第12話

 マッサージの後、莉緒ちゃんは「じゃ、私はトレーニングしてくるから」と言って、去っていった。


 莉緒ちゃんはかなりストイックな性格らしい。

 ……いや、ただトレーニングが好きなだけ?


 とりあえず莉緒ちゃんから今日は休んでいいと許可をもらえたから、俺は休むことにする。


 マッサージのおかげか、かなり身体が軽くなったような気がする。


 彼女の温かい手を思い出しながら、目を瞑ると彼女の弾けるような笑顔が脳裏に浮かぶ。その後には今日の俺を心配するような顔も。


 (ほんとに、良い子なんだよな……)


 彼女のことを思い浮かべると、自然と笑みが溢れる。


 (……あぁ、久しぶりに気持ちよく休めそうだ…………な)


 俺は知らぬ間にまた深い眠りについていた。



   ◆ ◇ ◆



 「ふぁーっ……よく、寝た」


 由衣と雄大のことがあってから、余計なことをグルグルと考えていたせいで、最近はよく眠れていなかった。


 こんなに気持ちよく目覚めたのは久しぶりだ。

 きっとマッサージのおかげもあるのだろう。


 ゴロンと体勢を変えて、スマホを手に取る。

 いくつかメッセージが来ていた。


 まず、暁人からお薦め動画のリンクが貼られたメッセージ。最近ある配信者に肩入れしているらしく、こうして見ろと連絡してくる。


 莉緒ちゃんからは可愛い猫を見つけたと猫とのツーショット写真付きのメッセージ。ランニングの途中に見つけたようだった。猫に負けないくらい、莉緒ちゃんは可愛い。


 そして、最後に来ていたのは……

 由衣からのメッセージだった。


 あんなことがあってから、俺は由衣からの電話もメッセージも全て無視していた。トークルームを開く勇気もなく、既読も付けなかった。


 返信や反応がないにも関わらず、由衣からは大量の連絡が届いた。俺に雄大との関係がバレたとは思ってもいないだろうから、意味がわからないのだろう。


 「ふぅ~……」


 深呼吸をし、心を決めてから、彼女からのメッセージに目を通した。思わず眉間に皺が寄ってしまう。


 『連絡が取れなくて心配してる』

 『体調でも崩してるの?』

 『スマホ落としたとか?』


 最初のうちはこちらの身を案じるメッセージが並んでいたが、後半に向かうにつれ苛立ちを隠せないようになっていったーー


 『連絡を無視するなんて最低』

 『私がいなくなってもいいの?』

 『彼氏失格。私たち、もう終わりだね』


 こちらを責めるようなメッセージばかりが送られてきていた。


 「あぁ。俺ら、もう終わりだな……」


 そう呟き、俺は通話ボタンを押した。

 コール音が鳴る。心臓がバクバク言っているのがわかる。


 このままにしておけないとわかっているのに、心のどこかで電話に出ないでほしいと願う自分もいる。由衣が電話に出れば、俺たちの関係はもう終わってしまうから……


 (今日は、やっぱり止めようか……)


 そう思ったところで由衣が電話に出てしまう。


 「もしもし……」


 久しぶりに聞く由衣の声に心臓が跳ねた。由衣の声は沈んでいる。怒っているのか、悲しんでいるのか、呆れているのか……


 「……俺、だけど」


 「散々無視しといて、今さら何?」


 「……整理する時間が必要だったんだ」


 「は? 意味わかんないんだけど?」


 由衣の横柄な態度に、どこまでも俺は舐められているんだな……と逆に落ち着けた。こんな女に恋していたなんて。


 「由衣は……雄大が好きなんだろ?」


 「……何、言ってんの?」


 少し返事が遅れたものの、平然と言い放つ由衣にがっかりする。彼女は、俺に嘘を吐き慣れているようだった。俺は今まで何度騙されてきたんだろうか。


 「単刀直入に言うが、雄大と関係を持ってるだろ? 俺のことを好きじゃないだろうし、別れよう」


 俺たちの間に沈黙が流れる。


 「何でそんな風に考えてるのか分かんないけど、翔吾くんなら私の言うこと信じるよね?」


 「信じられない」


 その現場に居合わせてたからな、とは言わなかった。由衣は俺が信じると言ったら、騙し続けるつもりだったんだろうか。だとしたら、信じられない神経だ。


 「…………じゃあ、もういい。別れよ、私たち。色々合わないと思ってたし、友達にもなんであんなのと付き合ってんのか分かんないとか言われてたし、ちょうど良かったよ」


 酷い言い草に頭に血が上った。


 「いい加減にしろよ……」


 「は?」


 「人を馬鹿にするのもいい加減にしろって言ってんだよっ!!」


 俺が大声を出したことに驚いたのか、由衣がほんの小さく声を上げて押し黙る。俺が由衣に声を荒げるなんてはじめてのことだった。


 俺は、ゆっくり、はっきり、まるで子供に言い聞かせるように言葉を吐き出した。


 「俺は、お前が、嫌いだ」


 俺はグッと歯を食いしばり叫び出したいのを堪えながらも、必死で言葉を紡いだ。


 「人を裏切って笑っていられる奴なんて最低だ。悪いのは自分なのに謝罪の一言もない。あげくの果てにちょうど良かった? 俺はお前の暇つぶしのために付き合っていたんじゃない。そんな奴を好きだったのかと思うと虫唾が走る」


 「ち、違う……私は……」


 「もう話すことはないから。さよなら」


 何かを話そうとする由衣のことを無視して、俺は電話を切った。


 ベッドに再び沈みこむ。


 由衣との楽しかった記憶を思い出そうとするが、ありがたいことに思い出すのは俺に文句を言う由衣の姿ばかりだった。確かに楽しい思い出はあったはずなのに、今は暗い感情がそれを全て覆い隠してしまった。


 「今日から彼女なしか……」


 天井を仰ぎ見て、俺は笑った。


 今までは由衣という彼女がいることが俺の唯一の自慢だったのに、今日からそれもない。ただのぽっちゃりデブになったわけだ。


 でも、信じられないほど心が軽い。


 「これで、良かった」


 言葉とは反対に目尻から熱い液体が流れたが、俺はそれに気づかないふりをした。

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