第18話 卒業式

初任科課程の長かった10か月がやっと終わろうとしていた。

卒業式の数週間前、教官から卒業式に招待したい人宛に招待状を書くように指示された。

卒業式には、親族及び出身校の教職員を招待することが出来きるようになっていたため、両親と高校の担任の先生を招待することにした。

両親は二人とも出席できると思うが、高校の担任の先生たちは学校業務があるため出席できるか不確定であり、「できることなら二人に来てもらって、この姿を見て欲しいな」と思いながら、招待状を書いた。


卒業式の1週間前、ホームルームの時間に新任配置の内示があった。

内示の少し前に配属希望の警察署を3候補を選ぶアンケートが配られていた。

正直このアンケートに希望を書いたところで100%希望のところに配属されるわけでは無く、成績とか縁故地では無いところとか色んな要素を踏まえて教官たちが決めるらしい…。

とは言え、行きたい警察署は既に決まっていた。

岩戸教官が今まで私達に教えてくれた話や「若いうちは楽すんな、初任地は忙しい所に行って色んな事案を経験して場数を踏め、上司や先輩から仕事を奪うくらいのつもりで人一倍働け。」という言葉から「絶対に大規模警察署に行って無茶苦茶働いやる!」と心に決めていた。

あとは先輩方から得た各警察署の話を元に岩戸教官の口癖であった「若いうちは楽すんな」という言葉に従うべく無茶苦茶忙しいところに行きたいと思っていた。

アンケートでは、

【第1候補】

城山警察署を含む城山市内。

(県庁所在地がある県下最重要エリアで、県下最大規模の城山警察署など大規模の警察署が集中していたため、市内一括りで志望になっていた。)

【第2候補】

蔵山警察署。

(城山とは別の市にある警察署で、同市内で最大規模の警察署である。

激務の警察署で有名で、城山署より勤務員は少ないのに事案が多いため敬遠されていた。

忙しくて、色々な経験を積めるかもしれないということで蔵山警察署を第2候補に選択してはいたが、実家から近く土地勘のある城山市内の警察署に配属されたいと切に願っていた。)

【第3候補】

成島警察署

(蔵山警察署と同じ市内の警察署で蔵山より少し規模の小さな警察署だった。)

上記3候補を挙げて提出していた。


本館ロビーに整列し、担任教官の岩戸教官から諸説明を受けた後、出席番号順に先頭の3人が学校長室の方に歩いて行った。

出席番号1番 井上カオリの「失礼します」と言う声が廊下に響いた。

ロビーで待機している私たちは、各々ソワソワしながら「俺の初任地どこになんのかなぁ~」「○○署だったら良いのにな~」とコソコソと話をしていた。

しばらくすると、カオリが教官室で教官方に自分の初任地を発表し、教官たちからの拍手と激励の言葉を受けながら、ロビーに戻ってきた。

出席番号4番の岡野タイキが入れ替わるように学校長室に向かって歩いて行った。

ロビーに戻ってきたカオリに皆が群がった。

「カオリ!どこだった!?」

と皆で興味津々に聞くと「蔵山警察署だったよ」と答えた。

蔵山警察署と言えば、県下有数の激務の警察署だ…。

「カオリは優秀だから蔵山警察署が適任なんじゃね!」

「大変だな~頑張れよ」

と同期たちは激励の言葉を掛けながら「俺はどこなんだろうか~早く知りて~」と盛り上がるのであった。


希望する初任地になり喜ぶ人もいれば嫌すぎて泣く人もいた。

私は、そんな同期の姿を見て「早く教えてくれ~」とソワソワしていた…。

そう考えていると教官室から大親友の土田アキラが戻ってきた。

(アキラは、バリバリの体育会系でノリが良いし、面倒見も凄くよくて、同級生だったことも相まって一番仲が良かった。)

