第5話 夢

 他の冒険者たちは俺の叫び声に驚いて走り去り、周りには誰もいなくなった。


「レックス。今まで隠しててごめんね。私、魔法が使えないんだ」

「魔法が使えないって……、火を使いたいときとか手を洗いたいときってどうするんだ?」


「あ、まったく使えないわけじゃないよ。お父さんとお母さんから魔力を分けてもらったから少しは使えるんだ。ちゃんと毎日、顔も手も洗ってるからきれいだよ」

「綺麗好きなのは良いことだな」


 3匹のホロウバットが天井から生えてきたので会話を中断して迎え撃った。


「ファイア!」


 火魔法をぶつけて黒焦げにする。

 これだけの魔石があればルークも満足してくれるだろう。


「そろそろ地上に戻ろうか」

「私、荷物持ちやるね」


 アーニャに荷物を奪い取られる。


「魔法が使えない分、少しでも役に立ちたいし」

「いや、荷物持ちは俺がやる」


「ぁ……、そうだよね。両手が塞がってても魔法は使えるから」

「いや、単純に何もしてないのが落ち着かないだけなんだが」


 魔石がぎっしりつまった袋を担いで出入り口に向かう。


「――レックス。私、Sランク冒険者になるのが夢なんだ。魔法が使えなくても立派になれることをお父さんとお母さんに見せたいから。……でも、その過程で仲間を危険にさらすのは違うよね。だからごめん。私、パーティー抜けるね」


「リーダー権限で却下だ」

「な、なんで?」


「俺の夢はドラゴンの背に乗って世界を一周することだ。とはいえ雪山登山は一人でできるものじゃない。だから、どんな困難にも立ち向かえる強い心を持った仲間が必要なんだ」


 俺が14歳の頃は人の心配をしている余裕なんてなかった。

 アーニャは俺と違って心の優しい女の子だ。


「私、戦いの才能ないけど」

「才能のあるなしは関係ない。向上心の高さのほうが重要だ」

「……卑怯だよ。そんな風に言われたら乗り気になっちゃうし」


 その刹那。

 上空で変な音が聞こえてきた。


 自己防衛本能が働き、全身の血管が開いて血液の流れが加速した。

 大量の血が脳に送り込まれて、目に映るもの全ての動きが緩やかになった。


(何かが降ってくる!? 隕石か!?)


 アーニャの腕を掴んでこちらを振り向かせ、手で後頭部を保護しながら倒れ込む。


 魔石から魔力を搾り取って土魔法で何十もの障壁を作った。魔石を入れていた袋に風魔法で空気を送り込んでエアバッグにした。


 何かが地面に激突した。

 凄まじい衝撃波で鼓膜が振るえる。


「な、なに!?」

「何かがダンジョンに落ちてきたみたいだ。下敷きにならなくて良かった」

「レックスが魔法で守ってくれたんだ。ありがとう」


 壁に穴を開けて外の様子を確認する。

 天井には大きな穴が開いていて太陽の光がここにまで届いていた。


 隕石が落ちてきたのだとしたら放射能とか大丈夫だろうか?

 まあ、その場合は教会が回復魔法で何とかしてくれるか。


 最下層の中心には小さなクレーターができていて中央に黒っぽい何かがあった。

 人型のソレは立ち上がり、地面から大きなひつぎを引っ張り出した。


「あれは人間なのか?」

「レックス! 声小さくして、あそこにいるのは魔族だよ。見つかったら殺されちゃう」

「あんなところで何をしているんだろう?」


「ヴァンパイアロードの亡骸を取り出しているんだよ。食べると不老不死になるって言われてるから」


 どどめ色の男が棺をこじ開けると禍々しい魔力が周囲に広がって、ホロウゴブリンやホロウバットが次々と出現した。


 男は首のない死体を抱え、背中に生えた翼を広げて頭上の穴から外に出た。


 空を飛べるホロウバットは男についていきダンジョンを飛び出した。コウモリは光が苦手だと思っていたが俺の勘違いだったようだ。


「ぷはあぁ、見つからなくて良かったよ」

「安心するのはまだ早い。俺たちには地上へ戻る手段がないんだ」

「あ……」


「とりあえずこの場に残った魔物は全部倒そう」

「そうだね」


 ホロウゴブリンとホロウスライムを倒していく。

 アーニャは短剣を二つ持ち、強靭な足腰を活かして目にも止まらぬ勢いで斬り伏せた。


 ヴァンパイアロードの死体が無くなったため時間が経ってもホロウモンスターは出現しなかった。

 数分後、衛兵が降りてきて地上に戻ることができた。


 お城もダンジョンも原型を留めないほどに崩れ落ちたが死者は奇跡的にゼロだという。


「そういえば魔族はどうなったんだ?」

「国家騎士が空で戦っているよ」


 遠くのほうで何度も爆発が起こっていた。


 ドラゴン並みに優れた目で遠くを見る。

 魔族の男は白銀の騎士に囲まれて大魔法を浴びていたが平気な顔で宙に浮かんでいた。


 そのとき、

 腕に抱えていたヴァンパイアロードの死体が真っ二つになり地面に落下した。


「許さん!!」


 男は大小さまざまな魔法陣を大量に展開して青い炎を絶え間なく撃ち続けた。

 国家騎士たちは魔族の魔法攻撃を防ぐので手一杯だった。


 彼らの足元には俺の可愛いルークがいてヴァンパイアロードの死体を丸飲みしていた。


「――ルークッ!! 駄目だ。はやくそこから離れるんだ!!」


 指笛でルークを呼び寄せる。

 異変に気付いた魔族の男がルークをみて、その直後、強烈な殺気を放った。


「キサマァアアアアッ!! 私の獲物を横取りしたなッ!!」

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