2
八時三十分丁度、シンとマナカは徳島西高校に到着した。
教室に入ると既にちらほらとクラスメイトの顔があった。
勉強に勤しむ女子。
教室の掃除をしている男子。
机に伏して寝ている男子。
等など、他にも何名か既に登校しており、それぞれがそれぞれな事をしている。
そんな中で、シンとマナカはそれぞれ自分の席に座った。
シンが後ろ、マナカがその前の席だ。
二人のクラス……二年B組は、担任の指導方針故に席替えを行わない。従って、席順は四月から……あいうえお順から移動をしていないのだ。
シンの名前は猫崎心――ね。
マナカの名前は
従って、運命的にもこの二人の席は前後となったのだ。
二人は付き合っている。
付き合っている二人の席が前後に配置されるなど、確率的にもそう高くはない。二人して時折、この事を話題にして『運命だ運命だ』と嬉しそうに話をしている。
普段は早く登校し、マナカが後ろを向いて楽しそうに世間話をするのだが、シンは違和感を覚えていた。
あれ? 今日はこっちに向かないな?
と……シンは思う。
そういえば登校中から様子がおかしかった。
顔を赤らめて、目を逸らして……体調でも悪いのか?
それから十五分が過ぎてもマナカは一向に振り返らない。
痺れを切らしたシンは動く。
「ちょん」
「ひゃあっ!」
後ろの席であるという地の利を活かし、シンはマナカの脇腹を人差し指でちょんと突いたのだった。
飛び跳ねるようにしてマナカは振り向いた。
「シンくん! いきなり何を……」
「ははっ、やっとこっち向いてくれた」
「……え? あ…………」
するとまたしてもマナカは頬を赤く染め、シンの顔を見ないように前を向いた。
ムッとするシン。
「えい」
「ひゃあっ!」
「えいえいえいえい」
「ちょっ……ちょっとシン! やめてってばぁ!」
今度は立ち上がって振り向いた。少し声に怒気が篭っている。
そんな彼女にシンは問い掛ける。
「今日のマナカはおかしい」
「え?」
「全然こっち見てくれないし、話もしてくれない。そっけない。体調悪いのか?」
「い、いや……そんな訳じゃないけど……」
「じゃあ何でオレを避けるんだよ」
「…………」
みるみる内に、マナカの顔が赤く染まっていく。
「理由を述べよ。オレが納得出来る理由を」
シンのその追撃に、マナカが遂に折れる。
大きく深呼吸をした後答えた。
「シンくんのせいだよ……」
「オレの?」
「うん……」
「オレ、何かしたっけ?」
身に覚えがないというシン。
対するマナカは、その事柄を自分の口から説明しなくてはならないのかと、また更に顔を赤らめる。
「朝……あなたがお母さんに言った事……」
「母さんに? オレが?」
「うん……」
「オレ、何か言ったっけ?」
「プロポーズ……してないって。言ってた」
「ああ。そういやそんな事言ったな。ん? ひょっとして、それが悲しかったって事か?」
「違う……嬉しかったの」
「何だそれ? マナカはオレにプロポーズをされていない事が嬉しいって事か? 地味にオレショックなんだが……」
「違う違う! そうじゃなくて! その……」
モジモジしながら……マナカは遂に本質を述べた。
「プロポーズは……まだ、してないって……という事はさ……その……」
まだ――その言葉の意味を考えるシン。
まだ……つまり、いつかは――
「あ……なーるほど、ねぇ……」
自分の気持ちが、言葉の端で漏れていた事に気付いたシンも顔が赤くなっている。
カップル揃って赤面。
そんな光景を、クラスメイト達は『自分達は朝っぱらから何を見せつけられているんだ』と思いながら見つめていた。
「ま、まぁ……こ、このまま付き合ってれば、いつかはしなくちゃいけないし? だ、だから、その……」
「そ、そうよね。いつかは――だもんね」
「お、おう……そうそう。いつかは――」
「教室にお花がわんさか咲いている」
そんな赤面カップルの、ぎこちない会話に割り込んだ女子が一名。
「教室はいつから花壇になったんだ?」
「ネネちゃん、それってどういう意味? 花壇なんて教室にある訳ないよ?」
ネネこと――
ネネは、カップルが赤面して仲睦まじく会話をしている様を『花が咲いてる』と比喩した訳だが、マナカにはそれが通じなかったようだ。
しかし、ネネはそれを『いつもの事』と認識しており、気にもとめなかった。
「仲良いのは良い事だけど。学校では先生や、他の生徒の目もある。程々にしときなよ、二人共」
「?」
何を言っているのか皆目見当もついていないマナカに対し、シンはその言葉の意図を明確に受け取ったようで……。
「……以後、気を付けます」
「うん、猫崎は物分りが良くてよろしい」
そう言い残し、ネネは自分の席へと歩いて行った。
相も変わらずマナカは首を捻っている。
「シンくん……つまり、どういう事?」
シンはネネの比喩の意味を理解出来ている。しかし、説明するのもむず痒い。なので適当に流す事に決めた。
「教室に、あんまり花を咲かせるなって事だよ」
「?」
マナカはまたしても、首を傾げるのだった。
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