第9話 再び

「ちょっと嫌なにおいがしますよ」

先生の指がこの前削った歯にグリグリと何かを詰めていく。


「はい、終わりです。

口をゆすいでくださいね」

倒れていた治療椅子が機械音をたててゆっくりと起き上がる。

言われた通り口をゆすぐと、先生が俺の首にかかっていたエプロンを優しくはずしてくれた。

「食事は30分ほど待ってくださいね」

「わざわざ休診の日に、ありがとう」

お礼を言うと先生は嬉しそうに笑った。

「気絶したときは仮詰めしかできなかったの

で気になってたんです。

治療が再開できて良かったです」


「もう昼だな。

出かけるにも中途半端だし、食事も俺がす

ぐにはできないし」

「折角のお天気ですしね」

先生が顔に手を当てて悩んでいる。

どこか行きたそうにうなっているのを見ると、絶対にどこかに連れていってあげたくなる。

「う~ん………。

そうだ、バーベキューとかは?

おお、と先生の瞳が輝いた。

「したことないです」

「いいね、決まり。

じゃあ、俺が持ってるバーベキューセット

とってくるよ」

「わ、私は何を用意しましょう」

先生は初めてだから何をすれば分からないみたいだ。

「…一緒に取りに行く?

先生の家みたいに広くも綺麗でもないけど」

「はい!」

先生の顔がぱっと赤く華やいだ。

嬉しそうに支度をする先生を見て、俺は幸せを噛みしめていた。


何を買おうなんて盛り上がりながら、俺たちは病院を出た。

先生が戸締まりをしている間、俺は先に外へ出て待っていた。


坂の上から誰かが降りてくる気配を感じた。

俺は道の端に避けながら上を見上げた。


見覚えのある顔だった。

手入れを欠かすことのない自慢のブリーチした短髪も、自信ありげに上がった口角も昔とちっとも変わっていない。

俺の前で、その金髪の男は立ち止まった。

俺は無言でじっとその男を見ていた。


「ずっと音信不通で心配してたよ」

柔らかい口調で話しかけられても、そこから優しさは微塵も感じられない。

こいつが心配しているのは俺ではなく、己の私利私欲だけということを知っているから。

「タケルくん?」

先生の声がした。

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