第21話 カメラに捉えられた暴行
テレビでは、娘の傷害事件を三年近く隠蔽したとして、坂東敦子の謝罪会見が行われ、敦子は芸能界を引退すると発表した。
数社のCMも打ち切られ、多額の違約金が請求された。
アパートの一室でテレビを見た俊は、パソコンで【坂東留美】を検索した。
芸能人並みにテレビに何度も映し出されたため、未成年なのに実名や画像がいくつも出てきた。
【ナイフで刺して選手生命を奪った男性から、その犯人が自分であることを隠してコーチングを受けてきた坂東留美。彼女は元オリンピア坂東敦子の娘であり、母の敦子も保身のためにその事実を隠していた】
との記述など、敦子と留美の母子に対する誹謗中傷が、気が遠くなるほど続いている。
紅玉高校は定期テスト前で、部活動は十日間の休みとなっていた。
雨の宵、俊は留美に電話をかけたがつながらなかった。何度かけ直しても同じだった。
あきらめて、ベッドに突っ伏した時、チャイムが鳴った。
飛び起きて玄関を開けると、三田喜久雄と吉田アリスが立っていた。彼らの後ろにカメラマンが一人、テレビカメラを向けている。
「こんばんは、増田さん、ちょっといいですか?」
アリスが完全無欠な笑顔を見せる。
「へっ?」
俊が戸惑っていると、
「今から坂東留美さんを尋ねようとしているのですが、なかなか会ってくれませんので、ご一緒してもらえませんか?」
とアリスは誘う。
「留美は、大丈夫、なんですか?」
と俊は問う。
アリスの笑くぼが消えた。
「大丈夫、と言いますと?」
「えっ? あ、おいら、留美がどうなったか、知らなくて。携帯もつながらないし」
「留美さん、携帯は解約したみたいよ。留美さんのママの敦子さん、ずいぶん前に離婚なさっているでしょ。そのママが急に無職になって、違約金とかで貯金もなくなったみたいで、留美さん、責任感じて、朝は朝刊配達、夕方からはレストランのウエイトレスをしているって話です」
「学校では? 校長先生が、退学もありだと言ってたけど」
「学校では、クラスの皆が、留美さんを恐れて近づこうとしないみたいです。留美さん自身も、テニス部の人たちでさえ、避けているらしいですよ。でも、顧問の白鳥先生が、部員たちから事件の真相を聞いて、職員会議で、首をかけて留美さんを守ったって聞いてます」
アリスの頬に、愛らしい笑くぼがわずかに戻った。
それが俊の凍った心を少し溶かした。
「テニスは? 留美は、テニスを続けられるの?」
「そういうことを今から留美さんに取材に行こうと、お誘いしてるのです」
取材陣の車に乗ると、十分もかからず留美のバイト先のファミレスに着いた。
俊と吉田アリスとカメラマンを外で待たせて、三田喜久雄が店内へ入った。
「我々が取材を続けてきた坂東留美さんがアルバイトを始めたファミレスの前へ来ています・・」
とアリスがテレビカメラに向かってしゃべった。
「現在、我らが三田喜久雄が、あちらで、留美さんと交渉しているところです」
カメラが広いウインドウ越しにウエイトレス姿の留美を捉え、ズームインした時、留美に頬を叩かれた喜久雄が倒れて画面から消えた。
「あら、まあ、どうしたことでしょう?」
とアリスが驚愕の声を上げた。
俊が店内へ駆け込むと、アリスとカメラマンもついて来た。
「留美」
と俊は呼んだ。
留美は俊を悲痛な目で見た。
「あんただけは・・」
小さな声をもらすと、留美は厨房へ逃げ込んだ。
「留美」
俊が追いかけると、アリスもカメラマンも喜久雄もついて来る。
留美はウエイトレスの制服のまま裏口から飛び出して、あっという間に消えた。
俊が辺りを見回してさらに追おうとすると、喜久雄の声が背中に聞こえた。
「いい画、撮れたかい?」
俊が振り返ると、カメラマンが親指を立てて「バッチリです」と答えている。
俊は通りまで追いかけたが、思い直して引き返した。
すると今度はテレビカメラが俊を向いている。
「増田コーチ、留美さんは逃げてしまいましたが、今のお気持ちは?」
とアリスが問いかける。
「喜久雄さん、何を話して、あのこに叩かれたんです?」
と逆に聞く俊の声は低かった。
喜久雄はカメラを意識してか、集録用のハイテンションで言う。
「わたしはただ、増田コーチに来ていただいたから、留美さんに話をしていただきたいとお願いしただけですよ」
「ごめんなさい」
「えっ?」
「先に謝ったんです」
と言うやいなや、俊はカメラマンに体当たりした。
「うわっ」
と叫んでカメラマンが倒れた瞬間、俊はカメラを強奪していた。
「うわあ、うわあ・・」
喜久雄のわめき声を背に、俊は駆けだした。
足の痛みも忘れ、韋駄天のように走れた昔のように、テレビカメラを抱えて逃げたのだ。
当然、喜久雄もアリスもカメラマンも追いかけてくる。
俊は忍者のように車を避けながら車道を横切り、歩道を走った。角を曲がり、百メートル近く走った所で、腿のの古傷に劇痛がよみがえり、右足を引きずり始めた。追いつかれまいと、もう一度車行き交う通りへ逃げた。右から来る車を擦り抜けた瞬間、左から猛スピードで向かってくる車に気づいた。昔の彼なら簡単に車より速く走り抜けれただろう。なのに右足がもう動かなかったのだ。急ブレーキの音と叫び声が交差した。アスファルトを蹴る左足をバンパーが突き上げ、ボンネットに左腰が当たった直後、頭がフロントガラスに激突した。テレビカメラが宙を舞い、反対車線のトラックにぶつかって弾け飛んだ。
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