2人でホラーゲーム 2

「はいどうぞ」

「ありがとう」

母さんが食後にコーヒーを淹れてくれた。

小さい頃はコーヒーなんて苦い飲み物を、なんで大人は好き好んで飲んでいるのだろうと疑問に思っていたが、今は何故か美味しいと思える。

「お砂糖入れる?」

「うん」

まぁまだブラックは好きになれないけどな。

「そういえば、今度柑菜ちゃんと天体観測するそうね?」

母さんが少しからかうような口調で尋ねてきた。

「なんで知ってんの?」

「昨日柑菜ちゃんからメッセージで教えてもらったのよ」

「(柑菜のやつ、母さんとメッセージのやり取りしてるのかよ…)

俺はまだ行くって決めたわけじゃないし…」

「そんなこと言って、本当は嬉しいんでしょ?」

「う、嬉しくなんてないんだからね!」

ツンデレヒロインっぽく言ってみた。

「男のツンデレなんて気持ち悪いだけだから辞めなさい」

「ひどい…」

可愛い息子に気持ち悪いなんて…そんな事言ってると家出しちゃうんだからね!


「いいわね〜、天体観測。

私も高校生の頃にやったわよ」

「へー」

父さんと母さんは高校生の頃から付き合ってたらしいし、どうせ父さんとだろうな。

「あの時いたのは私と孝志、それから菫と小田君だったかしら」

ほらな。

孝志というのが俺の父さんの名前だ。

菫って人は柑菜の母親で、小田君は柑菜の父親の事だろう。

4人とも同じ高校の同級生だったらしい。

「誰が言いだしたか忘れたけど、夏期講習が終わったらみんなで星を見ようって話になってね。

夜になるまで空き教室に隠れて、先生達が帰ってから屋上に登ったの」

「は?母さん達そんな事してたん?」

「あの頃は今より緩かったのよ。

屋上にレジャーシートを敷いて、4人で寝転がってね…。

星をみながらあの映画が面白かったとか、自分の将来やりたいこととか、色んなことを話したわ。

楽しかった…楽しすぎて門限を忘れるくらい」

母さんはその時の事を思い出しているのか、

コーヒーカップを手でさすりながら、静かに微笑みを浮かべている。

「夜も遅いから孝志が送ってくれることになったんだけど、家の近くまででいいって言ったのに、

あの人ったら家まで送るって聞かなくて…」

「その頃から父さんと付き合ってたん?」

「んー、確かまだ付き合ってはなかったわ。

お互い両想いだって分かってたけどね。

それでね、出来るだけ急いで帰ったんだけど、

結局門限過ぎちゃって…家の前で待ってたお父さんに、2人揃ってめちゃくちゃ叱られたのよ。

ふふっ、孝志ったらお父さんに怒られてかなりへこんでいたわ」

「そりゃそうだ」

好きな人の父親って、この世で1番叱られたくない人だろ。

「でもね、孝志が帰った後、お父さんは孝志のこと褒めてたのよ?」

「なんで?」

「アイツはお前をきちんと家まで送ってくれた。

儂に怒られても言い訳せず、帰りが遅くなったのは自分のせいだとお前を庇った。

なかなかいい男じゃないか!ってね」

「へー」

父さん、なかなかやるじゃないか。

「だから!」

突然、母さんが睨め付けるような鋭い目つきを俺に向けてきた。

「アンタも、その日はちゃんと柑菜ちゃんを家まで送るのよ?」

「言われなくてもわかってるよ」

いくら俺でも、夜に女の子を1人で帰らせてはいけないことは分かる。

好きな女の子なら尚更な。

「そう、ならいいわ」

俺がそう言うと、母さんは表情を和らげ満足そうに頷いた。



「そういえば昨日、菫さん帰って来たらしいね」

「ええ。

あっ、今度うちと菫の家族の合同で温泉旅行に行く事にしたから」

「は?俺聞いてないんだけど…」

「だって、決めたのはは昨日の夜だし。

前々から一緒に温泉行きたいねって菫と話てたんだけど、やっと休みを合わせることが出来たの」

「俺も行くんだよね?」

「当たり前でしょ。

来年、貴方達は夏期講習があるし、

こんな機会しばらくないだろうから、ちゃんと予定空けといてよ?」

「わかった。

柑菜はこのこと知ってんの?」

「アンタ以外もう全員知ってるわ」

「ああそう…」

高校生になると、家族での旅行とか外食が気恥ずかしくなるとか聞くけど俺はあまりそういったことは感じない。

柑菜もいることだし、普通に楽しみだ。

「どこの温泉?」

「名頭市よ」

また名頭か…。

佐保家の旅行といったら、いっつも名頭のような気がする。

まあいい所だし、別にいいんだけどね。

でも…たまには他の温泉に行きたいなぁ。

「あら、どうしたのよ?そんな不満気な顔して」

「いや、また名頭かと思って」

「ふふふ、聞いて驚きなさい!

今回はいつも泊まっているような旅館じゃないわよ。

なんと…九項ホテルよ!」

「な、なんだって!………九項ホテル?」

一応驚いてみたけど…知らん。

「アンタ知らないの?よくCMで流れてるじゃない。

ほらっ、名頭の街を一望出来る露天風呂が有名な」

「うーん…わからん」

「はあ、まあいいわ。

楽しみにしときなさいよ。

すっごく大きなホテルだから」

「へー」

「ちなみに、プールもあるわよ?」

なんですと⁈

「私達4人はプールではしゃぐ年齢でもないし、アンタと柑菜ちゃんの2人で行ってくればいいわ」

柑菜と2人でプールだとっ!!

