第14話

 デート当日。


 莉緒ちゃんは時間通りにやってきた。

 今日はピタッとした白のニットワンピースにライダースのジャケットだ。人混みの中を歩いてこちらに向かう彼女を見ると、やはりずば抜けてスタイルが良く、可愛い。視線を集める彼女を見て、なぜか胸の奥がチリッとした。


 「お待たせ! 来るの早いね」


 「あー、うん。莉緒ちゃんを待たせるわけにはいかないし……」


 「とか言って、私とのデートが楽しみだったんでしょー?」


 少しずつ意地悪な笑みを浮かべ、俺の胸をツンツンしてくる。


 「……うん。そうかも……。それに今日の莉緒ちゃん、すごく可愛いから、こんな可愛い子とデートできるなんて幸せだなって」


 照れながらも正直な感想を伝え、顔を上げると、なぜか莉緒ちゃんが固まっている。……ほんの少し顔も赤いようなーー


 「莉緒ちゃん?」


 「な、なに急に素直になっちゃってんの?! そんなこと言われたら……」


 莉緒ちゃんは照れているのか、後半につれ声が小さくなるからうまく聞き取れなかった。でも、下を向いて袖口をいじっている姿を見ると、何か良くないことを言ってしまったらしい。


 「ごめん、気を悪くしちゃった?」


 「してない! てか、もう早く行くよ!!」


 結局、何が悪かったのかわからないまま、俺は莉緒ちゃんにギュッと指を絡められ、早足で歩き始めた。


   ◆ ◇ ◆


 莉緒ちゃんに連れられ、到着した場所は、絶対に俺一人では入れないようなお洒落な外観の小さな美容室だった。


 「莉緒ちゃん、髪でも切るの?」


 「私じゃないよ、切るのは翔吾!」


 「え? こんなとこで?! 俺、男だよ?」


 「男子だって美容室で切ってるよ~! ほら、いくよ!」


 「いや、俺みたいなむさ苦しいのが来たら、美容師さんも困るって!!」


 「つべこべ言わず来なって」


 俺は莉緒ちゃんに引きずられながら、美容室に入った。

 莉緒ちゃんは事前に予約までしてくれたらしく、美容師さんはむさ苦しい俺を馬鹿にすることなく、にこやかに席まで案内してくれた。


 莉緒ちゃんは少し離れた位置に椅子を用意してもらい、鏡越しにニヤニヤと俺を見ている。


 「本日はどのようになさいますか?」


 青いメッシュを入れたお洒落な美容師のお姉さんがにこやかに話しかけてくる。


 「あー、えーと……」


 そう聞かれても、髪を切るつもりなんてなかったから、急に聞かれても困る。俺が困っていると、莉緒ちゃんが口を開いた。


 「まず、顔がしっかり見えるように切って欲しいんです。彼、折角のイケメンなのに髪型のせいで少し暗く見えちゃうから。あと、眉毛も整えてほしくてーー」


 莉緒ちゃんが要望を美容師に伝えていく。

 二人は、熱心にどの髪型が似合うだとか話し合っていて、俺は当事者にも関わらず、まるで蚊帳の外だ。まぁ、どんな髪型になったとしても、こだわりはないから構わないんだが……それよりーー


 (莉緒ちゃん、イケメンって言ったよな……)


 俺がイケメンなはずないから、莉緒ちゃんがお世辞で言ってくれてるはずだとわかる……けど、嫌でも意識してしまう。

 

 「翔吾!」


 莉緒ちゃんが俺を呼ぶ声で現実に戻された。


 「ご、ごめん! ぼーっとしてた」


 「もう! 自分のことなんだから、ちゃんと聞いててよね!」


 その後、俺は莉緒ちゃんと美容師さんの話し合いによって決まった髪型の説明を受けた。簡単に言うと、どうやらもっさりしている俺の髪を短髪にするらしい。


 美容師さんは、容赦なくザクザクと髪を切っていく。


 短くなっていく髪を見つめて、俺は昔のことを思い出していた。


 『なんだぁ~雄大のお兄さんのくせにかっこよくないじゃん』


 いつから投げかけられるようになったその言葉により、俺は自分の顔が醜いのだと知った。

 雄大の兄として興味本位で顔を覗かれ、名前も知らない人にがっかりされる。いつしか俺はそんな人たちから顔を見られるのを隠すように前髪を伸ばしたのだった。


 しかし、今、前髪が切り落とされ、視界が大きく開けた。

 鏡に映る自分を見て、本当に俺は変わったんだと思った。


 きっと由衣と別れる前の俺だったら、こんな髪型にしようとは思わなかっただろう。いや、別れたとしても莉緒ちゃんに出会ってなければ、以前と変わらず顔を隠して生きていただろうと思う。


 それが彼女と出会い、俺の歯車が回り出した。


 雄大の影に隠れ、逃げていた自分ではなく、新しい自分を莉緒ちゃんには見てほしい。


 そう思った瞬間、鏡越しにバチッと目が合う。


 莉緒ちゃんが俺に笑いかけてくれる。

 ……俺はそれに微笑みを返した。


 すると、それを見ていた店員さんがニヤニヤしながら、俺に話しかけてきた。


 「鏡越しに見つめ合っちゃって、ラブラブですねー! ごちそうさまです! いいですね、あんなに可愛い彼女さんがいて」


 「あ……えっとーー」


 彼女ではない、と否定しようとするが、先に口を開いたのは莉緒ちゃんだった。


 「ありがとうございます! 私の彼も格好良くしてくださいね?」


 「ふふっ、頑張ります。もとが良いから、期待に応えられると思いますよ!」


 「……あ、ありがとうございます」


 俺は、そう答えるのが精一杯だった。

 彼女ではないと否定しなかった莉緒ちゃん。打ち消したはずのありえない可能性が頭に浮かぶ。


 結局切っている間中、変化していく自分の髪型よりも莉緒ちゃんのことが気になって仕方なかった。彼女のふりをしているからなのか、はたまた俺の願望がそう見せただけなのか……鏡越しに俺を見つめる莉緒ちゃんの眼差しはどこか熱っぽい気がした。

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天使で、悪魔な、俺のギャル! はるみさ @harumisa

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