私が「アキラ、どこだった?」と聞くと、アキラは笑いながら「成島警察署だったよ、まぁ嬉しいけどな」と答えた。

アキラはガッツがあるし凄く優秀な奴だから絶対に城山市内の警察署になるだろうと思っていたので、蔵山市内にある成島警察署になるのは予想外だった。

アキラとは「同じ署か隣接署になりてぇな」と話をしていたので、城山市内に行く気満々の私は「アキラと遊ぶ時どうするかな」と考えていた。

そんな私に対してアキラは「リュウタ、所属が離れていても非番か労休どっちかは遊べっから、心配すんなよ!」と言った。

私は「もちろんよ〜」と返事をし、順番が回ってきたので学校長室前の廊下に向かった。

歩いていくと学校長室前の廊下にタカやんが待っていた。

タカやんは、仏の様な良い人で「ノリちゃん、現場に出ても遊んだり、飲み行こうな~」と言ってくれていた。

いつものように話をしたかったが学校長室の前なので、黙ったまま窓の外にある掲揚台で風になびく国旗を眺めていた。

国旗をボーっと眺めていると私の番が回ってきた。

学校長室のドアをノックすると、「はいれ」という声が聞こえてきた。

「失礼します」と言い入室すると岩戸教官と村岡学校長が待っていた。

学校長席の前に行き、気を付けをすると村岡学校長が口を開いた。

「ノリトリュウタ、蔵山警察署勤務を命ずる。」「忙しい警察署ではあるが、その分多くのことを学ぶことが出来る。」「頑張ってきなさい。」

とおっしゃった。

私は、宮田教官から指示されたとおり「はい、頑張ります」と答えたが、「なんで蔵山警察署?」という思いが頭の中を巡っていた。

まず、一番行きたかった城山市内の城南警察署ではないこと。

次に県下最大規模の中城警察署ではなかったこと。

よりによって何で蔵山警察署なん?

忙しいところに行きたいと希望していたからか?

と配属理由を考えながら学校長室を後にし、教官室に入って「ノリトリュウタ、蔵山警察署勤務にを命ぜられました!」と教官方に向かって報告すると、拍手とともに「おめでとう!」「ノリトには合ってると思うよ!」「頑張って来いよ!」とたくさんの激励の言葉をいただいた。

入校して間もないころは、この教官室に入るのが億劫で仕方がなく、この教官方に対する恨み節をどれだけ吐き捨てたか分からないが今となっては感謝の気持ちでいっぱいだった。

教官室を出ると「ノリどこだった?」と皆から質問されたので「蔵山警察署になったわ〜」と答えた。

アキラが「蔵山なら寮同じだし、毎非番、労休遊べるやん!これからも頼むわ!」「あとタカやんも成島署だから」と話しかけてきた。

アキラの隣にいたタカやんが「ノリちゃん色々とこれからもよろしくね〜」と言う。

私は「もちろん!毎非番、労休遊びに行くで〜、よろしく!」と返事をした。


全員の内示発表が終わり、岩戸教官がロビーに戻ってきた。

「内示が出て、一喜一憂しとるんかもしれんが、場所が全てじゃねぇ、お前がそこで何をするかだからな。」と言った後、今後の動向についての説明が行われた。

私の配属先である蔵山警察署には、私含め3名が配属されることになっていた。

1人目は、井上カオリ。

2人目は、内藤コウヘイ。

そして私。

その週末入寮に際しての説明等を受けるため警察署に行くことになった。

蔵山市内に行くことは、滅多になく道中少し迷ったが何とか警察署につくことができた。

蔵山警察署と入居予定の独身寮は、いずれとも県内で一番新しい警察署・独身寮で、それだけでも「まぁ、ど田舎よりは蔵山で良かったかな」と思えた。


卒業式当日。

入学当初は、毎日カレンダーを見ながら「この生活があと○月も続くのか」などと考えていたが、それも今日で終わりだと思うと感慨深いものがあった。

半年前に見送った寮兄だった先輩方の卒業式と同時拝命の大卒期の卒業式を思い返し、私たちもやっとこの日を迎えることが出来たのかという喜びと彼らが各教官方と握手をする際に見せていた涙を思い出していた。

人前で泣くことの無かった私も「今日ばかりは感極まるのだろうか?」と考えていた。


卒業式は、夏に行われたため入校式と礼肩章と飾緒の色が異なり銀色だった。

夏制服には、この銀色が爽やかで似合うが、個人的には上衣があってTHE・警察官と言う感じがする合・冬の方が好きである。


卒業式には、両親とデザイン科の担任の先生が来てくださっていた。

英語先生は進路課だったので忙しいことは想定してはいたものの少し残念に感じた。とはいえ両親とデザイン科の担任の先生が来てくれているので「最後の晴れ舞台、頑張ろう」と気合を入れ直し、卒業式に臨んだ。


