第11話 僕は覚悟を決める

『やっぱりあのとき追いかけていれば……』


 今さら後悔の念が押し寄せてくる。

 飛鳥が連れ去られた。

 その報せを雀たちから受けた僕は、全力で走っていた。

 聞くところによると、片桐が飛鳥を車に乗せてどこかへ連れて行ったのだという。

 番の鳩や烏に馬鹿にされていた頃は、本当に腹が立ったものだけど、人脈を作っておいてよかったと今は心底思う。って人じゃないか。でも何て言えばいいんだ? 動物脈? なんか響きが気持ち悪いな……。

 じゃなくて!

 今はそんなこと考えている場合じゃない。

 飛鳥が連れ去られたなんて最悪の事態だ。やっぱりあいつと関わらせるべきじゃなかった。


『ごめんスイ、話の途中で……』

『いや、構わねえよ』


 心当たりがあると言うので、今はスイに案内してもらっている。

 何でそんなこと知っているのかという疑問もあるし、話があると言っていたのも気になる。でも今は飛鳥のことが最優先だ。



 スイに導かれ、僕たちは駅の近くにある古びたビルまでやってきた。

 他のビルに紛れて目立たず、一見するともう使われていないようにも見えるけど、扉が開かれているところを見れば中に人がいることはなんとなく想像がつく。傍には黒いバンが止まっているし、ドラマとかでよく見る怪しい感じだ。

 一応この辺りにいた鳥たちにも確認してみたら、それらしき少女たちがここに入っていくのを見たと言っていた。飛鳥がいるのはこのビルで間違いないだろう。

 ここからは自分だけで行くつもりで、僕はスイにお礼を伝える。


『何言ってるんだ、ナギ。最後まで付き合うぜ』

『スイ……』


 スイから返されたのは思いがけない言葉だった。

 彼には助けてもらってばかりだ。これは僕の問題で、だからこれ以上付き合わせるのは違う気もするし、何だか申し訳ない気持ちにもなる。それでもスイの真っ直ぐな眼差しを受けて、僕は頭を下げた。


『わかった。頼むよ、スイ』

『おう』


 スイがいてくれたら心強い。僕一人じゃ何もできないことはわかっているから。


『それじゃあ、行こうか』

『うん、行こう!』


 迷いはなかった。僕たちは真正面からビルに乗り込んでいく。

 この先どんな危険が待ち受けていても、大切な人を助けるためなら何だってできる。何だってやれる。今の僕はそんな気持ちだった。

 それにしたって敵陣に正面切って乗り込むなんてどうかとも思うけど、僕たちは猫である。人からしたらちっぽけな動物。どうしたって人間の力には劣るし、でもだからといってあれこれ策を弄している間に取り返しのつかないことになる可能性だってある。

 それならいっそのこと、一か八か打って出た方がマシというものだ。身軽さを活かして、あいつのところまで一気に突破してやろう。


『こっちだ』


 見る限りでは一階に人の気配はない。スイに促されるまま、階段へ向かう。

 途中タイミング悪く内部の人間と鉢合わせたけど、背後に回り込んだスイがその男を素早く打ち倒してしまった。二本足で着地した姿はまるで人間のようでいて。だから僕は今さらながら気がついた。


『もしかして、スイって……』

『ああ。俺も元は人間なんだ』


 僕が抱いた疑問に、スイがあっさりと肯いた。

 思えば、自分のことで頭がいっぱいで気づかなかったけど、不自然な点はいくつもあったような気がする。

 小石を投げつけたり、煙玉で攪乱したり、僕が人間だということもあっさり受け入れていた。この場所を知っていることもそうだ。僕と同じように、もともと人間だったというのであれば納得がいく。


『じゃあさっき言いかけたのは?』

『そのことだ』


 スイも被害者の一人だったのか。

 どうして、そのことを言ってくれなかったんだろう。


『別に隠すつもりはなかったんだ。ただ、申し訳なくてな……』


 数段先で立ち止まったスイを、僕は見上げる。


『俺があいつを止められていれば、お前がこんな目に遭うこともなかったろう。本当にすまない』

『……何で、スイが謝るんだよ。悪いのは片桐だろう』


 すべての元凶は片桐にある。

 スイが謝ることではないし、あの男はとても厄介な相手だ。あいつを止められなかったからといってスイを恨んだりはしない。

 それに――


『君は僕を助けてくれたじゃないか。今だってそうだ。一緒に戦ってくれてる』


 本当ならきっともう片桐には関わりたくないはずだ。

 でもスイはそうしなかった。

 僕があまりにもへっぽこで見ていられなかったのかもしれないけど。


『もうわかってると思うけど、僕は一人じゃ何もできないようなどうしようもないやつなんだ。だから、スイがいてくれてすごく心強いよ』


 スイは僕にとってとても大きな存在だ。

 頼もしくて、格好良くて。おそらく人の姿で出会っていても、きっと僕は憧れていただろう。


『スイ。この問題は、僕たちで終わらせよう』

『ああ、そうだな。今度こそ』


 力強く頷き、僕たちはまた上を目指して階段を駆け上る。

 ところが、そのすぐあとのことだった。


「侵入した猫どもを捕まえろ!」

「片桐様のところには行かせるな!」


 頭上から、そんな男たちの声が聞こえてきた。

 さっき打ち倒した男が見つかり、仲間に連絡がいったのだろう。僕たちを捕まえるために動き出したようだ。ドタドタと慌ただしく階段を下りてくる数人の足音が響く。




  ***

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