11

『ねぇ……君は何で泣いてるの?』

『……ランドセル……』

『ランドセル? ……あー……気に引っ掛けられてるのかぁー……誰にやられたの?』

『レイカちゃんとセイガくん……』

『その二人にやられたの?』

『……うん……あの二人……いつも私に意地悪ばかりするの……もうヤダよぉ……』

『ふむ……よっと』

『……え? 何してるの? 危ないよ!?』

『へーきへーき、オレ、木登り得意なんだぜー』

『後でお父さんに言って取ってもらうから……大丈夫だよ』

『ばーか、大丈夫そうに見えねぇから取ろうとしてんの。ちょっと待ってて……よいしょ、よいしょ……よし、ほら、ちゃんとキャッチしろよー、ほい』

『きゃっ! …………ありがとう』

『よっと』

『そ、そんな高い所からジャンプしたら危ないよぉ!』

『大丈夫大丈夫。オレ、木登りしたらいつもこうやって下りるんだ。だからへーきへーき』

『でも……』

『ようやく泣き止めたな!』

『え……』

『せっかくかわいい顔してんだから、笑わないと勿体ないぜ。な?』

『へ? か、かわいい!?』

『うん、かわいい。だからもう泣くな、笑ってな』

『あ……ありがとう……』

『おう! じゃあな!』

『ま、待って!』

『ん?』

『お名前……』

『お名前?』

『あなたの――お名前を、教えてくれませんか?』

『オレの? …………シン。猫崎心! 五年生だ。お前の名前は?』

『マナカ……西野愛花。わたしも……五年生』

『同学年!? って事は隣のクラスかぁー。どうりで見た事あった訳だ。よしっ、それなら今日からオレ達は友達だ』

『え? とも……だち……?』

『そ! 友達だ! これからよろしくな! マナカ!』

『う、うえぇーーん!』

『な、何でここで泣くんだよ!! そんなにオレと友達になるのが嫌なのか!?』

『ちがうー……う、嬉しくてぇ……うえぇーーん……』

『はぁ!? 何だそれ!?』

『うえぇーーん!!』



 ………………。

 ここで夢は終わり、ズキンと痛む頭の中、シンはゆっくりと目を覚ました。


「いてて……ここは一体……」


 目を覚ましたシンが辺りを見渡す、どうやらここは教室のようだ。

 四つ並べられた机の上で寝ていたらしい。

 そして胸元には白いカーディガンが掛けられていた。良い香りがする。恐らく女子のものだ。


「目、覚めたか?」


 四つ並んだ机の横、床の上で体育座りをしていたのは、そのカーディガンの持ち主でもあるネネだった。

 開口一番、ネネは頭を下げる。


「すまない……私の力では、どう足掻いても止めようがなかったので、かなり手荒な手を使わせてもらった……」


 シンは、気を失う前の出来事を思い出す。

 クラスメイト達が……親友が、そしてマナカが居たであろう体育館が、化け物に襲撃されていた光景……。


「残念だが、恐らく体育館にいた皆は……もう……」

「分かってる……それ以上はもう、言わなくていい……」

「……ごめんなさい……結果として、クラスメイトやあなたの親友……そして彼女を見殺しにした形になってしまった……本当にごめんなさい……」


 小さな身体を震わせ、ネネは涙を流す。

 シンは、そんな彼女の肩にカーディガンをかける。


「辛い役割を与えてしまって、こっちこそごめん……」

「え?」


 シンは語る。


「きっと……あの時体育館へ行っても、俺じゃあ何も出来なかった……きっとあの化け物に殺されてただけだった……止めてくれて、ありがとう」

「猫崎……」

「……俺さ、ついさっきまで夢を見ていたんだよ」

「夢?」

「ああ……マナカと初めて会った時の、小五の時の夢を……あいつ、当時のクラスメイトにランドセルを木の枝に引っ掛けられててさ、それを取ってやって、友達になろうつったらワンワン泣いてさ、第一印象は、泣き虫な奴、だったって事思い出したよ」

「……その話、知ってるわ」

「へ? 何で知ってんだ?」

「マナカ本人から聞いたの。その時惚れたらしいわよ。あなたに」

「え? あの状況の何処に惚れる要素があるんだ?」

「さぁ? でも、嬉しかったんじゃない? きっとあの子には……あなたがヒーローに見えていたのよ。きっとね」

「ヒーローに?」


 シンは思い出す。

 かつてマナカに言われた言葉を。


『シンくんはね。私にとってのヒーローなんだよ』


 言われた当時、シンはその言葉の真意が分からなかった。

 それは今も彼は分からない。

 けれど一つ、分かっている事がある。

 それは――


 もう、そのマナカはこの世にはいないという事。


 あの化け物に殺されてしまったという事。

 つまり……その言葉の真意を、もう二度と、知る事が出来ないという事。


『シンくん』


 そう……自分の名前を呼ぶマナカの満面の笑顔を思い出す度、ぎゅうっと胸が締め付けられる。

 鼻の奥がツンとする。

 目の奥が熱くなる。

 涙が止まらなくなる。


「まな……かぁ……マナカぁ……うぅ……うあああぁあぁああ!!」


 声を上げて泣いてしまうと、あの化け物に勘づかれてしまうかもしれない。そんな当たり前のリスクすら頭の中から消えてしまう程、シンは今、悲しんでいた。

 夢の中のマナカに匹敵する程……号泣したのだった。

 ネネはそんなシンに対して、注意をする事もなくただただ……号泣しているシンの姿を、優しく見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る