卒業式は、粛々と進んで行った。

(県警音楽隊の演奏による『君が代』の荘厳さは今でも忘れない。)

卒業式終了後、父兄との懇親時間が少し設けられていたため、両親の元へ駆け寄った。

すると母親が「リュウタ、おめでとう!」「本当に立派になったね!」と激励してくれた。

父親も「よう頑張った!でもこれが始まりやから気持ち新たに頑張れよ!」と激励してくれた。

その後、担任の先生の元へ駆け寄り話をした。

「ノリト、おめでとう!ノリトの成長した姿を見れて先生は誇らしいよ。」

「英語先生が『おめでとう!』って言ってたよ。本当出席される予定だったけど、学生の進路指導の関係でどうしても外せなくなったんだよ。」

と英語先生が来られなかった理由と言葉を聞けて、とても嬉しく感じた。

私は「先生、また時間が出来たら顔を覗かせに行きます!今日はありがとうございました。」とお礼を言うと「おう分かった!元気で頑張れよ!」と肩を叩いてくださった。

父兄たちとの懇親の時間もあっという間に終わり、同期や担任教官との卒業写真を撮った後、再度本館ロビーに整列した。

卒業式最後のイベントである教官・在校生たちとの別れの挨拶である。

時間も少ないため足早に1人ずつ玄関先で待つ岩戸教官の元に駆け寄り、握手と言葉を交わした。

私の番が回ってきた。

正対敬礼し「ありがとうございました!」と腹の底から声を出した。

すると岩戸教官が手を差し出してくださったので、私はその手を固く握った。

岩戸教官は私の目を見て「頑張れよ、何があってもめげんじゃねぇぞ」と激励してくださった。

その後、最敬礼をして駆け足で、他の教官、職員の方々の元に駆け寄り、最後の挨拶を行った。


挨拶が終わった後、正門に整列した。

校舎の方を向いた時、風になびく日の丸が目に映った。

晴天の空に映えるその姿に10ヶ月間ほぼ毎日見たこの光景を思い出し、おもむろに涙がこぼれ始めた。

周囲から鼻をすする音が聞こえてきた。

同期たちもこの日にかける色々な思いがあったのだと感じた。

総代による最後の挨拶の後、総代指揮の元、学び舎と教官方に敬礼をし、「初任科第110期別れ!」という号令の後「よし!」と発して荷物が置かれている柔剣道場に駆け足で向かった。


ここからは時間との勝負で各警察署での申告や手続きなど色々控えているので時間が無い。

柔剣道場に着くと同期たちと卒業の歓喜に浸りたい気持ちを押し殺して、自分の荷物を持ち、同じ所属になったカオリとコウヘイとグラウンドで待機する蔵山警察署の車両の元に向かった。

グラウンドに着くと、シルバー色のミニバンのフロントガラスに『蔵山警察署』と紙が貼ってあった。

同車両に近づくと女性が降りてきて「卒業おめでとう。私は警務課の斉藤です、よろしく。本当は係長が来る予定だったんだけど、急遽来れなくなったので代理で来ました。」と言った。

私は「ノリトリュウタです。よろしくお願いします。」と挨拶をして、後部ドアを開けて車両に乗り込んだ。

ここからは、卒業式恒例イベントである各警察署の警察車両に乗車しての旅立ちである。

先輩の期は、大人数いたので大輸と呼ばれる中型バスが迎えに来ていたがウチの期は少人数と言うこともあり、ミニバンタイプの指揮用車や捜査車両が多かった。

蔵山警察署も例外ではなくミニバンだったが、本音を言うと大輸の方が華があるので大輸に乗りたかった。


グラウンドから校門に向かって定められた順番で車両が進み始めた。

正門で在校生、教官、父兄が手を振って見送りをしてくれていた。

在校生の前を通過する際、寮兄で世話をしていた後輩たちが「ノリト先輩頑張ってください!」と声を掛けてくれたので、それに手を振りながら「頑張ってくるわ!」と返事をした。

私は、「おっしゃ、やってやんぞ!」と気持ちを高らかに学校を後にした。

車両が山樫駅に差し掛かった別名・涙橋と呼ばれるこの橋を笑顔で通過出来る日を迎えれたことを本当に嬉しく誇らしく思えた。


私は、遂に長かった10ヶ月間の初任科を卒業した。

そして、警察官として本当の激動の日々が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る