第9話 警視庁

地元で警察官として働き、骨を埋めたいという気持ちは変わらなかったが、二年目になるニート生活と合格するかも分からない先の見えない将来に不安を感じていた。

どこの都道府県でもいいから取りあえず一つ合格を掴み取るために直近で開催される警視庁に応募した。

採用試験の応募にともなって、警視庁について知るためにネットで調べた。

流石は首都警察だけあり、地方とありとあらゆることが違う。

職員の数が半端ではない、持っている設備や装備も凄い…。

最初は東京など全く興味が無かったが調べていくうちに「色んな経験が出来そうで、面白そうだなぁ」と思うようになった。

採用試験の内容も地方とは違い項目が多いため、流石に対策をすることにした。

ブックオフで警察採用試験の過去問集と警察OBの著書を買い漁り、それらを使って試験対策を講じることにした。


大晦日。

例年は地元の神社に行くが、今年は一人でチャリを漕いで家から遠く離れた有名な神社に行くことにした。

目的は二つ。

一つ、採用試験の合格祈願。

二つ、エミリーに大晦日の神社の光景を見せるため。


大晦日の神社は、平素とは違う荘厳な光景だった。

大晦日ということもあり、夜中ではあったが大勢の人で賑わっていた。

寒いし、人が多くて面倒くさかったので、日が変わる前に帰ることにした。

周囲の写真を撮ってエミリーに送信した後、社で賽銭を投じ祈願をした。

「来年こそ絶対に受からせてください。よろしくお願いします」


年が変わり、しばらくたったある日、警視庁採用一次試験の前日を迎えた。

警視庁のある東京は、流石に遠いので前日入りすることにした。

大阪の時は一人だったが、今回は母も東京観光を兼ねてついて来ることになった。

新幹線で東京駅に向かった。

高2の修学旅行以来の東京ということもあり、道中の車窓から見える富士山が懐かしく思えた。

東京駅に到着した。

数年ぶりの東京は相変わらず迷路のようだった。

「なんじゃこれ、わけが分からん…迷路か」と思った。

とりあえずホテルのチェックインまで時間があったので、東京に来たらとりあえず行こうと考えていた東京駅のどんぐり共和国に向かった。

以前エミリーがトトロが好きだと言っていたので、買って見せてあげようと考えていたからだ。

どんぐり共和国には、様々なサイズのトトロのぬいぐるみが売ってあった。

私は、大サイズの灰色・青色、白色のトトロ三体を買うことにした。

母はいきなりトトロのぬいぐるみを購入する息子が不思議だったのか「あんた、そんなにトトロ好きだったん?」と聞いてきた。

私は「別にそこまで好きじゃねぇけど、この前金ローか何かで久しぶりにトトロ見て気になった」という何とも微妙な理由を言っておいた。


目的地は、試験会場である警視庁警察学校のある府中市だった。

東京駅から府中に行くために在来線に乗ることになったが、先ず普段電車に乗らない人間からすると小一時間近く電車に乗るのが苦行。

次に○○線っていうのが多すぎてわけが分からん。

キャリーバッグとトトロ三体が入った特大の袋を抱えながら「帰る前に買えばよかったな」と少し後悔した。


何とか、目的の府中市に到着した。

下車した駅は西武多摩川線多磨駅だった。

改札を出て一番に思ったのは、「東京なのにすげぇ下町だな」と思った。

夜、会場の下見と晩御飯を買い物をかねて散歩することにした。

歩いていると東京外国語大学があるからなのか外国人が結構いるなという印象を受けた。

去年東京外語大学のことを少し考えた時期があったので少し感慨深いものがあった。

そこから少し歩くと目的の警視庁警察学校に辿り着いた。

警視庁警察学校は警察大学校が隣接しており、無茶苦茶デカい。

デカいだけでなく建物が凄く綺麗で資金力があるんだろうなと田舎者は感じた。

地元の警察学校には何度も行ったことがあるので、どうしても比較してしまうが、「警視庁半端ねぇな」としみじみ思った。


試験当日。

母と試験終了後に新宿駅で会う約束をし、試験会場に徒歩で向かった。

試験会場までの道中をリクルートスーツ&坊主or短髪集団がぞろぞろと歩いていた。

