第20話 昼休みを迎えて
「それにしても、銀行に来る高齢者の人数って、思った以上に多いんですね。」
昼休み。
黒川は、業務課長と食事をしながら話をしていた。
「ははは…。
午前中に声掛けをする人数が多くて、大変でしたか?
お疲れ様でした。
でも、黒川さんが熱心に声を掛けて下さっていたので、私は随分助かっていました。どうもありがとうございます。
黒川さん、実は今日、年金の支給日なんですよ。
だから年金を下ろしに来る為に、ATMや窓口に来店するご高齢のお客様の人数が、いつもよりも多いんです。」
「そうですか、いつもより多かったんですね。
銀行にもスーパーの特売日のような混む日なんてあるんですね。」
「ええ、もちろんありますよ。
『
毎月、日の一の位が0や5が付く日にち、つまり5日・10日・15日・20日、25日・月末がその日に該当します。
日本では、その日は企業間の決裁が多く設定されているんですよ。
給料日や賞与等の支給日としても多いですしね。
決裁は、手形を用いた契約が減って、今でこそ銀行振込が大半になったので随分緩和されましたが、それでもやはり窓口が混雑する日なんですよ。
その日の決裁の確認をする為に、通帳記帳をされるお客様や、直接現金を振込に来店するお客様が多いのでしょうね。
ですから、そういった経済の動きの影響で、渋滞もその日は起こりやすいと言われていますよ。
ウチの営業の者達も、その日の移動時間は多めに考えて、注意して行動していると話していました。」
「へぇ~、決まった日に車が混むなんて、考えた事ありませんでしたよ。
貴重な情報を、ありがとうございます。」
黒川が笑顔で礼を伝えた。
「そんな、わざわざお礼を言っていただくような話では…。
ありがとうございます。
では、そろそろ営業場に戻りましょうか。
少しは落ち着いてくるとは思いますが、午後も頑張りましょうね。」
業務課長は、黒川の話に嬉しそうに答えながら、席を立った。
黒川は、業務課長がATMの操作方法を丁寧に教えている様子を見ていた。
すると黒川の後ろから、一人の女性が声を掛けて来た。
「すみません、ちょっとお話が…。」
澄んだ優しい声だった。
黒川は、突然話し掛けられて少し驚きながら振り返ると、そこには笑顔の美しい女性が立っていた。
「あの…、何かご質問でしたら、後であちらの係の者が応対させていただきますが…。」
黒川が、その笑顔の女性に見つめられて、緊張しながら答え始めると、
「いいえ、あなたにお願いしたい事があるんです。」
女性は、はっきりと黒川を指名した。
「えっ!」
驚く黒川を収めるような仕草をしながら姫子は話を続けた。
「あちらの席で窓口の順番を待っている女性がいますよね。
どうやらあの女性は、銀行の外にいる男性から電話で指示をされているようです。
その男性というのは、あの人です。」
彼女は、銀行の外に立つ男性に気付かれないように気を配りながら、目線のみで黒川に男性の場所を知らせてきた。
彼女の視線の先には、一人の男性が立っていた。
その男性は、右手に携帯を持ち、確かにその男性の視線は、ジッと席に座る中年女性を見つめていた。
「詳しい話は、後から致します。
どうか今すぐ、あの女性に取引を中止するように言って下さい。
そしてお金が必要なご家族の会社に連絡をするように言って下さいませんか。」
黒川を見つめながら、その話をする彼女の顔は、真剣そのものだった。
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