第16話 初外泊

11月上旬。

朝から私はそわそわと落ち着きがなかった。

今日は待ちに待った初外泊の日だ。

入校から1か月弱、この日を夢見て毎日の訓練を耐えてきたと言っても過言ではない。

毎週末、寮兄(りょうけい)達が外出外泊しているのを羨ましそうに寮や教場の窓から眺めていた。

禁足期間中の土日祝日は終日訓練などが行われる。

そう、自由がない。


(警察学校には、入校から約一ヶ月間の禁足期間がある。

これは、学校生活と団体生活に慣れるためという名目があるらしい。

この禁足期間を明けると週末と祝日に校外に外出外泊として出ることが出来るようになる。

警察学校に入校している者にとって最大の楽しみである。

ただ、この楽しみも宿直などの勤務があれば出来なくなるし、学校生活で起きる個人・同期全体の失態に対する何らかのペナルティとして外出外泊禁止をよく言い渡されるので何としても毎週末外出外泊が出来るように皆頑張っていた。)


学生課長から外出外泊に向けての注意説明が大教場で行われた。

大教場に集合後、学生課長が来るまでの間皆ガヤガヤと話をしていたが、ドア開け役の学生(教場のドアに一番近い席の人の役割)シュンヤの「学生課長が来られました!」という掛け声を合図に日課当番(学級当番の警察学校版)が「気を付け!」と号令を掛け皆一斉に気を付けをし、教場内は沈黙に包まれた。

学生課長がゆっくりと入室しそのまま壇上に立った。

(学生課長は刑事畑の人で強面ではあったが面白い人だったが怒ると無茶苦茶怖かった。)

日課当番の「敬礼」という号令のもと一同敬礼をし、「休め」という学生課長の指示の後日課当番が「休め」と復唱し学生たちは席についた。

(警察学校の授業は、日課当番が教官室に授業担当等の教官を呼びに行き、上記の流れで授業が始まっていた。)

毎回の様に禁足期間中の反動からかハメを外しすぎるやつらが出てくるので学生課長からすれば説明に力が入るのは分からなくもないが、話が長引く程に私たちの自由時間が削られていくため「早く終わらせてくれ〜」と心の中で願っていた。

課長の話も終わり最後に「諸君らは、初任科生ではあるが、世間から見れば一人の警察官である。一警察職員としての自覚を何度気も忘れることなく行動をしなさい」と言い残し大教場を後にした。

シュンヤの「ありがとうございました。」という挨拶がいつも以上に校舎内に響き渡る。

ドア開け役の学生は、授業後などは課長または教官の姿が見えなくなるまで敬礼を続け、学生たちは気を付けの姿勢のまま同学生の「休め」という号令があるまで待機するのだが、今日だけはいつになったら解散の号令が掛かるのかと皆机から身を乗り出すように同学生の背中を見つめていた。

しばらくしてシュンヤが戻ってきてドアを閉め、「休め」と号令を掛けた。

直ぐに寮室に戻りたかったが、同期間でも少し話をすることになり、総代と副総代から訓示があった。

(総代・副総代というのは期のリーダー・副リーダー的存在で期と教官の橋渡し役となるため年長者や人格的に適した人がすることが多い)

最後に総代から「15分後に玄関ホールに集合して申告するから遅れるなよ」という指示があり、いつも以上に早足で寮に戻った。

寮内は初外出泊の嬉しさから浮かれた雰囲気が漂っており、運動部の部室の様な騒がしさだった。

私も同期たちとふざけあっていたが総代から「もう時間ねぇぞ」と声を掛けられ、急いで身支度をすませ玄関ホールに向かった。

玄関ホールでは、これから外出泊申告が始まるのだが1ヶ月みっちり叩き込まれた警察教練は伊達ではなく、きれいな整列隊形をつくっていた。

総代が当直教官(学生課長)を呼びに行き、戻ってきた。

少しして学生課長が出てくると学生たちの前に正対した。

「当直教官に敬礼!直れ!」

という日課当番の号令の後、学生課長から「さっき指示したことを忘れず、しっかり家族との団らんを満喫して明後日元気に戻って来ない。以上」という訓示があり、再度「当直教官に敬礼!直れ!」という号令の後、「別れ」の号令で晴れて解散となった。

