第19話 人生を変えた三年前の事件

 それはまだ増田俊が学生だった三年前の夏、ソフトテニスのインカレで三位になり、紅燃ゆる海原に「絶対てっぺん取ってやるー」と絶叫していた頃、彼の伯父が経営するカラオケ店【蘭蘭】でその事件は起きたのだ。


 巨龍のような夕立雲が襲来したその宵、俊は叔父に【蘭蘭】の受付の依頼を受けた。


 彼が受付カウンターに入って間もなく、暗めの明かりのロビーに、少女の突っ張りボイスが響いた。

「ちょっとあんた、ぶつかっておいて、わびもなしかい?」

 そんな売り言葉を投げつけたのは、地元の中牟田西中学の制服を着た茶髪の娘だった。色白のホームベース顔に大きな口から八重歯が目立ち、大きな目はブラウンだ。胸の名札には(仁科明美)とあり、三年生を示すバッジがついている。中学生にしては大柄だ。

 彼女の大きな胸を手のひらで目が飛び出るほど突き、買い言葉を返したのは、黒いポロシャツにジーパン姿、男子にも負けぬ長身でがっしり体型の娘だ。

「はあ? ぶつかったのはてめえだろ? てめえ、おれが東青山学園の裏ボス、モンスター緑子って、知ってて言ってるのかい?」

 四角い顔に細い目、細い唇、針金のように逆立った剛毛、その怒れる姿はまさにモンスターで、緑子の一突きで地獄の果てまで飛ばされそうな明美を、中牟田西中のセーラー服の二人が震える腕で受け止めて支えた。

