第35話 どうして凄い? なぜ凄い?

 留美の熱い指が七菜の指に絡んだ。

「ナイススマッシュだよ、七菜。これでもう、マリリンはつなぎのロブを簡単には打てない。でも、まだ、やっと追いついただけなんだ。この流れを相手に渡しちまったら、またあいつらに負けるんだ。次のゲーム、必ず一本目を取るんだよ」

「はい、死んでも流れを手放しません」

 七菜は烈火の瞳でレシーブの位置へ歩いた。

「ゲームカウント1-1」

 と正審がコールする。

「さあ、来いやあ」

 と七菜が吼える。

 ネットの向うの緑子も真凛も、恐ろしい目で七菜を睨みつける。

 七菜も負けるものかと睨み返す。

『緑子先輩は、試合の流れを変えようと、ここはポーチに出てくる確率は高いがよ。でも、最初のゲームでわたしのレシーブの一本目をポーチに出て決めている。それをわたしも覚えていると考えているだろうから、今度はサイドパスかロブを狙っているかもしれない。それでもわたしは攻めるしかない挑戦者だ。ここは正面を狙って、動いた逆にずらして振り切るがよ』

 七菜がそう考えていた時、留美はこう考えていた。

『七菜の前進スマッシュを知ったマリリンは、次は、何が打ちたい?』

 そして留美は相手にも聞こえる声で七菜に告げた。

「七菜、攻めるんだよ。そしてまたチャンスがあれば、前に動いて、神風スマッシュをお見舞いしてやれ」

 真凛がトスを上げ、ファーストサービスをミドルよりに入れてきた。

 七菜はスプリットステップからフォアに回り込み、ミドルを狙って一歩前へ踏み込んだ。

 緑子はクロスポーチへモーションをかけ、サイドへ戻った。

 七菜はミドルより少しクロスに切り替えてレシーブを叩き込んだ。

 真凛が鮮やかな足さばきでフォアに回り込む。

 留美はクロスポーチの勢いで右前へステップを踏む。だけど急にリターンして、前衛オーバーのロビングを狙った。

 七菜の前進スマッシュを封じようと、真凛はそこへ打った。

 留美はバックのステップからフォアのクロスステップに一瞬で切り替え、加速しながら五歩下がり、右足で大きく後方へ跳んだ。

 緑子が今度は破られないぞと、センターラインを跨ぎ、阿修羅の形相でボレーの壁を作った。

 真凛も絶対フォローするぞと、ミドルへ走りだした。

「ゴールデンサンダー」

 と叫びながら、留美はその二人の先の逆クロスの鋭角へスマッシュを叩き込んだ。俊と何千本と練習したゴールデンコースだ。それがサイドラインいっぱいに決まり、留美は駆け寄ってきた七菜と抱き合って飛び跳ねた。

 紅玉高校の仲間たちも、抱き合って飛び跳ねた。

 留美と七菜は恋人のように見つめ合って、熱い言葉を交わした。

「次だよ。次、取られたら、追いつかれちまう。もう一本だけ先行するんだよ」

「はい。絶対流れを変えません。死んでも負けんがです」

 留美はレシーブの位置に着きながら考えた。

『マリリンは、七菜とあたいに続けてロブを叩かれている。そしてゲームの流れは今、こっちにある。じゃあ、マリリン、どうするよ?』

「0-1」

 と正審がコールした。

 留美はレシーブに構え、またも相手に聞こえる声で七菜に呼びかけた。

「七菜、流れはこっちなんだから、ガンガン打ち勝つんだよ」

「はい、絶対打ち勝ってみせます」

 と七菜も大声で応える。

 真凛の顔が赤くなり、眉が吊り上がった。

「わたくしに打ち勝とうなんて、百年、いえ、百万年早いですのよ」

 真凛の怒りのファーストサービスが留美の正面へと伸びてきた。留美はそれをフォアのロビングで真凛の前へレシーブして、ネットへ前進した。真凛は一度後ろへ下がってから前へ踏み込み、七菜に打ち勝とうと、うなり声を発してフォアのトップ打ちでストレートへ振り切った。そこへ留美がレシーブアンドポーチで飛び出していた。忍者のようにひそやかに前進し、スーパーマンのように驚異のスピードで駆け抜けた。

「おりゃあ」

 という叫びとともに、稲妻のようなボレーがコートを引き裂いた。

 観客席では、紅玉高校の応援の皆が、万歳しながら踊りだした。

「凄いぞ、凄いぞ」

 と明美が叫ぶと、皆が泣くほど絶叫した。

「留美のボレーは芸術より凄い」

「留美のボレーは奇跡より凄い」

「留美のボレーは魔法より凄い」

 明美が派手に踊りながら問いかける。

「どうして凄い? なぜ凄い?」

 それに応えて皆が踊り叫ぶ。

「それをうちらは知っている」

「うちらはずっと見てたから」

「ほんとの凄さを知っている」

 コートでは、留美と七菜が駆け寄ってハイタッチをした。

「ここだよ。次の一本、大事だよ。このレベルでは、三本離してリードなんだからね。そして、チャンスは大ピンチなんだ」

 そう留美が烈しい口調で言うと、七菜も心を沸騰させる。

「勝てると思ったら、負けるがですよね? わたしたち、誰にも負けない練習をしてきた。だからこの一本、死んでも負けない。流れを変えないがです」

 燃える思いを目と目で確かめ合い、七菜はレシーブのポジションへと歩いた。


 勢いに乗った二人は、さらに続けてポイントをもぎ取った。


「ゲーム・チェンジサイド」

 と正審がコールし、留美と七菜は、万歳して飛び跳ねる紅玉高校の仲間たちの方へ駆けて行った。

 ベンチに座る俊は、赤いタオルを顔に当てて目を閉じている。

「やいやい、ほら吹き、あたいの最後の試合だというのに、あんた、また居眠りしやがって」

 そう怒鳴りながら留美が俊の肩を小突くと、血走った目がギョロリと見開いた。




























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