第12話 僕は突撃する
『げっ……』
『どうやら、ばれちまったみたいだな』
どうして猫だと、って一瞬思ったけど監視カメラか。
片桐の手下ならきっと僕たちがもともと人間なのも知っているんだろうな。
『まだ上なんだよね? どこまで行けばいいんだ?』
『おそらく最上階だ』
『マジか……』
さっきちらっと階数を見たけど、この建物は確か九階まであった。ここはまだ三階あたり。最上階まで駆け上らなければならないと思ったらぞっとする。人間でもかなりきついレベルだ。それはちょっと無茶が過ぎるというもの。
だったらエレベーターを使えばいいんじゃないかって思うかもしれないけど、ところがそういうわけにもいかないのだ。密室という逃げ場のないあの空間は捕まる可能性が高いし、そもそも僕たちじゃボタンに届かないという問題があった。
僕たちの行く先に楽な道はない。
とにかく突き進むしかないと覚悟を決めたとき、ついに黒服の男たちと対面した。
『どけ!』
行く手に立ち塞がった男たちを、上手いこと踏み越え、すり抜け、躱していく。
しかし、僕もスイも長くは続かなかった。階段を駆け上がってきた僕たちの体力はすぐに限界を迎え、床へ抑えつけられてしまう。
「捕まえたぞ! ゲージ持ってこい!」
「こら、じっとしてろ!」
抵抗を試みるが虚しく、僕たちはそれぞれ運ばれてきたゲージに押し込められそうになる。
そのときだった。
「うわっ!?」
「ぎゃあ!?」
と悲鳴が続き、後方にいた人間たちが打ち倒されていく。
そして目の前に現れたのは、見覚えのある三毛猫の兄弟が率いる猫の軍団だった。彼らは僕たちを人間の手から解放する。
『お前ら……』
『話はスイから聞いたぜ。イチの奴の計画が上手くいくのは気に食わんのでな』
だから潰しに来たんだ、と遅れてやってきた黒猫ヤコクが僕に告げた。
そういえば、飛鳥が連れ去られたって聞いたとき、スイが雀たちに何やら指示を出していたような気がしてたけど、あれはそういうことだったのか。
『イチの話をすれば、こいつらも来るだろうと思ったんだ』
『ああ。あいつが関わってるっていう話を聞かされちゃあ捨て置けねえな』
片桐のやつ、ヤコクたちの恨みを随分買ってるみたいだけど一体何したんだ。
日頃の行いが悪いと後々酷い目に遭いそうだ。僕も気をつけないと――なんて思っていると、階段を降りてくる足音が聞こえてくる。まだこのビル内にはそれなりの人数がいるらしい。
『つーわけだ、ここは任せて先に行きな。急いでるんだろ』
『ありがとう!』
初めて会ったときは関わったら面倒なやつって思ったけど、こうして味方になるとその大きな背中は随分と頼もしく感じる。
『ナギ、エレベーターを使え。俺も後から行く』
『わかった』
振り返ると、扉が開かれたエレベーターの中からこちらに合図を送る猫の姿があった。僕はスイに頷き、エレベーターに向かって駆け出した。
『準備はいい?』
『……あ、うん』
乗り込むと頭上から声をかけられ、僕は驚いて振り向いた。
そういえば、どうやって操作しているのかも疑問だった。見れば、数匹の猫たちが肩車の要領で担ぎ合い、手の届く範囲まで高さを出している。
なるほど、そんな手があったか。
一人でできることなんてたかが知れている。
でも、みんなと協力して挑めばきっとどんなことだって乗り越えられる。
人間だった頃もそれは十分にわかっていたことだけど、猫になってからというもの随分助けられてきたように思う。
だから僕も、その恩を返していけるような存在になりたい。彼らの想いをつないでいける、そんな存在でありたいと思った。
『待ってろ、飛鳥。今行くよ』
目的の階に到着した合図が鳴り、僕はついに最上階に到達した。
「なっ……!?」
エレベーターの扉が開いた瞬間、男たちが揃いも揃って驚きの声を上げた。
猫が一斉に飛び出してきたからだ。
顔や体に飛びついてきた猫たちを引きはがそうともがき、暴れる男たち。それを余所に、一匹の雌猫が僕に告げた。
『君は先に』
『わかった。ありがとう』
踏み潰されたりしないように注意しつつ、先に進んだ僕の前に扉が立ち塞がる。
この向こうに飛鳥がいるはず。飛鳥は無事だろうか。
『……くっ』
いざ行かん、と意気込んで扉を押すが開かない。
もう一度気合を入れて押してみるものの、やっぱりびくともしない。
『ぐぬぬ……』
扉を前に二本足で立ち、前足を組んで唸る。
見たところドアノブを捻って開けるわけでも、鍵が締まっているというわけでもなく、ただ単純に力が足りないだけ。ヤコクあたりならいけるかもしれないが、小柄な僕に重い扉を押し開けるのは難しい。
『詰んだ……』
ここに来てまた、一人ではどうにもならない問題にぶち当たってしまった。
他の猫たちはまだ人間たちと格闘している。彼らに助けを求めることはできないし、ヤコクたちを呼びに戻っている時間もない。
『いや、まだだ』
諦めるのはまだ早い。
ここまで道を作ってもらったのだ。最後くらい自分でなんとかしなければ。
『こうなったら……!』
考えていても仕方がない。思いつく方法をすべて試す。
まずは体当たりだ。小柄な僕が体当たりしたくらいでどうこうなるでもないだろうが、それでも今できることをやってみるしかない。
壁を踏み台に高さと勢いをつけ、できるだけ扉の中心目掛けて跳躍する。
『ふえ?』
刹那、目の前の光景に思わず僕は素っ頓狂な声を上げた。
体当たり寸前のタイミングで、なぜか予想外にもその開かないはずの扉が開かれたのだ。
『おわあああ!?』
踏み切ってしまった僕はもう止まれない。
目標を通り越し、体当たりの覚悟と勢いそのまま室内へと飛び込んでいった。
***
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