同性の幼馴染にドキドキしてしまう少女の話

川野マグロ(マグローK)

同性の幼馴染にドキドキしてしまう少女の話

 初めまして。私の名前は平野メル。12歳。この春から中学生になりました。


 中学生に上がって変わったことと言えば、気になる人ができたということです。


 と言ってもその人は中学で初めて会った人ではなくて。


「メルー。おはよう」


「お、おはようニコ」


 そう。私が気になっているのは、目の前にいる幼馴染の寺田ニコです。


 毎朝私の家までむかえに来てくれます。


「どしたの? 朝から調子悪いの? 寝不足?」


「ううん。ぐっすり眠れたけど」


「じゃあ、変なモノでも食べた?」


「私はそんなことしません。元気だから、大丈夫だから」


 おでこを当てて熱を測ろうとするニコから私は咄嗟に離れました。


「そう? ならいいんだけど、じゃ、行こっか」


 ニコはキョトンとしながら言いました。


「うん」


 私はそれから自然を装ってニコに返事をしました。


 まだまだ一日は始まったばかりなのです。こんなところでドギマギしていては身が持ちません。


 置いていかれまいと駆け足になりながら、私はニコの隣に並びました。




 私がニコと出会ったのは幼稚園の頃。


 今とは逆で、私がニコを引っ張って、いろんな場所へ連れ回していました。


「怖いよ」


 とすぐになく泣き虫のニコに。


「大丈夫。私がついてるから」


 と言って、私が面倒を見ているつもりでした。


 小学生になり環境が変わると、この立場は逆転しました。いつの間にか、私がニコに引っ張られるようになっていました。


「ねえ、買い物行こう。欲しい物があるんだ。メルも新しい服欲しいでしょ? 見るだけでもいいからさ。行こうよー」


 と肩を揺らされ、有無を言わさず手を引かれ、近くのショッピングモールに連れて行かれたり、とか。


「ねえ、今日開校記念日でしょ? きっと人少ないと思うんだよ。メル、年間パスポート持ってたよね?」


「うん」


「じゃあ、決まりだね。となったら今行こう。すぐ行こう」


「え、え?」


 いきなり押しかけて来たかと思えば、テーマパークへ向かう電車に乗っていたり、とか。


「メル。暇だから公園行こう? メルも暇でしょ? 暇だよね。だって今何もしてないもんね。よし、外に出よう」


「なんでいつも急なの?」


「思いついたからだよ。ほら、行こう」


 と、何もないのに公園へ行くことになったりとか。


 ニコとはいろいろなことをして遊びました。


 毎度毎度私は連れ回されてばかりでしたが、悪い気はしませんでした。


 私としては中学校に進学しても、ニコとの関係はずっと同じ、変わらないものだと思っていました。


 実際、ニコは小学校の時と変わらず、授業中には昼寝をしていて先生に叱られたり、言っていることを聞きそびれて私にどこの問題を言っていたかを聞いてきたりします。


「……メル。どこの問題? ねえ、こっそり教えて」


 先生の顔色をうかがいながら、ニコは小さく手を合わせて言いました。


「……ここだよ。ここ」


 私は苦笑しながら答えました。


「……ありがと」


 休みの時間には、少し引っ込み思案な私を、いつも話の輪に誘ってくれます。


 授業のことはどうかと思いますが、話に入れてくれることは感謝感謝です。


 そんな風に、どこも普段と変わらないはずの日々を過ごしていました。


 それなのに、私はニコから目が離せなくて、気づくと胸がドキドキしてしまっているのです。




「はー。やっと授業終わったー」


 まだ騒がしさの残る教室で、机に体を倒しながらニコは言いました。


「頑張ったね」


 私が声をかけると、ニコは大袈裟に頭を振って見せます。


「そりゃ頑張ったよ。何せここからが私の本分だからね」


「本文かもしれないけど、もうちょっと授業も起きるようにしたら?」


「善処します」


「やらないやつだ」


「いいじゃん。なんとかなってるんだから、もう行こう」


「うん」


 私はニコに続いて教室を出ました。




 私が中学で一番変わったと思うこと。それは部活です。


 私はニコと同じテニス部に入りました。


「ひっ。ひっ」


「ファイト!」


「ニコって、体力あるよね」


「当たり前でしょ? メルより動いてるからね」