解散後、携帯電話の返却があり約1ヶ月ぶりに携帯電話を触ることが出来た。

携帯を使うようになってから1ヶ月も使わないなんて経験は一度も無く、「待ってました」という気持ちだった。

1ヶ月も使ってなければ流石に充電が無くなっており、充電してから帰ったのは後の話で…。

(このご時世携帯電話が使えないなんて信じられない話だと思うが、今も同様のことをしている警察学校は多く存在すると思う。

家族や恋人との連絡には寮の外に設置された公衆電話を使うしかなく、皆夜の自由時間になる度に列を作って電話をしていた。

今どきテレカを常備するなんてことは中々無いと思うが警察学校生にとって必需品の1つであった。

1つ嫌われる行為があるとするならば延々と電話するやつ…。まぁ、ノリは男子校なので公衆電話ボックスを開けられたり、周囲を囲まれたりと好き勝手やられますが…。)


携帯の充電を使えるの程度に行って、大急ぎでバス停に向かった。

警察学校がある山樫地区は田舎のため一本バスを逃すと次はいつ来るんだ!?という環境だった。

そのため、バス時刻表を切り抜いて手帳にいつも忍ばせていた。

(警察学校中の生活ってのは、時代とかなり乖離した生活だと思う。)

バスを待つ間に約1ヶ月分の溜まったLINEやメールなどを見返し返信をしていた。

LINEのトークをスクロールすると下の方にエミリーからの新着メッセージが届いていた。

日付を見ると入校当日になっていた。

確認してみると「頑張って!リュウタならできるよ!」という警察学校入校に向けた応援のメッセージだった。

入校前にトーク履歴は消していたものの、ともだち欄を見ても外国人かどうかわからないだろう。と思い、ともだちからは削除していなかった。

そのためメッセージが届いていたのだった。

返信するかどうか悩んだ。

連絡すれば必ず返信がある気がしていた、しかし入校前にも考えた万が一のことを考えた時「返信しない方が賢明なのではないか」と思った。

難しい…。

取り敢えず一旦エミリーのことを考えるは止めることに決めた。

そんな直ぐに答えが出るような問題でも無ければ同期たちに話せるような内容でも無いからだ。


そうこうしていると待ちに待ったバスが来た。

私は、警察学校に入校するまで公共交通機関を使用する機会が殆どなく、特にバスは発着の時間が決まっており好きな時に乗れない点や発着場所が決まっており好きかってに寄り道などできない点が嫌い使うのが好きでは無かったがでこの時ばかりはバスでのんびりと過ごす時間が嬉しかった。

私は、実家から最寄りのバス停で降車し、同期たちと挨拶を交わして別れた。

駅の広場で母親と待ち合わせすることになっており、待ち合わせ時間より少し早く駅に着いたため実家に向かって歩いていると前方から母親が自転車を漕いで来るのが見えた。

「リュウタ!おつかれさま!早かったね。」

と母親が声を掛けてきた。

母親と約1ヶ月間の積もりに積もった話をしながら帰った。

約1ヶ月という期間だったが駅から実家までの道がとても新鮮に感じた。

家に着き、中に入ると父親が2階から降りてきて「おかえり、よう帰ってきた。」と声を掛けてきた。

私は「ただいま戻りました。」と挨拶を返した。

昼ではあったが父親と酒を飲み交わしながら長い会話をした。

父親と初めて腰を据えて話をすることが出来たと感じた。


その日の晩、友達や同期へLINEの返信している時にやっぱりエミリーのことが気掛かりとなっていた。

警察学校入校時に寮室の机に飾るための家族写真を必ず持ってくるように言われており、家族写真を持っていたのだが、以前プレゼント交換した時に貰った証明写真サイズのエミリーの写真を手帳の隙間に忍ばせて持って行っていた。

警察学校の訓練でしんどい時にその写真を見るだけで何でも耐えれると思えたぐらいだ。

結局のところ、エミリーへの未練を断ち切れていなかったわけである。

でも、ここで連絡すれば入校前に履歴を消去した意味がないし、危惧している携帯検査が万が一あった場合にどうするんだ…と悩みに悩んだ挙げ句返信をすることなく眠りについた。