 その一人が、明美の後ろから大きな青い目を見開いて言う。

「ベリー、ベリー、知ってるよ。ユーこそ、アンたちのこと、知ってんの?」

「はあ? アンだってえ? てめえ、何人だあ?」

 と緑子は青い目の三つ編み赤毛娘に問う。

「アンのマザー、ジャパニーズよ。ファザーはブリティッシュなの。アンはね、バーミンガムで暮らしていたの」

 そうアンが言うと、緑子は首を鳴らしながら傾げた。

「はあ? ぶりぶりティッシュ? フーセンガム? 何言ってんだ、こいつ?」

 すると明美を支えるもう一人の制服女子が口を出す。

「あんた、あんたが今突き飛ばしたこのお方を誰と心得る? このお方こそ、中牟田西中の裏番、ジャックナイフ明美なんだぜ」

 明美の目が月夜のフクロウのようにキラリギラリ、光った。

「ふっふっふっ、思い出したかい? うちはあんたらとソフトテニスの試合で戦ったとよ。うちのジャックナイフショットに、あんたら、一歩も動けんやったろ?」

 そう言いながら、明美は緑子とその隣の白いショートパンツの娘を指さした。

 緑子はまた首を鳴らして傾げ、隣の娘を見て尋ねた。

「マリリン、おれは、思い出せねえけど」

 ショートパンツの娘は、その愛称通り、欧米系の顔で、セクシーな二重の目、ぷるぷるの唇、輝く白い肌、ピンクのシャツの胸がはち切れそうだ。

「このかたたち、中牟田西中みたいですわ。わたくしたちが、市内大会でパーフェクトで勝った相手じゃないかしら」

 とマリリンと呼ばれた娘はやさしい笑みを浮かべて言う。

 緑子は四十五度も首を傾げる。

「パーフェクトは何回もやったからなあ」

 マリリンこと山下真凛は、完全無欠の笑みのまま教える。

「ほら、バックのストロークをジャンプしながら観客席へ打ち込んで、派手に転んだおバカさんがいたじゃない」

 明美はその笑みに負けないくらい胸を張った。

「おバカさんだってえ? ここはうちら、中牟田西中の縄張りなんだぜ。今すぐあやまらないと、ケガするよ」

 緑子が再び明美の胸を張り手で突いた。

「弱虫のくせに、粋がってんじゃないよ。今夜から、ここはおれたちのシマだよ」

 またも突き飛ばされた明美のこめかみの血管に、怒りのマークが浮かび上がった。

「あんた、うちの大切な胸を二度もどつきやがって。もう許さんけん」

 と低い声を発しながら、ついに明美は、ポケットから本物のジャックナイフを出したのだ。手慣れた指さばきで刃を出すと、それがロビーの照明に暗く輝いた。

「あらあら、そんなオモチャ出しちゃ、危ないですわ」

 と真凛が言って、笑みを曇らせた。なのに前へ出て、白い手をナイフへ差し出すじゃない。

 泣く子も黙る切り札を出したのに、予想外の相手の行動に、明美の強がりの啖呵がどもってしまった。

「オ、オモチャ、じゃ、ね、ねえぞ。あ、あんた、早よ逃げんと、に、二度とテニスできんようになるとばい」

「あら、もしかして、わたくしを脅してらっしゃるの? でも、乙女の肌を傷つけちゃいけませんわ。さあ、そのオモチャを渡しなさい」

 そう言って、真凛はさらに手を伸ばした。

 遠山の金さんの桜吹雪か水戸黄門の印籠のように、誰もがジャックナイフを見せただけで尻尾を巻いて逃げたのに、このマリリンと呼ばれる娘は笑いながらも恐ろしい威圧感で明美の切り札を奪おうとする。だけどもう、明美は引くに引けないのだ。白い指が銀の刃先に触れた瞬間、「うおー」と吼え、目をつむってナイフを振り回してしまった。

「きゃあ」

 真凛の悲鳴が響いた。

 この時、受付カウンター内でロビーのその様子を目撃していた増田俊は、すぐに通報するべきだったのだ。そうすれば、彼の人生はまったく違ったものになったはずなのに。だけど彼はとっさに駆けつけ、明美の凶行を止めに入ろうとしたのだ。

「おいこら、おまえ、そんなぶっそうな物、振り回しちゃいけないよ」

 そう注意しながら、俊は明美の腕をつかんで強く引いた。

 すると明美は「痛い、痛い」と呻きながら崩れ落ちるじゃない。

「へっ?」

 俊は慌てて彼女の腕を離した。その腕が肩から異常な方向へ曲がったからだ。

 青い目のアンが「助けを呼んでくる」と言って、奥の一室へと駆けた。

「痛いよう、痛いよう」

 と泣き叫びながら、明美は床をのたうった。

「ナイフで悪さしないように、わたくしは右肩を脱臼させてあげただけなのに、この男の人が腕を引っ張って、再起不能にしちゃったかも」

 と、いつのまにか明美のジャックナイフを握っている真凛が、心配そうに言う。

 真凛の隣の緑子が、凍れる目で俊を見て教える。

「マリリンはね、テニスも天才だけど、合気道師範の娘で、有段者なんだぜ」

「へっ?」

 俊は目を白黒させて少女の横にひざまずいた。そして明美の上腕骨を肩の中へと無理やり押し込んだのだ。

 明美の悶絶の叫びが響いた時、巨獣の襲来のような足音が近づいてきた。アンがカラオケボックスの中にいた少年を呼んできたのだ。少年の太い腕にはゴリラのタトゥーが躍り、その巨体も大きな顔もゴリラに似ている。髪は紅のモヒカンだ。ノースリーブの皮シャツの上で、首から提げた銀の鎖がジャラジャラ鳴っている。