「今年もこの日が来ましたなぁ」と思いながら会場に向かった。

流石は警視庁。

採用人数も桁違いだけあって、受験者の数が多い。

採用試験を担当する職員も多い。

警察学校の正門を通過して、川路広場と呼ばれる広場で試験の受付をした。

まぁこの広場がデカいのなんの、周囲を囲む建物も高いし綺麗だし何もかもが圧倒的だった。

肝心の試験は、項目が多く夕方までかかった。

試験の出来に関しては地元と違いすぎて「よくわからん」というのが率直な感想だった。

試験終了後、母親と新宿駅で会う約束をしていたが、目的の出口が全く分からない。

今回の東京旅の最難関はここだと言っても過言ではない。

田舎者には、新宿駅は複雑すぎて迷路のようだった。


ある日、ジョブチューンというTV番組で警察官特集をしていた。

色々な都道府県警察、部署の人が経験談を話しており、興味深い内容だった。

その中で警察官の恋愛に関する内容があり、そこでふと「警察官って外国人と結婚できるのだろうか?」と疑問に思った。

エミリーとPenpalとして連絡を続けていたが、少し特別な感情を抱いていた私は上記の疑問が頭によぎったのだった。


調べる手段がインターネットしかなかったので、[警察官 国際結婚]で検索した。

検索結果には、本当か噓か真偽は定かでない情報が散見されたが、検索を続けているとジョブチューンに出演していた元神奈川県警刑事・小川泰平さんのブログに行きついた。

読者からの質疑応答で警察官の国際結婚について書かれているものがあった。

小川さんが現職の時に「同僚で国際結婚している警察官がいた」との回答が書かれていた。

それを見た私は、「警察官って本当に国際結婚できんのか?」「元刑事の経験談で間違いない情報だとは思うが…。」「国際結婚している警察官って異色で面白いだろうな」と元警察官のブログによる情報ではあったが疑念は晴れないままだった。

ただ、もし自分が警察官になって国際結婚したら異色の経歴だし面白いだろうと勝手に妄想を進めるのであった…。


それから数週間後、母親が「あんた宛に葉書きとるよ」と葉書を手渡してきた。

警視庁の合否通知だった。

試験後に手応えが全くなく不合格になっているんじゃないかと思っており、もう一回東京行くのは遠いし面倒くさいと色々ネガティブに考えていたので正直合否通知の届く時期を忘れていた。

葉書を見開き内容を確認したところ「合格」になっており、二次試験の日時と概要について記載があった。

警視庁に関して再び感心することがあった。

健康診断を採用試験会場で受けられることだ。

地元の採用試験だと万仕事になる健康診断を実費で受けなければならない…「やっぱり首都警察は金持ってるわ」と感じた。


二次試験当日。

久しぶりに見る警視庁警察学校の佇まいに「やっぱりでけぇな~」と感動しながら正門をくぐった。

試験内容は色々あったがある試験項目が特に記憶に残っている。

何年も前の話になるので現在も実施されているかは不明であるが、体育館でパンイチになり両手で襟足を掻き上げたまま中腰で前進するという奇妙な行動をさせられた。

一月の極寒の中でパンイチという武道の寒稽古よりも過酷な姿に正直引いた。

(何であんな試験をするのか謎過ぎたので、後日ネットで検索すると「刺青の確認じゃないか?」などと書かれていたが真意のほどは定かではない)


警視庁の採用試験も二次試験に面接が実施されていた。

警察官の採用試験で最重要なのは面接試験だと分かっていたので、頭の中で色々なイメトレをしていたが、地元の面接試験とは全く違う形式だった。

個人面接のみで会場は大きなホールに仕切りで区切られたブースが複数設けられ、呼ばれたブースで面接を行う仕組みだった。

地元の教場という閉鎖空間で行われる重苦しい雰囲気とは違い、明るく開けているので気楽に面接に臨むことができた。

ただ、この気楽な雰囲気が私には逆効果だった。

大阪府警の採用試験時に「書きたいこと好き勝手書けば悲惨な結果で不合格になる」と理解したはずだったのだが、「まぁ、第一志望の採用試験じゃないし、言いたいこと言えばええわ」と気が緩んでしまった。

