13
化け物の存在に細心の注意を払いながら、シンとネネの二人は階段を上る。
踊り場を過ぎ、三階に辿り着く。
薄々勘づいてはいたが、死臭が凄まじい。
一体何人の人がここで亡くなったのだろうか?
廊下や教室内がボロボロに砕けており、あちらこちらに大量の血が付着しており、そして――
惨殺された人の遺体が……もしくは、その遺体の一部があちらこちらに転がっている。
「うぷっ……」
「大丈夫か? 子安さん」
「大丈夫……私がここに行くと言ったんだもの……大丈夫よ……」
「無理はしないでね」
「ありがとう……それにしても……あなたはこの惨状を見て、よく平気でいられるわね……」
「平気な訳ないだろ……今にも吐きそうだよ……でも、オレがそうなったら子安さんが無理をしてでも強がるだろ? その役目はオレの役目だ」
クスッと笑うネネ。
この状況で、こんな風に笑わしてくれて……穏やかな気持ちにさせてくれる事を、彼女は彼女でシンの事を頼もしく思っていた。
「マナカはきっと、あなたのそういう所に惚れたのね」
「へ? 何か言った?」
「ううん……何でもないわ」
「……ふむ。ま、それは良いとして、さっき言っていた疑問とやらは解決出来たかな?」
「うん――それは解決出来たわ」
ネネは即答した。
どうやら彼女の中で一つの答えが出たようだ。
「聞かせてくれるか?」
「うん……その前に場所を変えましょう……流石にこの中で長々と会話をするのは気が引けるわ……どこか別の場所で腰を据えて……あ、あの教室なんてどうかしら?」
ネネが指さしたのは、視聴覚室だった。
化け物が暴れた階であるのに、パッと見た感じあまり荒らされていない為、話をするのにベストだと考えたのだ。
ちなみに、彼女は当然、遺体も何もない二階へと再び戻る事も考えた。しかし、移動時の化け物との遭遇の危険性と、二階にはまだ化け物が一度も暴れていないという――今しがたネネが辿り着いた答えを元に考えると、最大級の不安要素を残しているという点から、その選択肢を排除した。
視聴覚室内は、少し壁にひび割れや、机や床が砕けては居たものの、比較的原型を留めていた。
少なくとも……どこを見渡しても血みどろ、遺体がある他の教室と比べたら、この場所ほど、気の休まる場所もない。
ゆっくりと視聴覚室入り口の扉を閉め。
無造作に転がる椅子をそれぞれに起こし、その上に座る。
向かい合うと、ネネの後ろに時計が見えた。
まだ秒針を刻んでいる時計が……。
時刻は、十八時四十八分を指していた。
「ろ、六時!?」
「ああ、もうそんな時間か……どうりで外も暗くなってきた訳だ」
驚くシンを尻目に、あまり驚いた様子を見せないネネ。
「い、いつの間にこんだけの時間が過ぎたんだ? ひょっとして人間には、こういったパニックに見舞われると時間を忘れてしまうようなスキルが隠されていたのか?」
「あなた、私に殴られて気絶してたじゃない」
「あ……」
なるほど……と、シンは思った。
「二、三時間眠ってたもの。そりゃ時間も過ぎて行くわよ」
「そ、それもそうか……ってかそんな長い時間オレの事見ててくれたんだな。ごめんな……ありがとう」
「謝罪も礼も要らないわ……それより、本題に入りましょう……この学校内にある、死体の山、それら遺体を確認して私が感じた違和感……そしてそれに対する私が導き出した答えを、話す事としましょう」
「ああ、頼む」
「まず初めに――」
ここで、薄暗い視聴覚室の奥から、ガコン! とう音が響いた。
二人の心臓が大きな音を立てる。
「な、何だ? 今の音……」
「ひょっとして……この教室内に……誰かいる……?」
「もしかして生き残りか? おーぃ――むぐっ」
「バカっ、居るのが人間とは限らないでしょ! それに大声は駄目、絶対に」
ネネに口を塞がれ、潜めた声でそう注意を受けたシンは無言で頷いた。
声を潜めて会話を交わす二人。
「……オレが行くよ……」
「わ、私も行く……一緒に生き残るんでしょ……?」
「……ああ!」
二人はゆっくりと、慎重に、歩を進める。
万が一、敵が出て来た場合の事を考え、二人のその手は椅子を持っている、こんな物でも無いよりはマシだ。
少しずつ……少しずつ音がした方へ歩いて行く。
その場所は、大凡の所目星はついている。
視聴覚室内、黒板を前とするとその最後尾にある掃除用具入れ。
先程音を立てた者は、恐らくその中にいる。
じりじりと、シンとネネが掃除用具入れに近付く。
そして、いよいよ掃除用具入れに手が届こうとしたその時――
掃除用具入れの扉が開き、中から人が飛び出して来た。
その手には包丁を握り締めている。
「死ねぇ!! 化け物ぉ!!」
「えぇー!? 包丁!?」
その人物が振るった一撃を何とか避け、シンは声を掛ける。
「違う! オレは化け物じゃない! 人間――え?」
その包丁を持っている人間の姿を見て、シンは驚きの表情を見せる。
そしてネネも。
対する、その人物もまた――
「え……あんたは……」
追撃と言わんばかりに、掃除用具入れからまた一人飛び出して来る。
「やっぱりハヅキちゃん! 私も戦う! 死ぬ時は一蓮托生! うおぉぉぉぉお……お……え?」
後から現れたそのもう一人の人物も、シンとネネの姿を見て、固まる。
いや、この言い方は違う。
その人物は、二人ではなく――シンを見て固まったのだ。
対するシンも同様で……。
「ゆ……夢じゃない……よな? お、オレが幻覚を見えてるとか……そんなんじゃない、よな?」
目の前に現れた存在を、信じられずにいた。
その目の前の人物はそんな状態のシンに――
飛び掛るように、抱き着いた。
「夢じゃないよ、シンくん。現実だよ。良かった……生きててくれた。本当に……本当に、良かった」
そうは言ってくれるが、まだ現実だとは認識し切れていないシンは、自分の身体を包んでいる小柄な身体が本物なのかを確かめる為にゆっくりと、彼女の背中へ手を回した。
目の前にいる彼女が――現実のものであるかを、確かめるように……。
「現実……なんだな……良かった……良かったぁ……よく――生きていてくれた……ありがとう……マナカ」
「あはは、夢だと思ってたの? うん、その気持ち……凄く分かるよ」
「また会えて……本当に、嬉しい……もう会えないと、思っていたから……」
「えへへっ、それも同じく。私も会えて嬉しいよ……シンくん」
地獄の中で、奇跡の再会を果たしたシンとマナカ。
二人は暫くの間抱き合い、互いの存在を確かめ合ったのであった。
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