桜姫、小さな龍の姫君の恋と冒険の物語
相ヶ瀬モネ
第一話
いつの帝の御代だったであろうか……。
内裏の中、あまたいる后妃が暮らす後宮からはじまった、大火の変があり、内裏の宝物殿から、
「やはり“
「誰が“
小さな二寸(六センチ)ほどの、身の丈よりも長い桜色の髪をした
この小さな姫君は、火事見舞いと称して配られ、みなが楽しみにしていたご馳走の入っていた重箱の中身を、ほとんど食べつくし、最後のひとつに手を出そう、そんな時に、ようやく捕まっていたのである。
「……龍神の姫君ねぇ……おい“伍”呪札を貼って、とりあえず蔵の中に封じておけ!」
「ええっ、でも、本当だったら、どうするんですか……」
「根性なし!」
「とりあえず蔵の中に封じておけ!」
そう言ったのは、京の街中では『呪いのやかた』そう呼ばれ、ここに住んでいる、陰陽寮にいる数多い陰陽師の中でも、『
彼ら、
しかし、このやかたが、いわゆる『いわくつきのやかた』であり、あと、六人合わせれば、結構な高給取りならぬ、
彼らは、牛車に乗って、内裏やそれを取り巻く大内裏(官庁街)に通える身分ではないので、勤務先は近い方がいい。
そんな理由と協議の結果、ここに住んでいた。が、それが今回は裏目に出ていた。
内裏が全焼したあと、帝の女御である大貴族の実家に入りきらなかった、あるいは運び込むわけにゆかぬ、大事な書類やら宝物やらを、預かる羽目になった、そのほかの多くの役職づきの公家たちに交じって、彼らもとある物たちを、預かる羽目になっていたのである。そして起きたのが、今朝の騒動だったのである。
「おや、めずらしい……出勤時間を守るとは」
そう“弐”に声をかけたのは、小さな声でわめく『桜色の髪をした姫君』を、呪札で無造作にくるんでいた、朝に強く夜に弱い“四”と呼ばれる青年だった。
「今日は楽しい、年に何回もない、数少ない食い扶持、
「……いいから早く行け!」
ちなみに、
壱番からはじまって、六番までの選ばれた
小さな
『コノ世ノモノデハ無イ存在ト世界ヘノ備エ』
彼らはその特殊性ゆえに、さまざまな特権を持っていた。しかしながら、普段はごらんの通り、このありさまである。
「ほんとうに『
「さあな? どっちでもいいが、せっかくの差し入れが、俺らの朝飯がなくなったのは確かだ」
「お米を研ぐところからかぁ……お昼になりますけど、我慢してくださいね……」
「いや、もういい、みな出仕の時間だからな」
「あ、じゃあ、僕は休みなので、夕餉は用意しておきますねー」
一番の後輩、つまり下っ端である“伍”は、手伝いようの簡単な式神を作り出すと、台盤所と呼ばれる、いわゆる台所に向かわせながら、呪札でくるまれた『桜姫』を両手でつつみこんで、やかたの裏にある蔵に歩いてゆく。そして大きな閂を開けて、薄暗い中をのぞきこむ。
もともとあった、いわゆるガラクタは、はしに追いやられ、預かり物の三つの宝が中央に鎮座している。
ひとつ目は、穂先(刃の部分)は二尺(約60cm)、金細工の精巧な鞘(さや)に収められている、全長一丈(十尺/約3m)の大槍で、槍なのに三位の
ふたつ目は、螺鈿細工のほどこされた美しい、しかしながらおのれが選んだ人物が相手の時以外は、鳴らない
三つ目は、こちらも同じく
この三つは、すべてなんらかの付喪神がついていると言われ、宝物殿から運び出された品の中から、選りすぐられて、このやかたで預かった品々である。
まあ要は、国の宝でありながら、厄介な品のあつまりであった。
「…………せ」
「え?」
「わらわを放せ無礼者!」
「わっ!」
一番の後輩、つまり若輩ものである“伍”の手の中にあったモゾモゾ動く、呪札に丸められた桜姫は、勢いよく呪札から飛び出すと、彼のあごを握り締めた小さな手で、下から殴りつけていた。
「いったっ!」
「で……」
「わびとして、釜のごはんとおかずは、すべてもらったぞよ」
「全部食べたのですかっ!?」
「止めたんですけれど、台盤所からただよう匂いを嗅ぎつけて……」
「タケノコご飯、おいしかった! おかずは貧相!」
みながそろった夜、いけしゃーしゃーと、蔵から逃げ出した『桜姫』はそう言い、今日は休みだった“伍”は、あごをさすりながら、まだ涙目であった。
「釜の蓋が開かなくなるぞ! すぐにも食べることが、ままならなくなる! いますぐにな!」
普段、台盤所の管理を担当している“弐”は、そう叫んだ。
「この小さい体の中の、どこに消えているんだ一体?」
「きっと今日だけ――かな? 槍の中で何百年も、何も食べていなかったから!」
六人は平たい目で、見た目だけは、かわいらしい『桜姫』を見つめていると、彼女はすっかり眠ったのか、小さな龍の姿になって、床の上で眠っていた。
「信用できない……」
「なあ、こいつ、いまから網で焼いて食っちまおう……」
「そ、そんな、今日だけって言ってましたよ? かわいそうじゃないですか!」
「じゃあ、いまから、お前が世話係な」
「明日もこんなに食べるようだったら、お前が食費を別で払え」
「……それが順当ですねぇ」
「それより、あとのふたつの様子を、蔵に見に行きましょう。同じような騒ぎを起こされては、目も当てられません。厳重に封印をほどこさねば……」
「え……?」
五人の先輩たちに、ぐるりと囲まれていた“伍”は、手のひらに小さな龍を、そっと乗せたまま、みなの姿が消えたあと、真っ青な顔になっていた。
そういう訳で“伍”は、陰陽寮での勤務とは別に、『怨霊退治』の副業を、はじめることとなったのである。
「安心せい。わらわがついておる!」
「はあ……」
真夜中の朱雀大路、烏帽子をかぶり、目立たぬ平凡な
『その“わらわ”のせいで、こんな目にあっているのだけれど』
朱雀大路を歩き、羅城門を抜け、月明かりだけを頼りに、長い道のりを歩く。やがて、目的地、やたらと顔の広い“弐”が紹介してくれた目的地、ようやく依頼先が現れた。
「こんばんは――」
裏口から、そう、声をかけると、うっそうとした草の生える、古びた小さな屋敷は、ほとんど真っ暗で、人が住んでいるのか? そんな荒れ果てた様子であった。
「“弐”に騙されたのではないのかのう?」
「…………」
桜姫のそんなセリフに、彼は、返す言葉がなかった。
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