第2章 三人協力、パワー全開!

第13話 『魔女』たちの夜、女子会1

――マルガレッタ6月号

  『君と過ごした終末』最終回


 俺たちは街を一望いちぼうできるがけの上のベンチに座った。街の外れに見えるはずの水平線は途中で途切れて終わり、暗闇くらやみが広がっていた。風景の切れ目にしては不自然なほどにぐな境界線きょうかいせんが伸びているようだ。


 目をらして境界線を見ると徐々にせまってきている気がする。セカイと真っ暗闇の境目である境界線が私たちのいる場所を飲み込んだ時、俺たちがいるセカイの崩壊ほうかいは完了するのだろう。


 だが崩壊はこのセカイにとどめることで並列へいれつして存在すると云われる同じようなセカイたちは救われるのだ。俺はこのセカイを犠牲ぎせいにして並列するセカイを救う選択をした。


 そう。俺とハルが幸せに生きる『奇跡きせきの可能性』をめた、数多あまたの並列するセカイを救うために。


 俺はハルのふるえる手を握り締めた。病魔びょうまおかされてせ細ったハルの小さな手は本来の大きさよりも更に小さく感じられた。


 おびえるハルを安心させるために精一杯せいいっぱいの笑顔を向けて問いかける。


「なあ、ハル。生まれ変わったら何になりたい?」

「アキラ……、人間は生まれ変わることなどない。死ねば燃やされ灰になって消えていくだけだ」

「だから例えばの話だろ。消えてなくなる、そんなことはアホの俺でも分かっているさ」


 最初から最後まで冗談の通じないヤツだった。おっとまだ過去形にはできないが、もう少しで過去も未来も崩壊して無くなるのだから細かい話はどうでも良いことだな。


「もし……、もしもの話だ。生まれ変わることができないとしても、並列する別のセカイに移ることができるのならば……」

「移るなら?」


 俺の問いかけに顔をしかめ、鬱陶うっとうしそうに長い髪をかき上げて耳の後ろに寄せる。察しの悪い俺を冷笑するように鼻で笑うと、


「そのセカイでお前を探し、出会い、そして永久とこしえに愛し合うのだろうな……

 おい、アキラよ。ワタシにこれだけ云わせれば満足か?」

「悪くないよ、ハル」


 ハルは照れ隠して顔を見られないように俺の肩に頭を乗せてきた。ハルの肩に手を回すと優しく引き寄せる。


 そんな他愛たあいもない話をしているうちに暗闇との境界線は俺たちのらした街を飲み込み始めていた。ゆっくりと、しかし確実に闇に飲まれた建物や道路、その他の構造物は消えていく。まるで消しゴムで消したように風景が消えていくのだ。


「もしもの話の続きだけど」

「……うん」

「君の寿命があと少し保つのだったら『終末装置しゅうまつそうち』を起動したのかな?」

「それならば寿命の終わりが見えるまでお前と一緒に過ごしたさ」

「そうか……」


 高校の入学式、ハルとアキラが始めて出会い、喧嘩けんかになった日。

 二人して同じ捨て猫を育てていたことが分かった日。

 土砂降りの雨に流されて猫がいなくなったことに気付いた日。

 バイクにタンデムして海まで行って叫んで寝転ねころんで砂まみれになった日。

 付き合い始めて知った幸せな日々。


 そしてハルの寿命を知らされた日……


 そして俺は運命にもてあそばれることで並列セカイの存在に気付かされた。その運命が『終末装置』を具現化させ、選択を迫られ、そして……



――夕食後、野伊間のいま

  詩芙音しふぉんの部屋


「……優ちゃん、智優ちゆちゃん!」

「ダメだ、智優ちゃんの反応が無い」

「まあ、楽しくて夢中なんだろうからそっとしておこうよ」

「そうだね〜。あ、きのこの山、食べる?」

「うんうん、食べる〜」


 先ほどからマンガに夢中で周りの音が耳に入ってこない鈴偶りんぐう智優ちゆ他所よそにお菓子を頬張ほおば神埼かんざきしおり野伊間のいま詩芙音しふぉんがいた。そして洋タンスの上に昇り三人をながめる黒猫ロム。


 ◇◇◇


 M県翔北市しょうほくし新興住宅街しんこうじゅうたくがいから少し離れた閑静かんせいな場所。ニュータウンの住宅が建つ前からきょを構える大きな家がポツリポツリと建つような場所に、野伊間家は古くて大きな家を借りて住んでいた。


 野伊間詩芙音の父親、重陽ちょうようは大学で地質学の研究者として働いていた。1昨年前から微震びしんが続くM県の地震源じしんげん、翔北市に着目し、大地震へつながる予兆よちょうを調べる目的で翔北市へ短期の引っ越しをした。