 泡を吹いて気絶した明美にアンが駆け寄り、俊を押しのけるようにひざまずいて、頬を叩いた。

「明美、死なないでえ。権太を連れてきたから、もう、大丈夫よお」

 ゴリラ似の少年が、大きな目をギョロリと剥き、俊の胸ぐらを掴み上げた。山をも持ち上げそうな怪力だ。

「おれ様の彼女に手を出したのは、おめえかあ?」

 と生臭い唾を俊の顔に吐きながら問う。

 俊は息苦しくて答えられない。

 緑子が驚きの声を上げた。

「やっ、誰かと思えば、てめえは、中牟田市最悪の不良集団ブラックウォリアーズのキングコング権太じゃねえか?」

 権太はいかつい男のような娘をまじまじ見つめた。

「ん? そう言うおめえは、東青山学園の高橋緑子だな? 隣のおめえは、山下真凛だろう?」

 と真凛を顎で指して言い当てる。

 真凛の白い頬が少し紅潮した。

「あら、まあ、嫌らしい。どうしてわたくしたちの名前をご存じですの?」

 権太の鼻が膨らんだ。

「おれ様の明美を、テニスの大会で、虫けらのように可愛がってくれたからな。おれ様はその試合を見ていて、いつかお礼しなくちゃと思っていたんだぜ」

 権太の腕が緩み、息ができるようになった俊が、大男の腕を叩いて呼びかけた。

「おいら、その女の子の、脱臼した肩を入れただけだよ。手を離してくれないかい」

 アンが権太の背中を叩いて教えた。

「その緑子ってやつが明美を突き飛ばして、そのマリリンってやつが明美の腕をひねって脱臼させたんだよ」

「ぬあーんだってえ?」

 権太が手を離すと、俊はゴボゴボ苦しそうに呼吸しながら明美の横に倒れた。

 ゴリラの目が真凛に注がれた。

 権太の太い指がボキボキ怒りの音をたてると、さすがの真凛も眉を曇らせた。

「さくら、キャプテンを呼んで来て。それから、警察にも通報するのよ」

 と後ろで震える仲間に小声で告げた。

 さくらと呼ばれた少女が、脱兎のごとくカラオケルームの一室へ駆け込んだ。

 権太が腕を伸ばして真凛に掴みかかると、大男の体が床に転がった。

「気をつけて。マリリンは、合気道の有段者よ」

 とアンが教えた。

 立ち上がる権太の顔が真っ赤に燃えた。

「おれ様を本気で怒らせたら、生きて帰れねえぜ」

 権太は、逃がさないぞと大きく両手を広げ、真凛ににじり寄った。

 すると東青山学園の娘たちの一人が、つむじ風のように二人の間に割り込んだのだ。

 権太に負けじと両手を広げて真凛を守ろうとするその娘は、黄色いシャツと白のショートパンツの小学生のように小さな娘だった。日焼けした顔は四角く、細い目で権太を睨んでいる。ショートの黒髪が霊気を感じたようにピンピンはねている。

「真凛先輩に手を出したら、わたしが許さんちゃ」

 と濃密な高音で叫ぶ。

 気勢をそがれた権太は両手を下げ、目を丸くする。

「何だこの変なやつは?」

「わたしは真凛先輩の弟子、小原七菜、人呼んで、神風セブン」

 そう胸を突き出して名乗る少女の髪を、権太がむんずと掴んで引っ張り、くるりと回転させた。

「あれっ? きゃあああ」

 アナコンダのような腕が後ろから胸と首に絡みつき、七菜は身動き出来なくなった。

「邪魔しやがると、絞め殺すぞ」

 そう権太が脅した時、

「ちょおっと待ったあ」

 と叫ぶ甲高い声がロビーに響いた。

 誰もが振り返ると、真っ赤なポロシャツの手足の長い女子が駆けてきた。二重の大きな目、大きな口に八重歯が白く輝き、丸顔だ。肩の近くまで伸びた細い髪は栗色でナチュラルウエーブに揺れている。

