エピローグ
第44話 喫茶店の二人
剛社長と西塔先生の睡眠薬の大量投与を刑事事件として取り扱う事が決定してから数日後、黒川はいつもの喫茶店で姫子と待ち合わせをしていた。
二人はもう定番となった店の奥のテーブル席に座り、珈琲を頼んでいた。
「純情さん、色々どうもありがとうございました。
剛社長が西塔先生に依頼して、意図的に睡眠薬を多く入れた薬を理会長に飲ませるようにしていたのは、まさに純情さんが推理した通りでした。
ただし、色々と諸事情がありまして、今回の事件は立件することなく、恐らく不起訴処分の扱いになる可能性が高いと思われます…。
まず、被害者の会長自身が事件とする事を拒んでいるんですよ。
昨日なんて、
『残っていた薬にたまたま睡眠薬が多かった物があったのは確かなようだが、私が飲んだ薬は普通のものだった。
あの日私は、過労で倒れたんだ。
そして十分な体力回復の為に、西塔先生が睡眠療法を行った。
それだけの話だ。』
なんて言い出したんですよ。
全く、ご兄弟の事を話して下さった時は、いい父親だと感動していたというのに、本当に困ったもんです。
そうそう、その会長の話は、こんな感じだったんです。
『苗字が変わるという事にこだわり過ぎた自分のせいで、家族がずっとバラバラになってしまっていた。
光が普通に結婚して家を出ただけだったら、ここまで家族の仲はギクシャクしなかっただろう。
全て自分の責任なんだ。
これからは、光も光の家族も桜井家の人間と同じように接していきたいと思う。
そして、剛・光の双方にも伝えた事だが、これからは二人が協力して桜井コーポレーションを背負っていって欲しい。
あの時私が結婚の祝福さえ出来ていたら、きっとなっていた二人の本来の姿のはずだからな…。』
こんな話を軽く目に涙を浮かべながら、話して下さったんですよ。」
「そうですか。じゃあ、黒川さんのおっしゃる通りだと思いますよ。
会長は、ご家族が本当に大切なんです。
だから事件も否定している…。
ちゃんと一貫性があるじゃないですか。」
姫子が楽しそうに言った。
「そんな、楽しそうに話す事じゃないですよ。」
黒川が困ったように言った。
「何をそんなに困っているのですか?
黒川さん、光さんがどうして娘さんの名前を『桜』、そしてホームの名を『桜園』にしたのかって話、覚えていますか?
どんなに離れていても、そして苗字が変わった今でも、いつでも桜井家の家族の事を忘れず、大切にしたいと思っていた光さん夫婦の気持ちの表れだそうですね。
その思いが両想いになったんですよ。
それに理会長は順調に回復されて、もうすぐ退院されるそうです。
桜井家は、長年の冬の時代が終わって、これからようやく春を迎えるんですよ。
そして黒川さんを中傷した放送は、きちんと訂正する放送が行われた。
左遷人事の話も無くなって、また捜査一課でバリバリとお仕事をされる毎日になった。
これって結構大団円の解決じゃないですか?」
姫子はジッと黒川を見つめながら、明るく話していた。
普通に話す事は緊張しなくても、やはりジッと見つめられるとまだ緊張してしまう黒川は、少し照れながら頷いた。
「そうですね…。
それにしても、こうして純情さんとこの喫茶店で話をするのも、なんだか定番のようになってきましたね。」
「ふふっ…、確かに喫茶店と言えばこのお店と決まっていますが、基本的には、私は自分で入れたオリジナルブレンドの珈琲の味が一番の好みなんです。
黒川さんも、今度私の珈琲を飲みにいらっしゃいますか?」
姫子がたずねた。
「えっ!
ご招待して下さるんですか?」
黒川が慌てて答えた。
「ええ、ぜひいらして下さい。
あの…、実は私、この事件が一段落したら、黒川さんにお話しようと思っていた事があるんです…。
お話しても、よろしいですか?」
「純情さん…、ど、どうぞ。」
黒川は、柄にもなくドキドキしていた。
「ありがとうございます。
今回お手伝いをしていて、分かった事があるんです。
私、推理をして黒川さんの事件解決のお手伝いをする事が好きみたいです。
だからこれからも何かあったら、いつでも相談して欲しいんです。」
姫子が言った。
「ああ…、
だから次の事件の話をする時は、純情さんの珈琲を飲みながら…という話ですか?」
「その通りです。」
姫子がニッコリと笑って言った。
「そしてこれからは、私の事は、どうか『姫子』と名前で呼んで下さい。」
「えっ、名前で!?」
一度は拍子抜けしていた黒川の期待が、またもや高まった瞬間…
「はい。
私、苗字で呼ばれるのが実は苦手なんです。
初対面の方にそんなお願いをするのって、なんだか恥ずかしくって…。
でもこれから黒川さんとはずっとお付き合いしていく関係なのですから、やはりちゃんとお願いしようと思っていたんです。」
姫子は笑顔で言った。
「そうですか…
分かりました、姫子さん。
これからどうぞよろしくお願いします。」
黒川は少し大きな声で答えた。
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