第12話 腸も血液もみんなみんなあげるから
新学期が始まり桜が散る頃、新入部員希望者が、十人コートへやって来た。だけど、毎日のローラーかけや腕立て伏せ百回などのトレーニング、そして河辺を走る長距離走に次々音を上げ、六人が去った。槇原璃子という、いつもニコニコ笑っている選手がマネージャーに転向したので、結局、新人選手は三人になった。
残った三人は、テレビの『夕刊バラエティ』を見て、ソフトテニスで日本一を目指そうと紅玉高校を受験した生徒で、どんな厳しい練習も厭わないどころか、喜んでやり通す変人ばかりだった。三人とも中学では後衛だ。
一人は李鈴、通称『リンリン』で、中肉中背、大きな目で、コマイヌのような濃い顔のサウスポーで、動きが素早く、ラケットさばきが器用でコースを変えるのが好きだった。
もう一人は、相沢美衣子、丸顔でアイドルのような大きな黒い瞳が見惚れるほど美しい。スイングの時、息を吞むほど大きく体をねじるので『トルネード・ミーコ』と名付けられた。
そしてもう一人は、がっしりした体の、色黒の瓜実顔で眉の太い、山本真由だ。小学生の時全国大会に出場したツワモノで、校内戦をやらせると、ライジングでどんな窮地でも攻め続けて、先輩相手にも負けそうで負けないので、『ダイ・ハード真由』と呼ばれるようになった。試合では大声を出すのに、普段は貝にも負けないくらい無口だ。
インターハイ予選の一週間前、俊は皆を集めて言った。
「それでは団体戦で闘うメンバーを発表するよ。小原七菜・坂東留美組をチームの大黒柱にして、山本真由・片山輝羅組、永松由由・遠山佐子組の三ペアだよ」
三年生二人、二年生三人、一年生一人の布陣だ。
それを聞いたアンが、突然、青い目に角をたて、三つ編みの赤毛を両手で掻きむしりながら俊コーチに食ってかかった。
「オー、ガッテム、ホワーイ? どうしてアンが団体戦出れないの?」
夢香も細い目で俊を睨みつけて文句を言う。
「わたしのこれまでの苦労は、何のためだったの? 歯を食いしばって百万回死ぬほど努力してきたのに、個人戦だけで枯葉のように散れと言うの? 何にも悪いことしていないのに、死刑判決受けた気分よ。あんたなんか、あんたなんか・・」
夢香はとうとう俊につかみかかって髪を数本引き抜いてしまった。
「この髪を藁人形に詰めて、鬼木神社の御神木に釘で打って、孫の代まで呪い殺してやる」
そう日本人形の裏の顔のような形相で脅すのだ。その夢に出て来そうな迫力に、一年生たちが蒼ざめて涙をこぼした。
俊も涙目になって言った。
「ごめんよ。みんなおいらが悪いんだから、孫の代までと言わず、ひ孫の代まで、いや、未来永劫に呪い殺しておくれ」
裏ボスの明美マネージャーが俊の肩を小突く。
「そうばい、みんなあんたが悪かとよ。だいたい、アンも夢香もこれが最後の大会なんだから、一二年生より優先して出すべきじゃなかと? じゃなきゃ、これまでの努力が報われんやん」
俊は頭を下げて謝り、泣声まじりで訴えた。
「ごめんよ。真剣勝負の世界で、それはできないんだ。でもね、二人の努力が報われないなんて、そんなことないんだよ。アンも夢香も、一生懸命努力してきたから、他の部員たちも負けずに努力してこれたんだ。もし今度の団体戦で、紅玉高校が勝ち進むことができたとしたら、それは二人が頑張っているからさ。おいらたち、みんな、チームの仲間なんだよ。今、おいらたちは、選手十人とマネージャー二人の、計十二人になって、一人一人の力は十二分の一ずつしかないようだけど、違うんだ・・その誰一人が一人が欠けてもだめなんだよ。自動車がハンドルやブレーキ、タイヤ、ガソリンなど、どのパーツが欠けてもうまく目的地にたどり着けないようにね。おいらたち、一人一人が、自分にできるチームのためのプラスアルファを考え、一日一日、てっぺん目指し、手を取り合って昇って行くんだよ。みんなが心を一つにして、自分にできることで前進していけば、それがチームの大きな力になるんだ。そして、前にも言ったけど、おいらたちは絶対、取り合ったその手を離しちゃいけないんだ。みんな、明日の勝利を信じて、そしてここに自分たちの幸せを見い出して、今を精一杯生き合えば、一人一人が、かけがえのない、大切な力となるんだ」
夢香の細い目からポロポロ涙がこぼれ落ちた。
「そんなこと言ったって、私も勝てるようになりたかったわ。人一倍練習しても、試合に勝てないし、団体メンバーにもなれないのは、きっとわたしの日頃の行いが悪いからなんだわ」
明美が俊の脛を蹴って、文句を言った。
「あーあ、あんた、泣かしちゃったね」
アンが夢香の肩を抱いて慰める。
「違うわよ、夢香、それはアンのせいだわ。アンの日頃の行いが悪いから、神様がアンにペナルティを与えているのよ」
そい言うと、アンは「ふえーん」と泣きだしてしまった。
そんなアンを夢香は抱き返し、一緒に声を上げて泣くのだ。
明美がまた俊の右肩を小突いて怒った。
「おい、俊コーチ、うちの大切なアンと夢香を、どれだけ泣かせたら気が済むと? 今度泣かせたら、あんたのそのお腹を切り裂いて、中の腸をぜんぶ引っ張り出して、肉屋さんに売ってやるけん、覚悟しとかんねよ」
キャプテン留美も、俊の左肩を突いて注意した。
「おうおう、ほら吹き俊、今度アンと夢香を泣かせたら、あたいだって承知しないよ。世のため人のため、あんたの血液、注射器で一滴残らず抜き取って、赤十字に寄付してやるからね」
「うん、うん、おいらの腸も血液も、みんなみんな、おまえらにあげるから」
仲間思いの娘たちに、俊は熱く溶けた心を目からポロポロこぼしていた。
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