第2話

 俺は、佐藤翔吾。ごく平凡な高校二年生だ。


 顔は普通で、体型も普通……いや、少しだけぽっちゃりしている。元々はそんなに太っておらず、細いくらいだったが、受験ストレスとその後の志望校不合格のショックからやけ食いをした結果、今の体型になってしまった。

 いかにもスポーツマンな身体の持ち主である弟からすれば、少したるんだ腹の俺は豚なんだそうだ。


 四人家族で、弟の雄大は俺の一つ下。部活にも所属せず、軽くラノベを読むくらいの趣味しかない俺と違って、弟はまさにリア充というやつだった。


 運動神経の良い弟は、中学まではバスケ部のエースとして活躍し、高校に入ってからは無所属ながらも色んな部活動に助っ人として呼ばれているようだった。それゆえ、人脈も広いようで、とにかく人気者で、よくモテた。


 代わる代わる女を家に連れてくる。そして、隣の部屋に俺が居るのを知っているはずなのに、そのまま部屋でヤリ始めるのだ。まるで俺に聞かせようとでもしてるんじゃないかってくらい女も煩かった。雄大の好みは、どうやら清楚系ビッチらしく、皆すました顔をしていても、部屋に入るなりすぐに股を開く。避難しようとする時にはもう喘ぎ声が漏れ聞こえてくるのだ。


 そのせいもあったのだろうか……俺はどんどんと雄大が連れてくる彼女たちと正反対の女性に魅力を感じるようになっていった。


 そう、それがギャルだった。


 ギャルは一見怖いように見えて、情に厚く、恩義を大事にし、優しい一面を持っている者が多い。派手だが、彼女たちの性格が野蛮というわけではなく、ただ自分の好きなものや似合うものを突き詰めた結果がその格好なだけなのだ。自分の大事なものや、好きなものを一貫として守り抜こうとするその心は清楚系ビッチとは比べ物にならないほど崇高で、美しい。


 ……と、俺は様々なアニメや小説などを通して考えるようになっていった。若干偏った考えかもしれないが。


 そんな、ギャルに憧れを持つ俺だが、現実にギャルと接点を持つのは難しい。ギャルは仲間には優しいが、外部の人間には厳しいのだ。俺は、今まで遠目にギャル達を見ながら、友人たちと笑い合うその姿を鑑賞することしか出来なかった。


 なのに、今日、俺はギャルと会話をしてしまった。

 しかも、まるで漫画から出てきたような超美少女ギャルとだ!


 ……それがあの嫌味な弟の彼女だと言うのが悲しいところだが。


 「あー……いいな……」


 そう呟いた時、後ろから肩を叩かれた。


 「翔吾くん、おはよ?」


 「ゆ、由衣! お、おはよ!」


 由衣と会う前だったのに、弟の彼女のことを考えていたのが、後ろめたくて、じわっと汗が滲んだ。


 「どうしたの、翔吾くん。なんか変」


 「なんでもない! 少し考え事してただけで」


 「そう……ならいいんだけど。ほら、電車くるよ、早く行こ」


 彼女は、西山由衣。信じられないかもしれないが、俺の彼女だ。

 俺が唯一、人に自慢できることがあれば彼女だろう。派手さはないが比較的整った顔に頭が良い優等生。ギャルとは真反対にいるような存在だ。


 ただ由衣は、雄大の連れてくる清楚系ビッチとは違う。


 俺と出会った頃の由衣は、眼鏡をかけて、肩のあたりまで伸びた髪を低い位置で結んでいて地味子と呼ばれていたほどだ。しかし、彼女には素朴な可愛さがあった。かつて、それに気付いてたのは俺だけだったが、高校生なった彼女はすっかり垢抜けた。


 眼鏡はコンタクトに代わり、結んでいた髪は解いて黒髪ストレートに。長めだった前髪もさっぱりと切り、ぱっちりとした目がよく見えるようになった。彼女は高校生になってから、格段に可愛くなった……そう、全く俺とは釣り合わないほどに。


 由衣と付き合い始めたのは中二の頃だ。


 少し遠めの塾に通っていた俺は、他校の由依と知り合った。

 志望校が同じだったこともあり、意気投合して一緒に勉強するようになった。そして、由衣に告白されて付き合うようになったのだ。


 とは言え、受験生だった俺たちの付き合いは健全なものだった。志望校合格のために、二人で励まし合い、勉強した。由衣と二人、最高の高校生活を楽しむため……!


 しかし、その結果はーー


 由衣は、合格。俺は、不合格だった。


 最初こそ由衣は「違う学校でも好きな気持ちは変わらない」「放課後に沢山デートしたらいい」と俺を励ましてくれたが、いざ高校に入ると変わった。


 部活動が楽しいらしく、放課後は会えなくなり、連絡の頻度も減った。デートの間隔も広がっていくばかりだ。最近はキスさえも拒まれることがあるし、勿論それ以上のことなんてしたことがない。


 いざ会っても由衣はスマホばかり見ているし、俺に興味が無いように見えたが、俺にまだ気持ちがあるのか、彼氏がいるというのは一種のステータスなのか、別れようとは言われなかった。


 電車の中、並んで立つ俺たちが車窓にうっすらと映る。……由衣は可愛い。不安になるほどに。俺は由衣の手をギュッと握った。


 「ちょっと、やめてよ。翔吾くんの手、なんか汗かいてる」


 これからデートだというのに、由衣は不機嫌そうに俺の手を振り払った。

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