翌日、女友達と会う約束があったので彼女の家に向かった。

その女友達と会う時は大体いつも家に迎えに行っていた。

彼女の名は「板谷サヤカ」という。

板谷家の前に着き「おい、家の前におるで」とLINEを送ったところ直ぐに「すぐ出るわ」と返信が返ってきた。

少しして玄関扉が開くと、茶髪のロングヘアーの小柄な女子が出てきて、「よっ!またガタイよくなった?」と少しボーイッシュな口調かつ普段の調子で話掛けてきた。

身長は150センチ後半の小柄な可愛いらしい様相だがそれに反したボーイッシュな性格…それがサヤカだった。

私が「学校で毎日しごかれまくってるからな」と返事をすると「まだへばってないのは偉い偉い」と背中を叩いてくる始末だった。

私達は各々自転車に乗り、行きつけのカフェに向かって自転車を漕ぎ始めた。

(サヤカとは小学校からの付き合いで何度か交際・破局・復縁を繰り返しており、改まって恋人という間柄になると逆にギクシャクしていまうのがお互いに分かっていたので何でも言い合える異性の友達…というか腐れ縁になっていた。

何の因果関係かサヤカもまた警察官の娘だった。)

カフェで互いの近況や警察学校や組織についての話をした。

サヤカは警察官の娘ということもあり、父親の背中を見てある程度は警察組織について知識があるため、側にそういう相談が出来る相手がいることは非常に心強かった。


その日の夜、ベッドに寝転びながらサヤカとの話を思い返していた。

久しぶり会ったけどやっぱり話がしやすいし、阿吽の呼吸で色々と理解してくれる…多分警察官として平穏な生活を送るなら将来の相手はやっぱりサヤカなんじゃないかと思っていた。

警察官の仕事に理解があることが一番大きいと思う。

(高校現役で警察官の採用試験に合格していたら多分サヤカとどこかのタイミングで交際して結婚していたと思う…。親たちからも「あんたたち結婚すると思ってたのに」と言われたこともあったぐらいだ。)


そうは思っていたもののふと、サヤカと今付き合っているわけではないし、いつかサヤカに良い相手が出来る可能性もあるわけだから、まだ答えを決めなくてもいいんじゃないか?と思った。

手帳の隙間に忍ばせていたエミリーの写真を取り出して眺めた。

エミリーは間違いなく自分の見た人の中で一番キレイで可愛い。

この人と交際・結婚できたら最高に幸せだろうな…と思った。

しばらく考え込み、「こんなに悩むくらいだったら連絡するべきだ」と思った。

夢であった警察官にやっとなれたのだから、仕事に打ち込み誰よりも優秀な警察官になってやろうと思いは揺るがない、ただ誰を好きになるか・誰と交際するかは個人の勝手だ。

警察組織について全く分からない初任科生の私にとって外国人と交際したいというのがどれ程リスクのあることかは分からない…でも可能性があるのだからそれを追い求めようと思う。

これほど一目惚れした人はいないからだ…。

別にエミリーと交際できなかったとしても死ぬわけでは無いし、夢があっていいじゃないか。

この日私は、「警察官でありながら国際恋愛…はたまた国際結婚をしてやろう」と心に決めた。


LINEを開きエミリーに「ひさしぶり!元気?」と連絡をした。

数分後「ひさしぶり!元気!トレーニングはどんな感じ?私は学校でいつも忙しかった笑」とエミリーから返信がきた。

あまりの返信の早さに驚いた。

「連絡すれば絶対に返信はくる」という自分の直感が正しかったことに喜びを感じたと共に直感を信じて良かったと感じた。

聞くところによるとエミリーはいつか連絡してくれるんじゃないかと待ってくれていたらしい。

この話を聞いた時とても嬉しかったが、連絡を取るのを勝手に止めようと思っていたことを凄く申し訳ないと思った。


色々と悩むことはあったがこうしてエミリーと再び連絡を取るようになった。



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