 権太の目からその娘に火花が発せられた。

「何だあ? また変なのが現れやがった」

 赤シャツの少女はゴリラ並みの相手の巨体に眉をひそめたが、強い光線を目から発して、バチバチきな臭く対抗した。

「東青山学園ソフトテニス部のキャプテン、稲妻留美とはあたいのことだよ。その子はあたいの大切なパートナーなんだ。その手を離してもらおうか」

 そう大声をぶつけるのだが、足が震えるのを悟られまいと、権太の眼前を行き来した。

 そんな留美に真凛が呼びかけた。

「あっ、思い出した。わたくし、家庭教師の時間ですわ。キャップ、これあげるから、あとはよろしく頼みますわ」

 振り向いた留美の胸元に、明美から奪ったジャックナイフを押しつけると、真凛は忍者のように消え去った。

「何だ、これ?」

 握らされた冷たい物を留美は目を剝いて見つめた。そのナイフの意味を問おうと、近くの緑子を見ると、

「あっ、いけねえ。おれも塾の時間だ。留美、こいつらのことは、任せたぜ」

 と言って、彼女も真凛を追い、あっという間に走り去るじゃない。

「あんたが塾なんて通ってるはずないじゃない」

 と呼び止めるけど無駄だった。

 目の前の七菜は、今にも失神しそうなくらい顔をゆがめている。

 七菜を締め上げるゴリラ男が、モヒカンをヒクヒクさせながら、近くに倒れている少女を指して言う。

「なあ、キャプテンさんよ。てめえのとこのマリリンってやつが、おれ様の彼女を傷つけちまった。かわりに、この子か、てめえに落とし前つけてもらおうか」

「あんた、誰さ?」

 と留美は聞いた。

「おれ様はブラックウォリアーズのキングコング権太だぜ」

 そう言うと権太は七菜の胸と首に腕を巻いたまま、七菜の髪をベロリと舐めあげたのだ。すととピンピンはねた髪が唾液でべったりくっついてしまった。

 留美の肌に嫌悪のジンマシンが噴き出た。

「やい、ゴリラ野郎、その子を離さねえと、あたいのサンダーフラッシュをお見舞いするよ」

 留美は手にしたジャックナイフを肩の上に構えて、威嚇した。

 だけど権太はおかしそうに笑うのだ。

「そんな震える指じゃあ、かすり傷一つつけられねえぜ」

 その時、やっと息が回復した増田俊が、留美の隣で立ち上がった。そして凶器を振りかざして震える赤シャツの女子を見て声をかけた。

「ちょっと、女の子がナイフなんか持っちゃ、いけないよ」

 留美は痩せた青年へ怒りの目を向けた。

「あんた、誰さ?」

「おいら、ここの受付の増田って者だよ。ここは、おいらの伯父さんの店なんだ。ここで大ごとを起こさないでおくれよ」

 見つめ合う二人の目は、似たブラウンの虹彩だった。

「あんた、増田っていうの? その顔、もしかして、明光大学のソフトテニス選手の、あの増田俊かい?」

「どうしておいらのこと、知ってるんだい?」

 留美の目が大きく見開かれた。

「あたいら、東青山学園中学ソフトテニス部は、全国一位になって、今夜、ここで祝勝会してるんだ。あたい、あんたの試合、観たことがあるよ。あんた、忍者のように素早く動いて、ボレーやスマッシュを決めていた。あたい、あんたみたいになりたいと思っていたんだ。まさか、出会えるなんて」