 今は校庭で走り込みをしています。


 キツイとは聞いていましたが、ニコとなら頑張れると思い入りました。


 テニス部に入った理由はニコと一緒だからというだけではありません。ニコは小さい頃からテニスをやっていたようなのです。


 私とニコは中学に上がるまで、休みの日には一緒に出かけ、遊んできた仲ですが、テニスの試合を見に行ったことはありませんでした。


「ねえ、時々休みなのに私の家に来ないのはなんで?」


 ふと、疑問に思い聞いたことがありました。


「何? 実は待っててくれてたの?」


「そうじゃないけど、単純に気になって。どうなの?」


「それは、テニスやってるから」


「えー。テニス? 初耳なんだけど、なんで教えてくれなかったの?」


「そりゃ、聞かれなかったから」


「そうだけど、でも気になる。今度試合があったら見に行かせてよ」


「それは待って恥ずかしいから」


 ニコは突然、今までなかったほど首を横に振り出して言いました。


 顔も珍しく真っ赤にしていたこともあり、それ以来詳しいことを聞くのも気が引け、教えてもらえてもらえませんでした。


 そんなこともあってか、入学早々部活選びで迷っていた私は。


「メルには絶対キツイから、テニス部だけはやめた方がいいよ」


 とニコから言われました。


 しかし。


「そっか。わかった」


 と首を縦に振る私ではありません。


 逆に、テニスをしているニコの姿が気になり、入ることを決意しました。


 ですが、初めての私はと言うと。


「キツイ」


 走り込みを終えた後、すぐに膝に手を当てその場に立ち止まりました。


「止めたんだけどな」


 息が上がっている私を見ながら、ニコが言いました。


 実際にやってみたことで、ニコが嘘でキツイと言っていたわけではないことが身に染みてわかりました。


 元々運動能力が高い方ではない私は、毎日ヒイヒイ言いながら練習しています。


 ですが。


「さあ、練習はこれからだよ」


 ニコはヘトヘトな私の隣で、常に笑顔で練習に励んでいるのです。


 それは、今まで見てきた少し抜けてるニコの姿と違っていました。


 キラキラと輝いていて、私は見るたび胸のドキドキが止まらなくなるんです。


 特に先輩相手でも打ち合える姿はカッコいいんです。




「疲れた」


 部活終わりの帰り道。


 授業後のニコと入れ替わるように、私がフラフラになりながら歩いていました。


 ニコの姿を見て、急にテニスが上手くなるわけもなく、練習が終われば、私はヘトヘトです。


「メルは今日も頑張ってたじゃん。これならすぐに私は抜かされちゃうな」


 お世辞なのか、ニコが笑いながら言いました。


 ニコは練習できそうなほどピンピンしてます。


「私はまだまだだよ。ニコなんてもう先輩と普通に打ち合ってるじゃん。しかも、名前も知られてたし。こんなに有名なんて知らなかったよ」


 そうなんです。恥ずかしいと言っていたにも関わらず、ニコは中学の先輩が知っているほどの実力者だったのです。


「あはは。メルにはもっと活躍して、結果を残して驚かせたかったんだけどな」


「もう十分活躍し、驚いてるよ」


「もっとだよ。もっと」


 ニコは空を見上げながら笑っていました。


 そんな姿を見ていると、練習の疲れも少しだけ吹き飛んだ気がします。


 いつの間にかニコが活躍している聞くだけで私まで嬉しくなって、ニコのことで頭がいっぱいになってしまいます。


 でも、私はこの気持ちをニコに打ち明けようとは思いません。


 今の関係が壊れてしまうこと。それが怖いから、だけど。


「ん? どしたの? 手なんか握って、汗まみれだよ?」


「いいの。ちょっとこうしてたいの」


「懐かしいね。ちっちゃい頃はこうして、メルが私の手を引いてくれてたのにね。いつの間にか逆になってて」


「いいでしょ。昔のことは」


 私は照れ隠しで怒鳴りつつも、ニコの手をキュッと握りました。


「もー。甘えん坊だな」


「そんなんじゃないから」


「いいよいいよ。じゃ、今日は手を繋いで帰ろうか」


 私は黙って頷きます。


 せめて、これくらいならニコとの関係は変わらないだろうから。

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