第11話
「り……莉緒ちゃん、そこは……っ!」
「おにーさんは、黙ってて。莉緒にまかせて。ね?」
「でも、あ……っ」
「気持ちいい?」
「うっ……。うん」
別に怪しいことをしているわけじゃない。
莉緒ちゃんが一生懸命、マッサージしてくれているだけだ。
初日なのにハードなトレーニングに付き合わせたお詫びらしい。ベッドに横になれと言われた時は何事かと思い、ありえない妄想をしてしまった。
「莉緒ちゃん、あの……」とモジモジとベッドに座った俺を不思議そうに見ていた莉緒ちゃんだったが、途中で俺の勘違いに気付いたらしい彼女は、顔を真っ赤にして、「なに考えてるの?! マッサージするんだよ!!」と、怒った。
馬鹿な勘違いは恥ずかしかったが、この勘違いに顔を真っ赤にして恥ずかしがる莉緒ちゃんは、とんでもなく可愛かった。
そうして今、俺は彼女の丁寧なマッサージを隅から隅まで受けているところだ。俺は断ったのだが、押し切られた。
いざ始めてみると、莉緒ちゃんは何とも甲斐甲斐しく頭から、足の裏までマッサージをしてくれていた。
風呂に入っておいて良かったと、心から思った。痛む体をひきづりながらも、風呂に入る選択をした自分をほめてやりたい。
莉緒ちゃんは、俺の背中に乗り、肩甲骨あたりをマッサージしている。おもむろに彼女が口を開いた。
「昨日は無理させちゃってごめんね」
いつも溌剌としている莉緒ちゃんなのに、声に元気がない。随分と先ほどから昨日のことを気にしているようだ。
「……いや、そんな。元々俺の身体が軟弱だから、こんなことになったわけだし。莉緒ちゃんが謝ることなんて何もないよ。マッサージまでしてもらっちゃってるし……」
そう言ったものの、彼女の元気はない。
「……私、トレーニングに付き合ってもらえることが嬉しくて。みんな私とのトレーニングは嫌だって逃げちゃうから」
「……そ、そうなんだ」
分かる。途中からジムにいる人たちの視線が、俺を憐れんでいたから。でも、莉緒ちゃんだって他の人に嫌がられるならトレーニングなんぞ一人ですればいいと思うけど……
「一人じゃ寂しくて、張り合いなくて。でも、他の人とやって楽しくなるとつい夢中になって相手をギリギリまで追い詰めちゃうというか……。悪い癖だとはわかってるんだけどさ。
私、男性が必死で頑張ってる姿って好きなんだ。それを応援してるとこっちまで元気になる気がするの」
そんな
しかし、いくら頑張ってる姿が好きでも、昨日の俺の姿は情けないの一言に尽きる。悲しいかな、鼻息荒くフガフガ言ってたし、ジムの鏡に一瞬映った自分の顔にゾッとしたくらいだ。頑張ってる姿が好きと言っても、そんな姿が見たかったわけじゃないだろうに。なんだか、申し訳ない。
「あの……昨日の俺は汗水たらして、弱音も吐きまくりで、そうとうダサかったと思うけど」
「そんなことないよ。私はあぁいうの……好き」
沈黙。
照れながら「好き」とか反則だから。
どうやら莉緒ちゃんの美的感覚は人とは違うらしい。
「へ、へぇ~……じゃあ、俺も頑張んなきゃ」
前半、声が裏返る。どこまでもかっこわるい自分に嫌気が差していたその時、莉緒ちゃんの手が止まった。
「……また、来てくれるの?」
「え? もちろん」
どういうことだ? トレーニングはあの日限定だったのか?
それはそれで少しホッとするが……やっぱり寂しい。
「また、莉緒とトレーニングしてくれる?」
「そのつもりだけど」
(いいんだよな?)
不安気に返事をする。
すると、マッサージが再開された。
「……嬉しい」
そう呟いた彼女の声には確かに喜色が混じっていてホッとする。
「いや、付き合ってもらってるのはこっちだし」
「でも、私、おにーさんのトレーニングに付き合いながら、本当は自分が楽しんでたよね。ごめんね……」
(俺を追い詰めて楽しんでるの、知ってましたけど……。でも、もういいや。莉緒ちゃんも楽しいなら、俺も楽しいし)
「ま、もう少しお手柔らかにお願いしたいけど、元はと言えば俺のためにやってくれてることじゃん。俺のむさ苦しいトレーニングに付き合ってくれるなら感謝しかないよ」
「おにーさん……」
「ありがとうね、莉緒ちゃん。俺頑張るから、バイトもトレーニングも」
「私も! 私も頑張るからね! 一緒に頑張ろうね!!
私、お兄さんのこと、強くしてみせるから!!」
「……う、うん」
彼女の食い気味の返答に、やる気を出させて良かったのかどうか不安にはなったが、今は莉緒ちゃんが喜んでいる。それだけでいいかと思えた。
俺をマッサージしてくれる莉緒ちゃんの手により力が入る。
正直に言えば、少し痛いが、彼女が楽しそうだから止めたりはしない。
応援してくれる莉緒ちゃんのためにも頑張りたい。
朝起きた時はあんなに痛かった身体の痛みが、今は頑張った証のようで少し誇らしかった。
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