八時三十分丁度、シンとマナカは徳島西高校に到着した。

 教室に入ると既にちらほらとクラスメイトの顔があった。

 勉強に勤しむ女子。

 教室の掃除をしている男子。

 机に伏して寝ている男子。

 等など、他にも何名か既に登校しており、それぞれがそれぞれな事をしている。

 そんな中で、シンとマナカはそれぞれ自分の席に座った。

 シンが後ろ、マナカがその前の席だ。

 二人のクラス……二年B組は、担任の指導方針故に席替えを行わない。従って、席順は四月から……あいうえお順から移動をしていないのだ。

 シンの名前は猫崎心――ね。

 マナカの名前は西野愛花にしのまなか――に。

 従って、運命的にもこの二人の席は前後となったのだ。

 二人は付き合っている。

 付き合っている二人の席が前後に配置されるなど、確率的にもそう高くはない。二人して時折、この事を話題にして『運命だ運命だ』と嬉しそうに話をしている。

 普段は早く登校し、マナカが後ろを向いて楽しそうに世間話をするのだが、シンは違和感を覚えていた。


 あれ? 今日はこっちに向かないな?


 と……シンは思う。

 そういえば登校中から様子がおかしかった。

 顔を赤らめて、目を逸らして……体調でも悪いのか?


 それから十五分が過ぎてもマナカは一向に振り返らない。

 痺れを切らしたシンは動く。


「ちょん」

「ひゃあっ!」


 後ろの席であるという地の利を活かし、シンはマナカの脇腹を人差し指でちょんと突いたのだった。

 飛び跳ねるようにしてマナカは振り向いた。


「シンくん! いきなり何を……」

「ははっ、やっとこっち向いてくれた」

「……え? あ…………」


 するとまたしてもマナカは頬を赤く染め、シンの顔を見ないように前を向いた。

 ムッとするシン。


「えい」

「ひゃあっ!」

「えいえいえいえい」

「ちょっ……ちょっとシン! やめてってばぁ!」


 今度は立ち上がって振り向いた。少し声に怒気が篭っている。

 そんな彼女にシンは問い掛ける。


「今日のマナカはおかしい」

「え?」

「全然こっち見てくれないし、話もしてくれない。そっけない。体調悪いのか?」

「い、いや……そんな訳じゃないけど……」

「じゃあ何でオレを避けるんだよ」

「…………」


 みるみる内に、マナカの顔が赤く染まっていく。


「理由を述べよ。オレが納得出来る理由を」


 シンのその追撃に、マナカが遂に折れる。

 大きく深呼吸をした後答えた。


「シンくんのせいだよ……」

「オレの?」

「うん……」

「オレ、何かしたっけ?」


 身に覚えがないというシン。

 対するマナカは、その事柄を自分の口から説明しなくてはならないのかと、また更に顔を赤らめる。


「朝……あなたがお母さんに言った事……」

「母さんに? オレが?」

「うん……」

「オレ、何か言ったっけ?」

「プロポーズ……してないって。言ってた」

「ああ。そういやそんな事言ったな。ん? ひょっとして、それが悲しかったって事か?」

「違う……嬉しかったの」

「何だそれ? マナカはオレにプロポーズをされていない事が嬉しいって事か? 地味にオレショックなんだが……」

「違う違う! そうじゃなくて! その……」


 モジモジしながら……マナカは遂に本質を述べた。


「プロポーズは……、してないって……という事はさ……その……」


 まだ――その言葉の意味を考えるシン。

 まだ……つまり、いつかは――


「あ……なーるほど、ねぇ……」


 自分の気持ちが、言葉の端で漏れていた事に気付いたシンも顔が赤くなっている。

 カップル揃って赤面。

 そんな光景を、クラスメイト達は『自分達は朝っぱらから何を見せつけられているんだ』と思いながら見つめていた。


「ま、まぁ……こ、このまま付き合ってれば、いつかはしなくちゃいけないし? だ、だから、その……」

「そ、そうよね。いつかは――だもんね」

「お、おう……そうそう。いつかは――」


「教室にお花がわんさか咲いている」


 そんな赤面カップルの、ぎこちない会話に割り込んだ女子が一名。


「教室はいつから花壇になったんだ?」

「ネネちゃん、それってどういう意味? 花壇なんて教室にある訳ないよ?」


 ネネこと――子安寧々こやすねねの発言に対して首を捻るマナカ。

 ネネは、カップルが赤面して仲睦まじく会話をしている様を『花が咲いてる』と比喩した訳だが、マナカにはそれが通じなかったようだ。

 しかし、ネネはそれを『いつもの事』と認識しており、気にもとめなかった。


「仲良いのは良い事だけど。学校では先生や、他の生徒の目もある。程々にしときなよ、二人共」

「?」


 何を言っているのか皆目見当もついていないマナカに対し、シンはその言葉の意図を明確に受け取ったようで……。


「……以後、気を付けます」

「うん、猫崎は物分りが良くてよろしい」


 そう言い残し、ネネは自分の席へと歩いて行った。

 相も変わらずマナカは首を捻っている。


「シンくん……つまり、どういう事?」


 シンはネネの比喩の意味を理解出来ている。しかし、説明するのもむず痒い。なので適当に流す事に決めた。


「教室に、あんまり花を咲かせるなって事だよ」

「?」


 マナカはまたしても、首を傾げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る