾薬か…」とこれまた非現実的な感覚だった。
弾薬を込めた後の流れは凄くスムーズだった。
というのも拳銃操法に沿って行われるからだった。
「右用意」という教官の号令の後、最右翼の学生が「よし」と拳銃を把持していない手を一瞬上に挙げながら声をあげる。
「左用意」という号令の後、最左翼の学生が「よし」と拳銃を把持していない手を一瞬上に挙げながら声をあげる。
「撃ち方用意」という号令の後、学生たちは一斉に足を一歩幅開きながら拳銃を標的方向に定めた。
しばらく静まり返った後「撃ち方始め」という号令が掛かった。
誰が最初にこれを撃つ…誰もがそう思ったと思う。
号令の後、少しの間があった。
「誰も撃たねぇなら俺が撃ってやろう」と思った瞬間、誰かが用心金に指を掛け、射撃を行った。
「バーン」と乾いた音が場内に鳴り響く。
その第1射撃を皮切りに皆一斉に射撃を始めた。
私も再度照準を定め、用心金に指を掛け、用心金を引いた。
手元からイヤーマフ越しにも響く音と筋肉が震える様な反動、火薬の匂いを同時に感じた。
「意外と思ってたよりは反動無かったな…これが拳銃か…」と何とも言えない感覚だった。
確かに非現実的な物だが、撃てたからと言って嬉しいものでも、楽しいと心が踊るものでも無かったが、凄い経験をしたという感覚はあった。
その後、射撃場内は「バン」「バン」「バン」「バーン」と言う騒音と火薬の匂いが漂っていた。
射撃終了後、標的の板紙を確認しに行くと当たってはいたものの狙いを定めたど真ん中には1弾も着弾していなかった。
「実際の射撃はゲームと違い難しいな」と感じたのはこの時だった。
私には、拳銃に関する鉄板の持ちネタが1つある。
その日の訓練は、検定に向けてかなりの弾数を撃つ日だった。
(警察官には、組織内の検定が多くあり、拳銃の技能に関する検定『拳銃検定』がある。)
かなりな弾数撃てる機会だけに、色々試してみようと考えていた。
普段は反動を相殺するために力で抑え込んでいるのだが、抑え込みすぎるせいで照準より下部に着弾する癖があったので、今日は反動任せで1回撃ってみようと思い、そのとおりに撃ってみた。
5発射撃後、標的の確認と修正に行ったところ4発しか着弾していなかった。
「あれ?可笑しいな?」と思っていると隣のタカやん(仲の良い同期の1人で1個上ではあるが温厚な性格でいじられキャラだった。)が手を挙げて「教官!私の標的に6箇所穴が空いています…。」と教官に向かって言っていた。
私はそれを聞いた時「まさか…」と思った。
教官がタカやんの標的に歩み寄り「本当だな…周りで誰か着弾痕が少ない人はおるか」と言われ、私は渋々手を挙げた。
すると教官が「ノリト〜、お前はどこに向けて撃ったんな?自分の標的をよく見ろ、よく。ノリトの隣は恐ろしいな。」と冗談交じりに言っていた。
標的の修正後、次の射撃のため射台に戻っていたところ、隣を歩くタカやんが「ノリちゃん、頼むよ〜僕を撃たないでよ笑」と肩をポンポンと叩いてきた。
そうこれが、隣の人の標的に射撃した事件である。
(後からタカやん聞くところによると射間で一呼吸置いていたところ、右から何か飛んできたらしい…。)
【警備実施】
時間が大切で、警察学校入校中は特にそれをヒシヒシと肌で感じていた。
特に時間に対しての考え方で、ある教官の言葉が今でも心に残っている。
SPや広域緊急援助隊などで勤務されていた神楽坂教官の言葉である。
「お前らがちんたらして遅れたその1分1秒が現場に出た時に人の生死に関わるんじゃ、遺族の前で『私の準備が遅れたせいで、親族を助けられませんでした』って言えるんか!」という言葉である。
警備実施の訓練の時である。
警備実施とは、警備犯罪、災害、雑踏事故等のあたる時を想定した訓練で、警察学校の訓練で一番過酷でキツイ…。
(毎月の授業日程が出る度に警備実施の四文字を同期一丸となって血眼で探していた。)
授業間の小休憩で出動服に着替える必要があり、時間との闘いの訓練でもあった。
(出動服は旧式だったので装着に時間が掛かる上に使い古しのボロいやつだったため余計に時間が掛かってとにかく最悪だった。)
