第16話 忍び寄る影

 帰り支度を済ませ、桜さんが特別室を出ようと扉を開けると、その入り口を塞ぐように一人の男性が立っていた。



 「すみません、こちらは桜井会長のお部屋ですよね?」

 男性は、桜さんに話し掛けてきた。

 そして、彼の手には、マイクが握られていた。



 「えっ、何ですか!」

 桜さんは、突然部屋を出るなり顔の前にマイクを向けられ、当惑した表情で思わず立ち尽くしていた。



 「あなたは、なぜこの部屋から出てきたのですか?


  特別室の面会簿の名前が桜さんで、同じ『桜』を使用した名前でしたが、桜井会長と何かゆかりでもある方なのでしょうか?」

 男は桜さんへの質問を続けていた。



 「君、いきなり失礼じゃないか。」

 桜さんの困惑している状況を見て、黒川がとっさに男と桜さんの間に割って入って来た。



 「おっと?


  あなたこそ誰ですか?


  なぜ面会簿に記載されていない人間が、部屋の中から出てきたのですか?」

  男が黒川に矛先を向けて来た。



 「あなたの態度は突然で、相手に失礼だとは思わないのか?


  とりあえず、前を開けなさい。」

  黒川が毅然として答えた。



 「あなたの方こそ下がって下さい。


  突然しゃしゃり出て来て、私の取材の邪魔をしているんですよ。



  桜さん、答えて下さい。

  答えないならこちらから言いましょうか?


  あなたは、桜井会長のお孫さんだそうですね。



  具合が悪くなった会長に急接近して株を上げて、遺産を貰おうとでも思っているのですか?」

  男は黒川を横に避け、桜さんへの取材を続けようとした。




 「いい加減にしなさい!」

  黒川は、男の桜さんに向けるマイクを持つ手を掴んだ。



 「あんた、何をするんだ。


  暴力を振るうなら警察を呼ぶぞ。」

  男が声を荒げた。



 「警察を呼びたいのか?」

  黒川が言った。


 「ああ、そうだ。


  悪い奴は警察に捕まるべきだからな。」

  男が言った。



 「そうか。


  それじゃあ、君を未成年者への恐喝未遂の現行犯で逮捕しようか?」

  黒川が警察手帳を取り出しながら答えた。





 「警察手帳。


  あんたが警察官。



  …そうか、そういう事か。

  会長についての匿名電話があって、警察が動いているという噂は本当だった訳だ。




  会長が入院している病院にまで来て、勝手に会長の身辺を捜査しているのか。


  面会簿に名前を記載していなかったのに、病室から出てきたのがその証拠だよな。

  こいつは、とんだ問題行動の現場を目撃させてもらったな。


  刑事さん、この捜査については、きちんと責任を取ってもらいますからね。」

  男は不敵な笑みを浮かべた。








  翌日の朝。

  テレビの情報番組で黒川の事が放送された。



  放送された映像は、病室に入って行く黒川の後ろ姿から始まった。


  次に画面が切り替わると、正面を向いた黒川のアップの映像が映し出された。

  その手には、警察手帳が握られていた。


 「警察手帳。


  あんたが警察官。



  会長が入院している病院にまで来て、勝手に会長の身辺を捜査しているのか。


  面会簿に名前を記載していなかったのに、病室から出てきたのがその証拠だよな。


  こいつは、とんだ問題行動の現場を目撃させてもらったな。


  刑事さん、この捜査については、きちんと責任を取ってもらいますからね。」


  この映像の後に、報道記者と名乗って昨日の男性が画面に登場した。


 「私がこの記事をスクープしました。」

 そう言いながら、彼は高揚した顔で黒川の捜査の違法性を説明していた。


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