第22話 会議室での攻防
黒川は、男性と共に銀行まで戻って来た。
行内を見回すと、業務課長と窓口の順番を待っていた女性の姿が無かった。
という事は、取引を中止して、黒川の指示通りに業務課長と女性が、会議室に移動しているはずであった。
黒川が、足早に男性と会議室へ移動しようと行内を歩き始めた時、
「お巡りさん、私がこの事件に気が付いた理由が、お役に立つかもしれません。
ですから会議室に同行させて下さいませんか。」
先程話しかけて来た女性が、黒川を呼び止めるように声を掛けて来た。
「えっ、なぜ私が警察の者だと知っているのですか?
そして、今会議室に向かっている事も…。
業務課長と私が話していたのを聞いていたのですか?」
驚いた黒川が答えると、
「それは、後でお話致します。
会議室に急ぎましょう。業務課長さんが待っているのですよね。」
女性は微笑み、黒川を会議室に移動するように促した。
コン、コンッ。ガチャ。
会議室の扉をノックした後、黒川は扉を開けた。
「失礼します。」
黒川が、男性に部屋の中へ入るよう促しながら、その後会議室へ入った。
そして、そのすぐ後ろから女性も続いた。
「そちらの女性は?」
業務課長が、黒川と共に入って来た女性の姿を見て、聞いてきた。
「失礼致します。
私は、
この事件でお役に立てる事があるかもしれないと、無理を言って同行させて頂きました。
こちらの方で話を聞かせて頂きますが、どうぞ私を気になさらず、始めて下さい。」
姫子は、言い終わると会議室の脇の方に立った。
「佐藤さん、勝手をしてすみません。
実は、純情さんが私に、この事件を教えて下さったのです。
ですから、どうぞ同席を認めて下さい。」
黒川は、業務課長に姫子の事を正直に紹介した。
「そうでしたか。
純情さん、どうもありがとうございました。
先程手続きを中止した後、ご子息の会社に連絡して頂き、無事も確認してもらいました。」
佐藤課長が嬉しそうに報告をしてくれた。
「本当にどうもありがとうございました。
息子が交通事故を起こして、示談金をすぐに相手に払わないと逮捕されると聞いて、すっかり動揺しておりました。」
話を聞いていた女性が、座っていた席から立ち上がって、姫子に礼を言った。
「あっ、いいえ…。」
姫子が答えていると、
「なぜ僕がここに連れて来られたんですかね、刑事さん。」
男性が、話に割り込みながら言った。
「なぜだと!今更しらを切るつもりか。
お前さんが、この女性に連絡をして、指示をしていたんだろう。」
黒川が言った。
「僕が?」
「ああ、そうだ。
お前はずっと銀行の外から、この女性の様子を見ていたじゃないか。」
「何を言っているんだ。
別にその女性なんか見ていなかったよ。
僕は、たまたま銀行の方を見ていただけだよ。
そしたら、急にあなたが来て、こんな所まで僕を連れて来たんじゃないか。」
「声を掛けられたら、驚いて逃げだそうとしたくせに、何を言っているんだ。」
「急に怖い顔のあんたが近くに来たから、驚いただけだ。
大体、僕を犯人だと言う証拠があるのか?」
「証拠だと!」
黒川が、一瞬言葉に詰まった。
「ええ、当然です。」
姫子がすぐさま答えた。
「お二人のお話中に、突然すみません。
私も会話に入ってもよろしいですか?」
姫子が黒川の方を見て話し掛けていた。
「ええ、どうぞ。」
不意を突かれて、少しきょとんとした顔のまま黒川が答えた。
「それでは、お話を引き継ぎます。
では、あちらの女性にお話を聞かせて頂いてから、お答えしますね。」
姫子がゆっくりと話し始めた。
「すみません、息子さんを名乗る男性は、どのように連絡をしてきたのですか?」
「自宅の電話に連絡をしてきました。」
「それは、いつも息子さんから掛かって来る電話番号でしたか?」
「いいえ、事故を起こして携帯が壊れてしまって、その事故の相手の方の携帯を借りて掛けている所だと言っていました。
『大事な取引先に向かっている途中だったのに、このままでは警察に連絡されてしまう…。
こんな所で時間を掛けていたら、もう取引に間に合わない…。
このままでは、契約が駄目になってしまう…。』
と息子がとても慌てていました。
そしたら、そこで電話が事故の相手の方に変わったんです。
相手の方は、最初はすごく怒っていました。
ですが話をしているうちに、すぐに示談金を払うなら、特別に許してくれると言ったんです。」
「だから、慌てて銀行にお金を下ろしに来たのですか?」
「そうです…。」
「おいおい、僕に関係のない話は、僕のいない所でやってくれないか?
証拠も出て来ないし、帰らせてもらうよ。」
男性が話の途中で、声を大きくしながら言った。
「いいえ、関係あります。
今の話に出てきた、後から変わった電話の相手というのが、あなたの事ですよね。」
姫子が言った。
「何を言っているんだ。
僕がそんな電話を掛けたという証拠が何処にあるんだ。」
男性が声を荒げて言った。
「『証拠』ですか。
それは、ずっとごご自身で持っているじゃないですか。
あなたの携帯電話が、この女性に連絡をしていた電話ですよね。」
姫子は断言した。
「すみません、先程窓口の順番を待っている間に電話を受けていましたよね。
その電話番号に、今から掛けて下さい。」
姫子が女性に電話を掛けるようお願いした。
女性が携帯電話の着信履歴の相手に電話を掛けると、男性のポケットの中の携帯電話が鳴った。
姫子が静かに話を続けた。
「聞くつもりは無かったのですが、静かな銀行内でしたので、
何故か電話の相手は、もうすぐお金を受け取る彼女の状況がちゃんと分かっているようでした。
ですから、私は周囲を確認して、銀行の外に居たあなたの事を見つけたのです。」
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