最初の警備実施は、授業開始時間に遅れてしまい訓練が中止になったのだが、次からはペナルティでジェラルミン製の大盾を何十分も持ち上げたまま直立不動したり、何十分も筋トレだけしたりと肉体的にも精神的にも削りに削られ、皆限界の中で互いを鼓舞し合いながら耐えていた。
4度目にしてようやく警備実施がある日の立ち回りを心得て授業に遅れなくなったのだが、正式な訓練もこれまた大変だった。
出動服には何枚も鉄板が入っていて重い…。
それに加えてジェラルミン製の大盾を持ってランニングをしたりするからキツイ。
過呼吸でぶっ倒れる人もいるぐらいで、幸いうちの期では起こらなかったが救急車が来ることもあった…。
(インターハイ出の柔・剣道の基幹要員から音楽隊志望の女性まで皆同じ装備で同じ訓練をするのだから、そりゃ救急車も来る。)
一番過酷だが一番警察学校らしい訓練でもあり、個人的には自分を厳しく追い込むことができる訓練だったので好きだった。
(「警備実施が好きだ」と公言している同期がおり、同期たちや教官から「やっぱりお前変わってるわ」「1人でやっとけ」と言われていたので私はそっと心の中にしまい込んでいた。)
【中間考査・卒業考査】
入校して半年が経った頃、中間考査が行われた。
警察学校入校中、中間試験と卒業試験の2回試験が行われたのだが、試験というものの今まで小中高で受けてきた試験とは全く様相が異なるものだった。
警察官の試験は特殊で、問題用紙と解答用紙が配られる。
問題用紙には問題が書いてあるのは当たり前だが、解答用紙はただの白紙だった。
問題を見て自分で段落などを構成し、自分の回答を作る形式になっていた。
なので、最初はマジで度肝を抜かれる。
それに加えて、試験内容は学習内容の丸暗記である。
2桁近い教科を丸暗記する。
大半は法律なので、自分の好き勝手に変えていいわけではないし解釈してもいいわけではない…一字一句、句点に至るまで丸暗記しなければいけないのだ。
そしてそれを試験時間無いにひたすら書く。
問題数が多い試験科目があった時は腱鞘炎との戦いだった。
そんな試験の勉強法はというと外出外泊せずに寮に籠もってひたすら勉強することだった。
大体試験の2〜3週間前から対策を講じ始めるのだが、試験範囲の発表などは一斉に行われるわけではなく教官次第で、本当試験間近まで全く教えてくれない教官もいた。
暗記大会のため、模擬回答を自分たちで作成しひたすらそれを暗記する。
人それぞれ暗記法はことなるので、ベッドに寝転がって眺めるだけの人、ひたすら机に向かって書いて覚える人等様々な勉強方法が散見された。
先輩や教官に試験期間中はゾンビが出ると教えてもらっていたが、その意味は寮内をひたすら徘徊しながら覚える人を指していた。
(私は寝転がって覚えるタイプでした。
元々勉強に慣れていないのでじっと机に座ることが出来ません。)
寮に籠もって頭がおかしくなるかと思うぐらい詰め込みに詰め込んだ甲斐があり、無事全科目合格することが出来た。
もし、不合格となれば追試となる。
追試を控えている間は、勿論外出外泊禁止となるし、教官によっては無茶苦茶な課題を科すこともあり、私が知っている先輩は「レポートを300枚書いて持ってこい」と言われ卒業後もレポートを書いて休みの日に提出しに来たツワモノもいたぐらいだった。
流石に期末考査期間中は外泊をした。
なぜなら中間考査で気が狂いそうになったからだ。
ただ教官からすれば許しがたいことなんだろう、外出泊申告をした後などに「余裕なんやな〜、どんな成績獲るのか楽しみだわ」と嫌味を言ってくるやつもいたが「ほっとけ」って話。
勉強に慣れていない私に缶詰で勉強するなんて集中力が持たないから時間の無駄になるのは目に見えていた。
嫌味を言ったやつに「一泡吹かせたる」と思いながらルンルンで帰省した。
結局、卒業考査も何とか全教科合格することができていた。
警察学校入校中は、本当に色んなことがあってとてもいい経験だった。
入校当初は直ぐに「こんな所から早く卒業したい」と思っていたが、卒業が近づくに連れて同期や教官たちと過ごす日々が楽しく「皆と離れるのは少し寂しいな」と思うようになっていた…。
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