結果、「志望動機は何ですか?」と質問された際に何の魔が差したのか「大阪府警の試験で書いた内容」のことを志望動機であると回答した。

そこから試験官の雰囲気が明らかに変わったのを覚えている。

試験が終わって家路の電車と新幹線の中で「流石にあれはやらかした」と反省を繰り返した。


そして月日が流れ、合否通知の葉書がまた届いた。

結果は見ずとも分かっていた、絶対に「不合格」だと。

葉書を見開き内容を確認したところ、やっぱり「不合格」になっていた。

しかも順位は大阪同様の最下位前後だった。

2度目の失敗で悟った…。

「あの事象について触れるのはやめよう…」と。

不合格になった理由は本当にそれなのかは定かではないにしろ、採用試験でイチかバチか賭け事のようなことをしていては一生受かることがないと悟った私は、やっと面接の質疑応答についてしっかり考えることにした。


これから地元の採用試験が実施される9月までの日々をどう過ごすのか悩んでいた。

今の怠惰な生活を繰り返しているだけでは、警察官になるためにどんな努力をしたのかアピールするポイントが無かった。

なので、とりあえずは警察官になってから各種車両の免許が必要になるので自動車免許を取ることにした。

自動車学校に通いたいが、費用がバカ高くニートにはとてもじゃないが払えないので父親に費用を援助して貰えないか相談することにした。

相変わらず、父親との関係は良くなかったので正直億劫だったが、これは将来の為に頭を下げるほかないと割り切ることにした。

父親に「採用試験を受けるにあたって、先ずは自動車免許を取るというところから始めます。学費を出してもらえませんでしょうか。」と相談したところ、何も努力も行動もしない子供が自発的に動き始めたからなのか、以外にも予想よりもすんなり承諾してもらうことができた。

私は、晴れて自動車学校に通うことになり、採用試験に向けて大きな一歩を踏み出した。


そんな日々の中で色々な感情に襲われた。

地元を2回・大阪府警1回・警視庁1回と採用試験を計4回も不合格になったていたので「本当に警察官になれるのか?このまま夢を追い続けて叶わないなんてことがあったらどうすんだ…。」と不安を感じていた。

また、来年は成人式が行われるため「ただでさえ、学歴で負け組なのに成人式ニートで出席はヤバすぎだろ、マジで…。」と周囲に対する劣等感と焦燥感に駆られていた。

ただ、警察官になる以外に目標も希望も無かった私は何としても警察官になるしかなかった。


ある日、エミリーに自動車学校に通い始めたことを教えた。

すると「おー頑張って!私は16歳から車を運転しているよ!」と返信が来た。

私は「16歳?流石は車社会の国、異次元すぎだろ。俺なんかまだチャリでどこでも行くのに…。」と思った。

エミリーにとっては、自動車学校という制度が面白いらしく教習車や教習コースの写真を撮って送った。

色々なことがあったがエミリーとの連絡は欠かさずに頑張っていた。


ある日、エミリーと電話をし終えて冷蔵庫を物色していると父親が「お前誰と電話しとんな?」と聞いてきた。

スピーカーフォンで話しをしていたからエミリーのカタコトな日本語が聞こえたのだろう。

濁して変な推測をされるのも嫌だったし、父親の反応も気になったのでエミリーと連絡をしていることを教えた。

すると「お前面白いことやっとんな」という意外な反応が返ってきた。

その晩、父親から話を聞いたのだろうか母親からもエミリーについて質問をされた。

「父さんから教えてもらったんやけど外国人と話しとん?どういうこと?あんたどうやって外国人と知り合ったん?」と質問攻めだった。

こうして親にはエミリーの存在を知られることにはなった。

ただこの時、後に当人を連れてくるとは想像もしていなかっただろうと思う。


運転免許を取るために奮闘していたある日、朗報が飛び込んできた。

「地元県警で高卒区分の秋採用が復活し、春先に採用試験が行われる」という話だった。

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