名頭だから知り会いに会うこともないだろうし、

本当に2人だけでプールじゃんか!

プールってことは、柑菜の水着が見れるってことだよな。

柑菜の水着かぁ…そういや見たことないんだよな。

いや、小学校のプールの授業で見たことあるんだろうけど、その時は泳ぐ事に夢中だったから全く記憶に残ってない。

…どんな水着なんだろうな…ビ、ビキニかな、もしかしてハイレグだったりして…

ふ、ふへへ…

「鼻の下伸びてるわよ」

「おっと」

「親の前で不純異性交友はやめてよね」

「そんな事しねえよ!」

「ふーん、ならいいけど?」

母さんはなおも疑いの目を向けてくるが、安心してほしい。

俺にそんな度胸はねえ。


「あら、もうこんな時間」

母さんがちらっとリビングに置いてある時計を見て言った。

「さてと」

母さんはカップに残っていたコーヒーを一気に飲みほすと椅子から立ち上がった。

「そろそろ私も仕事に行くわね。

昼ご飯は冷蔵庫に入ってるものをてきとうに食べな」

「りょーかい。カップはそのまま置いといていいよ。

後で俺が洗っとくから」

「あらそう?じゃあ、お願いね」

母さんはソファーに置いてあった自分のカバンを持つと、スタスタとリビングから出て行った。

「(玄関まで見送るか)」

リビングを出て玄関の方をみると、母さんはすでに靴を履きおえ、ドアノブに手をかけていた。

「あら、どうしたの?」

「たまには見送りをね」

俺がそう言うと、母さんは嬉しそうに笑ってくれた。

「ありがと、じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい」



さて、母さんも仕事に行ってしまったし、柑菜が来るまで俺一人だ。

うーん、何をしようか…。

夏休みだしラジオ体操でもするか。

突然だが、俺はラジオ体操には自信がある。

まあ、ラジオ体操に対する自信って何?って話なんだけど。

これは小学校時の運動会の話だ。

当時体育委員だった俺は、

全校生徒でラジオ体操をする時に、朝礼台の上に立ち、

みんなのお手本になるという役割を押し付けられた。

全校生徒と親御さん達の前で失敗したくなかった俺は、家にテープを持ち帰って必死に練習した。

何度も練習するうちに、指示を聞かなくても順番通りに

出来るようになったし、なんなら腕を広げる時の角度や指先まで完璧にした。

本番は緊張で頭が真っ白になって失敗したけどな!

「うっ!あの時の記憶が」

「どうしたの?」

「うひゃっ!」

突然背後から声をかけられて、変な声を出してしまった。

声の聞こえた方を振り返ってみると、そこには白いワンピースを着た柑菜が立っていた。

「か、柑菜っ」

「おはよ!」

「おはよ!っじゃねえよ!

お前どうやって家に入ったんだよ?」

「普通に鍵を開けて入ったよ?」

「なんで俺んちの鍵をお前が持ってんの⁈」

「桜さんがね、柑菜ちゃんはもううちの娘みたいなものだからって、夏休みが始まってすぐにくれたんだ」

母さん…いくらなんでも不用心すぎるだろ…

「はぁ…お前、その鍵絶対落とすなよ?」

「大丈夫!

ほらっ、落とさないようにキーホルダーをつけてるの」

柑菜はハンドバックから鍵が2つ付いたキーホルダーを出して見せてくれた。

そのキーホルダーは、もはやキーホルダーというか、

小さなぬいぐるみだった。

ペンギンのようだが、スーツを着て頭を下げている。

「何このペンギン」

「知らないの?

今流行りのペンギンカンパニーの係長君だよ!

可愛いでしょ!」

「聞いたことねえよ」

「係長君は中間管理職だからいっつも頭を下げてるの」

「ペンギンなのになんでそんな世知辛いんだよ」

「人間社会より動物社会の方が厳しいんだよ…

それよりどうしたの?

ラジオ体操をしてると思ったら、急にうずくまったんだもん。

びっくりしたよ」

「ちょっと小学校の運動会を思い出してな」

「運動会?」

「俺がみんなの前でラジオ体操した事あっただろ?」

「あー、あれね。大丈夫だよ。もうみんな忘れてるよ」

「そ、そうかな?」

「うん、そもそも孝明のことなんてどうせみんな忘れてるよ」

「それは酷くない?」

小学校時代の俺はそんなに影が薄かっただろうか?

そりゃあ、イケメンでもないし、運動や勉強が特別出来るわけじゃなかったけど…

俺が大きくショックを受けていると、柑菜は口に手をあてて楽しそうに笑った。

「あはははっ、冗談冗談」

「どっちが?」

「どっちも」

「なら良かった……あれ?良くないな」

「たぶん私は一生覚えてるよ」

「忘れてくれよぉ」

「あの時失敗はしちゃったけどさ、きちんと最後までやりきったでしょ?

私はかっこいいって思ったけどな」

「そ、そうか?」

「確か、あの時も私同じこと言ったよ?」

柑菜は俺の手に自分の手を重ね、

今度は柔らかな、まるでお日様みたいにあたたかい笑顔を見せてくれた。

そういえば、俺が失敗した後、クラスの奴らはみんな笑いながら揶揄ってきたけど、柑菜だけは笑わずに慰めてくれたんだっけ。

こいつ、普段は俺の事を楽しそうに揶揄うくせに、

俺が本当に落ち込んでいる時はいつも側にいて慰めてくれるんだよな…。

「柑菜…お前…」

「さてと、慰めも済んだし宿題しよっか」

「切り替え早っ!」

いい雰囲気だったのに!

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