第14話 僕は三度対峙する
『そういうわけだから、飛鳥を解放しろ!』
決意を胸に片桐の方へ向き直り、僕は叫んだ。
だけど、その瞬間。
ガチャリ、とカプセルにロックがかかる音が鳴り響く。
同時に音声も遮断されたのか、カプセルの中で叫ぶ飛鳥の声は聞こえない。
『片桐!』
「何言ってるんだ、今さら。やめるなんて言わせないぞ。俺たちにはお前の体が必要なんだからな!」
不敵な笑みを浮かべ、無情にもシステムを起動させていく。
『俺たち?』
そんな疑問を抱いたときだった。
『もうやめて!』
フロア内に、女性の声が響き渡った。
驚いて振り返ると、そこには白猫の姿があった。
「汐音!」
その姿を認めた瞬間、片桐の表情が変わる。
汐音と呼ばれた猫の横にはスイの姿もあって、片桐の視線がすぐにそちらへ流れた。
『もういいだろう。この子らを解放してやれ』
「誰かと思えばスイじゃないか。汐音がここにいるのはお前の仕業か」
見たこともないような鬼の形相で片桐がスイを睨みつける。
僕ってあんな怖い表情できたんだ、なんて呑気なこと考えている場合じゃない。それでなくても、状況がよくわからないのに。
『私が頼んだの』
「なぜだ? もうすぐ君の体が手に入るんだぞ。それなのになぜ俺を止める?」
『あなたが間違った道を進んでいるからよ』
冷ややかに告げる汐音さんの横で、僕は顔を
『体が手に入るって、どういうことだ』
『あいつは、お前に体を返すつもりなんてないんだよ』
『じゃあ、飛鳥は?』
『あの娘と汐音さんを入れ替える。それがあいつの本当の目的だ』
『なっ……』
それが本当なら、飛鳥は何のために。
人の気持ちを弄ぶなんて許せない。許されるはずがない。
『……お前!』
「誰が戻してやると言った? 勝手についてきたのはこの娘だ! 俺はそんなことを約束した覚えはない!」
僕が叫ぶと、片桐は堂々と言い放った。
最初からそのつもりだったのだ。飛鳥の体を手に入れるため、僕に体を返すと嘘をついてここへ誘った。そうして本当の目的である彼女の体を手に入れようとした。
飛鳥が真実を知ったことは、片桐にとっては好都合だっただろう。欲しいものが手に入るのだから。きっと僕たちが会いに行ったとき、ほくそ笑んでいたに違いない。
怒りに震える僕の横で、汐音さんが口を開いた。
『全部私がいけないの。巻き込んでしまってごめんなさい』
そう告げる彼女の表情はひどく辛そうだ。
『汐音さんは不治の病なんだ。でも、それを受け入れられなかった片桐がどうにか延命する方法を探した』
よくある話だよ、とスイが語る。
片桐は不治の病にかかった最愛の人を救うため、コールドスリープを選んだ。そのとき治すことができないとされる病も、ときが経てば治療する方法が見つかり完治させることができるようになるかもしれない。つまり、未来の技術に賭けたわけだ。
そして自らも装置に入るのだが、何らかのトラブルによって機能せず自分だけが取り残されてしまった。
それでも、片桐は諦めなかった。
あらゆる方法を模索し、研究し続けた。そして彼が見出したのが、記憶を、魂を、別の肉体に移し替えるという方法だった。
しかしそれはスイの父が研究していたもので、片桐は彼を殺してそれを奪い取っていた。その事実を知ったスイが彼を追い詰め、揉み合いになった末に片桐は猫になることで逃亡を図った。
一方、彼に突き飛ばされたスイは重傷を負ってしまい、汐音さんに救われる形で今の姿になったのだそうだ。
「体が変われば、もうあの病に苦しむことはない。この新しい体で俺たちは今度こそ幸せになるんだ。さあ、汐音、君も早くベッドに」
そう促す片桐の前で、しかし汐音さんは拒絶するように首を横に振った。
『もういいの、太一。もうこれ以上、関係のない人たちを巻き込まないで』
「いいや、俺は諦めないぞ! 諦めてなるものか!」
汐音さんの言葉は届かない。
執念に取りつかれた片桐を止めることはもはやできなかった。
「これは俺の物語だ! ほかの誰がどうなろうが知ったことじゃない!」
装置を起動させるため、操作盤に手を伸ばす。
それを見た瞬間、僕は床を強く蹴って駆け出した。
『やめろ!』
飛びかかり、左腕に噛みついて引き止める。
すぐに振り落とされるが、その程度では屈しない。
空中で体を捻って着地、もう一度僕は片桐と対峙する。
『もう終わりだ、片桐!』
「いや、まだだ!」
終わりを告げた僕に対し、片桐はどこからともなく取り出した棍棒で迎え撃つ。
ブンッ、と風切り音が耳を掠めた。
一撃目をギリギリで躱す。続けて振るわれる二撃目・三撃目は、様々な危険を乗り越えてきた僕には当たらない。
棍棒を振り切った隙を突き、僕はその手に嚙みついた。
「くっ、離せ……!」
強く噛みつく僕を振り落そうとした手から棍棒がすっぽ抜け、背後の窓ガラスにぶつかって撥ね返る。そして床に転がったそれを踏んだ片桐が、よろめいて窓に体を打ちつけた。
――次の瞬間。
激しい音を立てて、窓ガラスが粉々に砕け散った。
僕たちは勢いそのまま、空中へと身を投げ出される。
『……え? えぇー!?』
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
室内から飛び出した僕たちは、重力に引っ張られて落下を開始する。ここはビルの最上階。九階という高さから落下すれば、無事で済むはずがない。
『嘘でしょ!?』
そんなことある?
ビルの窓ガラスは頑丈であるべきだ。ちょっとぶつかったくらいで、こんな簡単に割れていいはずがない。それなのに、この状況は。
詰んだ。
今度こそ完全に。
もはや助からないと諦めかけた、そのときだった。
『ナギ!』
背後で僕の名が叫ばれるとともに、体が引っ張られる感覚。
振り向くと、翡翠色の瞳と目が合って。
『スイ!』
スイが僕の尻尾を掴んでいた。
けれど、そのスイの体も空中にあって落下を避けられない。
と、そう思うのは早かった。
スイの後ろにも猫の姿があったのだ。
彼の足を掴み、その後ろの猫も同じように足を掴む。そうやって数珠つなぎの要領で、窓枠から猫たちが続いていた。
まるで、アニメとか物語の世界で見るような奇跡。
こんなことが現実でもできるものなのか。
『……た、助かった』
と、安堵するも束の間。
一緒に落下していたもうひとつの姿に気づいて。
『あ……』
こちらへ伸ばされた手は空を切り、片桐は、僕の体は落下していく。
自分の最期を見るなんてあまりに残酷で、僕はぎゅっと目を閉じた。
ややあって、ドシャンという音が響く。
車か何かの上に落ちたらしいけれど、僕は直視することができなかった。
そして、この日僕は自分の体を失った。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます