第3話

 「で? 今日は映画だっけ?」


 「うん。今話題になってるアニメ映画。由衣、この監督の作品、好きだったろ? チケット取っておいたんだ!」


 「あー、あれかぁ……。先輩があれ、つまんなかったって言ってたけど。まぁ、いっか。チケット取っちゃったんでしょ?」


 「……あ、うん……」


 「いいよ。今回は付き合ってあげる。次はちゃんと観たいの確認してよね。私、お手洗いに行ってくる」


 由衣はつまらなそうに映画館のトイレに向かっていった。それをため息混じりに見送る。


 (前は俺と観れるならどんな映画でも嬉しいって言ってくれてたのに……。なんて、付き合い当初と比べるなんて良くないよな。今度はちゃんと相談して決めよう)


 そんな反省を一人しているところで、急に声を掛けられた。


 「おにーさん?」


 聞き覚えのあるその声の方に顔を向けると、目の前には雄大の彼女である莉緒ちゃんがいた。今日の服装は、オーバーサイズのトレーナーをミニワンピースのように着こなしている。露出している脚はすらりと長く、見てるだけでドキドキしてしまう。


 「……莉緒、ちゃん?」


 「わぁ! 名前覚えててくれたなんて、うれしー!!」


 「莉緒。そいつに構うな」


 その後ろには仏頂面した雄大がいた。なんだか機嫌が悪そうだが、こいつもどうやらデートらしい。まさかデート中に会うなんて、最悪だ。


 「嫌。雄大と映画なんて観る気分じゃなくなったから、莉緒、おにーさんと観たい!」


 「莉緒!!」


 雄大が声を荒げても、彼女は顔をフンと背け、動じる様子もない。その時、由衣が戻ってきた。


 「えっ?! 雄大くん……?」


 「あれ? 由衣先輩?」


 二人は、同じ学校の先輩後輩だ。二人が同じ学校に通っていることは知っていたが、それを由衣にも雄大にも伝えたことはなかった。二人は中学も一緒だが、俺が二人を会わせたことはない。


 しかし、さっきの口ぶりだと二人はいつの間にか知り合いになっていたようだ。俺は尋ねた。


 「由衣、雄大と知り合いなの?」


 「う、うん……。雄大くんはうちの天文学部の部長と仲が良くて、部員じゃないんだけど、よく部室に遊びに来るの。時々観測会とかにも参加して手伝ってくれたりするんだけど……え、待って。もしかして翔吾くんと雄大くんってーー」


 「はい、先輩。不本意ながら、そいつが俺の兄貴っす」


 雄大は少し照れたように、由衣に笑いかける。……雄大の後輩姿はなんとなく気持ち悪い。


 「えー!! びっくり! 佐藤って名字は多いし、二人は雰囲気も全然違うから、まさか兄弟だなんて思いもしなかった! 翔吾くんも言ってくれれば良かったのに!」


 由衣はお手洗いに行く前のテンションと打って変わって、楽しそうだ。機嫌が直ったのは良かったが、そのきっかけが雄大であることが気に食わない。俺が黙っていると、雄大がニヤニヤしながら俺を見る。


 「自分が落ちた高校に弟が入学したなんて恥ずかしくて言えなかったんじゃないですか? ほら、兄貴ってプライド高いところあるから」


 「まったく翔吾くんったら……そんなプライドいらないのに。もっと早く教えて欲しかったよ。そしたら、色々良くしてあげられたのに」


 「そんな。いつも由衣先輩には良くしてもらってますよ。ところで先輩は兄貴とどういう関係で?」


 「あー……ちょっとね」


 (……ちょっとってなんだよ。そんなに俺は恥ずかしい彼氏なのかよ)


 由衣は照れ隠しのつもりなのかもしれないが、情けない彼氏だと言われているようで腹が立つ。この場からすぐに立ち去りたい。


 その時、莉緒ちゃんが雄大の服の裾を引いた。


 「ねぇ、雄大」


 莉緒ちゃんの急かすような口調に雄大は彼女が嫉妬したとでも思ったのか、気分よさそうに話し出した。


 「あぁ、ごめん、莉緒。聞いてたと思うけど、由衣先輩は天文学部の先輩で、俺を可愛がってくれてるんだ。莉緒は会ったことなかったよな」


 口ぶりからして、雄大と莉緒ちゃんは同じ学校らしい。教科書を貸し借りもしてたしな。それにしても、莉緒ちゃんからしたら、彼氏が女の先輩と仲良くしてたなんて気分が良くないだろう。


 しかし、怒り出すのではないか……という俺の考えは杞憂に終わった。それどころか、莉緒ちゃんはとんでもないことを言い出したのだ。


 「そういうことならさ、雄大は先輩と映画観なよ!」


 みんな、意味がわからず、ぽかんとする。数秒間の沈黙の後、口を開いたのは雄大だった。


 「は? なんで俺が由衣先輩と? 莉緒はどうすんだよ?!」


 「莉緒は、おにーさんと観る!」


 莉緒ちゃんはそう言って、手を握ったーー

 さっき由衣に振り払われた、汗が滲む俺の手を……


 しかし、由衣の視線を感じて、ハッとする。

 俺は慌てて手をひくが、意外に力が強くて離してもらえない。背中に嫌な汗をかきながら、莉緒ちゃんに訴える。


 「あ、あの……莉緒ちゃん? 俺たち一応デートでーー」


 「別にいいわよ」


 俺の言葉を遮って、由衣がそう言い放った。別にいいと言うわりに、すこぶる機嫌が悪そうだ。


 「雄大くんなら知らない人じゃないし。」


 「ちょっ……、由衣っ?!」


 しかし、俺の困惑をよそに莉緒ちゃんがどんどん話を進めていってしまう。


 「やったー! いいよね、雄大? さっき私を怒らせたんだから、お詫びとして頼みをきいてよ。映画を見たら、気持ちが落ち着いて、デート再開できるかもしんないし」


 隣で莉緒ちゃんは喜んでいるが、由衣は目を合わせてもくれない。今日のデートは確実に失敗だ。


 最後の望みを雄大に賭けるが、案の定俺の気持ちを察してはくれない。使えない弟だ。


 「……ったく。わかったよ。その代わり、映画終わったら、莉緒はちゃんと俺に付き合えよ?」


 「はいはーい! じゃ、おにーさん行こー♪」


 こうして俺の意見はどこにも反映されることなく、なぜか俺は莉緒ちゃんと映画鑑賞をすることになったのだった。

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