「おいらのこと、知っているなら、そのナイフ、よこしなよ」

 俊が手を差し出すと、留美はジャックナイフで七菜を指した。

「だったら、あんたが七菜を助けてくれるのかい?」

「へっ?」

 俊は権太の腕に絞められて息も絶え絶えの少女を見た。

 権太が戦いの目を俊へ剥き出し、紅のモヒカンを震わせて言う。

「てめえ、邪魔する気じゃないよな?」

 俊は権太の怪力を思い出し、木枯らしに散るおがくずのような気分になって退散しかけた。

 だけど留美の悲しい声に立ち止まってしまったのだ。

「あたいの憧れのスター選手は、臆病者じゃないよね? あたいらを、見捨てないよね?」

『ああ、こんなおいらを、スター選手と言ってくれる娘がいるんだ・・』

 そう思って、彼はくるりと向きを変え、水銀の靴を履いたような足取りで大男の前へ戻った。

「ここはおいらの伯父さんの店なんだ。ここで悪さするやつは、おいらが許さないんだから」

 俊がそう強がると、権太は鼻の穴を三倍にして息を吐いた。

「許さないなら、かかって来な。手足四本折ってやるから」

「へっ? あ、いえ、け、けっこん、じゃなかった、けっこうです」

 鼻息に押され、穴が開いちまったゴム風船のような気持ちになって、俊はすごすご逃亡しかけた。

 留美はナイフを畳んでポケットに入れると、彼の腕を掴み、ぎゅうっと手を握って離さない。涙をためた大きな瞳が祈るように見つめている。

「行かないで。七菜を助けてくれたら、あたい、あんたに、何でもしてあげるよ」

 指から伝わる熱い血潮に、俊の胸にも真っ赤な血が激流した。

 彼はうなずき、再び権太の前へ進んだ。

「何だあ? うるせえ蠅は叩き潰そうかあ?」

 と怒る権太の目は仁王のよう。

 俊は後ずさって、留美に確かめた。

「何でもしてくれるって、なーにをしてくれるの?」

「死んだら、線香あげてあげる」

「さよなら」

 去りかけた俊の腕を、やっぱり留美の白い指が絡んで離さない。

「キスしてあげるから」

 ピンクの唇がぷるぷる震えた。

『死のう・・』

 そう心で叫びながら、俊はもう一度怪物へ前進した。

『おいら、ハツカネズミや赤トンボよりも長生きしたんだ。今ここで死んでも、幸せなんだ、たぶん・・』

 震える指で権太を指し、俊は声を裏返らせた。

「おい、ゴリラ野郎、ここで悪さするやつは、おいらがギャフンと言わせてやる」

「ぬあーんだってえ?」

 権太はついに七菜を離し、修に襲いかかった。

 床に転がった七菜の頬を、留美が叩いて起こそうとした。

「七菜、七菜、しっかりしな。今のうちに逃げるんだよ」

 だけど七菜は意識朦朧として立ち上がれそうにない。すぐ隣を見ると、権太が倒れた俊の胸に乗って、流血した顔を殴りつけている。さくらが加勢に来たので、二人で七菜を引きずって戦場から離れた。七菜の目が開いて、どうにか立ち上がらせた時、増田俊の死にそうな呻きが聞こえた。権太が俊の首を両手で絞めている。俊の腕がだらりと落ち、意識が飛んだようだ。

「さくら、七菜を連れて、逃げて」

 そう告げると、留美は真っ赤な顔で権太へ突進して、しがみついた。

「もうやめろ。殺すぞ、ゴリラ」

 権太は俊の首から手を離し、留美を振り払った。大きな肘が胸に炸裂して、留美は弾き飛ばされ、床に腰と頭を強打した。火花散る目で権太を見ると、今度は銀のチェーンを俊の首にジャラジャラ巻き付けている。留美はポケットからはみ出したジャックナイフを思わず握った。俊を救う手段は他に思いつかず、刃を開いていた。チェーンで俊の首が絞められ、もう一刻の猶予もないと留美の胸が叫んでいた。留美はたぐいまれな瞬発力で、「やめろお」と絶叫しながらゴリラへダイビングした。振り向いた権太は、銀の刃を見てとっさに身をかわした。「うわっ」と声をもらして振り払おうとした左腕を、硬く鋭い刃先がかすめた。左手の平が留美の胸を受け留め、脇腹に凶器が刺さる寸前、権太は体を左へ回した。留美は恐怖で目を閉じてしまった。赤黒い闇の中で、世界がスローモーションのように回転するのを知覚した。遠心力の勢いに乗じて、ナイフが肉塊へ食い込む手応えが留美の胸を痺れさせた。誰かが「キュウッ」と声をもらした気がした。直後に頭がゴンっと鳴って、意識が遠のいた。それから数秒後だろうか、あるいは数分後だろうか、留美の頭のどこか奥の方で、逃げて行く足音と近づくサイレンの音が響いた。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る