第45話 黒川と青野 4

「黒川さん、さすがですね。」

青野が感服しながら言った。


「ん、どうした?」

話し終えて、ウーロン茶を飲みながら黒川が答えた。



「事件を迅速に解決した事ですよ。

 そのおかげで会長の命も救われたのかもしれませんよ。」

青野が熱く話した。



「おっ、姫子さんと同じ感想を言ったな。

 さすが青野。順調に成長している証拠だ。」

黒川が嬉しそうに言った。



「まぁ姫子さんは、こう言っていたがな。


 『心理的に追い詰められれば、犯人は強硬な反応になりがちです。

  そうなる前に事件解決を出来た事が、何よりも嬉しいですね。



  今回の事件のターニングポイントは、黒川さんが報道された事ですね。



  その影響で、追い詰める直前まで二人が自由に動けた事。


  黒川さんが銀行に派遣され、私と出会えた事。



  これら全てが、事件を迅速に解決するのに、良い方向に働いたんだと思います。』

だとさ。



 俺が左遷された事が、良い方向に働いたなんて発想は無かったから、聞いた時は驚いたが、姫子さんらしい前向きな考え方だと思わないか。」

黒川が楽しそうに言った。




「黒川さんって、昔姫子さんと何かあったんですか?」



「ある訳ないだろ!

 青野、お前何を言ってくるんだ。



 姫子さんはな、昔はちょっと思わせぶりな発言が多かった。


 それを若かった俺が勘違いして、一人で緊張していた…。ただそれだけなんだよ。




 大体、姫子さんのような人が、俺のような凡人に特別な感情を持つ訳がないだろ。」

黒川は、そう言うとグラスに残っていたウーロン茶を一気に飲み干した。





 (黒川さんは、凡人なんかじゃないですよ!


  姫子さんだって、絶対そう思っているはずです。




  …でも、もしもそう言ったって、照れて否定するだけなんだろうな。




  まぁ、いいか。


  やっぱり黒川さんだって事だ。)




 青野は、黒川が飲み干したグラスを見た後、黒川の方を見てニッコリと笑った。


「黒川さん、話してくれてありがとうございました。」

青野が言った。


 

「おう、ちゃんと約束したからな。」

黒川も笑いながら答えた。





「ジリリリリリン…!」

突然、黒川のスマホが鳴った。



「なんだ、なんだ。

 話が終わるのを待っていやがったのか?



 やっぱり課長からだ…。


  はい、黒川です。


  はい、はい…。


  分かりました、これからすぐに戻ります。」

黒川は、課長との通話を終えると、青野の方を向いた。




「すまん、青野。

 どうやら提出した書類に不備があったらしい。


 俺は今から戻る。

 お前は、今日は帰ってゆっくり寝ろ。」

そう言うと、黒川が席を立った。



「手伝いますよ。


 だって黒川さん、パソコン苦手じゃないですか。」

青野はそう言うと、一緒に席を立った。



「せっかく課長がくれた時間が、無駄になっちまうぞ。」


「黒川さんとの時間は、無駄じゃないです。」



「そうか…、好きにしろ。」

黒川は、嬉しそうな顔をしながら先に歩き出した。




「あっ、支払いをしてから、すぐに追いかけます。


 先に出ていて下さい。」

青野が財布を取り出して、レジの方に向かおうとした。



「ん?支払いなら、もう済んでいるぞ。」

そう言うと、振り返りもせずに黒川は出口の方に歩いて行った。



「一体いつ支払ったんですか!」



  …あっ!さっきのトイレの時ですね。



  いつも黒川さんのおごりじゃないですか!

  もう…、今回は僕が払うって約束したのに…。」



 「ははは…、お前にはまだ早い!


  まぁ、そのうちな。」




店を出ると、黒川と青野は並んで戻って行った。

その二人の頭上には、美しい桜の花が満開に咲いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして桜は花開く《姫子の事件記録<番外編>》 紗織《さおり》 @SaoriH

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