 翔北市はニュータウンが広がる人気の街だが新しい家が建ち並ぶ反面、賃貸ちんたいできる住宅が非常に少なく、仮に在ったとしても引っ越しには季節外れの時期に空き部屋を見つけることは困難だった。


 重陽が苦労して見つけたのが市街の外れにある古い屋敷。1家族が住むには広すぎる庭。一人一部屋を割り当てても余るほどの部屋数。一般家庭には不釣り合いな調度品ちょうどひんを備えたリビングとダイニング。


 何も知らないはずの父親が借りた家は、意図いとせずして『魔女の館』に相応ふさわしいたたずまいの屋敷だった。



――金曜日の放課後、日が落ちかけた夕方


 今晩は野伊間家に集合して念願だった女子会のお泊りの日。


 ぴんぽん、ぴんぽん、ぴんぽーーーん


「智優ちゃん、一回押せば伝わると思うよ。行儀ぎょうぎが悪い……」

「えー、家が大きいから聞こえづらいんじゃないかと思って」

「家が大きいからって何回も鳴らせば聞こえるものじゃないでしょ??」

「な、何だか栞ちゃん、お姉ちゃんみたい!うちの兄貴を返品して栞ちゃんと交換したい!」

「もー、かけるさんも私もモノ扱いじゃない!」


 栞に文句を云われて表現のまずさにハッと気付いて慌ててプルプルと否定する智優だった。プルプル、プルプル。


「はーい、ようこそだよ〜」


 粗忽者そこつものの智優が苦しい弁解をしているうちに屋敷の扉が開き、詩芙音が門まで迎えに来ていた。


「詩芙音ちゃん、ハンパ無いでかさの家だね!」

「もう智優ちゃん、言葉がダメダメだよー。ゴメンね、詩芙音ちゃん。智優ちゃん、悪気はないの……」

「いいのいいの、(一心同体で)知ってるから大丈夫!さあ、入って〜」

「ん、あれれ??」


 釈然しゃくぜんとしない智優を左右から引っ張って野伊間家へ入っていく三人だった。


 玄関の扉をくぐると小ぢんまりしたエントランスが迎えてくれる。正面には幅の広い階段、右手にはリビング&ダイニング、左手にはバス&ランドリー。日本のサイズに合わせているためか、一つ一つの部屋はそれほど大きくは無いが、それでも一般的な家庭の家とは比べ物にならないほどの広さを感じる空間だった。


「詩芙音ちゃん、家!すご!すごー!!」

流石さすが旧華族きゅうかぞく邸宅ていたくだわ…… まるでお姫さまになった気分」


 驚きのあまり目を丸くして口が開きっぱなしの智優とあこがれの溜息ためいきが止まらない栞。女の子の憧れを具現化したかのようなお屋敷に胸がおどる二人だった。いや智優は……、『男の子の憧れ』に近い羨望せんぼう眼差まなざしといった方が適切か。


「今晩、お父さんは帰らないから存分に夜更しできるよ」


 二階に上がり詩芙音の部屋にお邪魔する二人。部屋の中にいた黒猫ロムが歓迎するかのようにナーナーと鳴いていた。


(よく来たの、ボンヤリ王子と姫様よ!)


「ボンヤリしてない!!」

「え、急にどうしたの?智優ちゃん??」

「いや、いま失礼なことを云われた気がして」

「やだな、誰も何も云ってないよー」

「そ、そうなんだけどさ。あの黒猫がね……」


(反応だけは一人前だの。くっくっく!)


 黒猫とにらめっこしている智優を放っておいて旅行カバンを下ろす栞。


「ほら、黒猫さんと遊んでないで夕飯の準備しようよ、智優ちゃん」

「わー、それ!美味しそうな香り!!」

「今晩は鈴偶家と神崎家のおかずフルコースだよ!」


 お互いの家から運んできた重箱を持って1階のリビング&ダイニングに降り、テーブルに夕飯のおかずを広げる栞と智優。その間、取り皿やコップの準備をする詩芙音。

 おかずが並んでご飯を盛り付けたら準備万端!


 両手を合わせて、せーの!

「「「いただきまーす」」」


「私、あんまり沢山たくさん食べられないから、ゴメンだよ。あ、この玉子焼き、ほんのり甘くて美味しいね!」

「いいのいいの、詩芙音ちゃん。沢山食べる人ならココにいるから」

「むぐむぐ!!」

「ほら、一気に食べるとのどまるよー」


 口一杯に鳥の唐揚げとご飯を詰め込んだ智優の顔がみるみるうちに青くなる。息ができないくらい詰め込んで酸欠さんけつになっているのだ。


 ヤンチャ坊主のお世話をするように水をんできて智優に渡す栞。かたわらで二人のコンビネーションを楽しむ詩芙音。


 普段は広い家で一人寂しく食べる夕飯も三人がそろうとこんなにもいろどられ、食事を美味しく感じるのだ。このような感動もすべからくグリモワールに残していく、それが『ロジックの魔女』たる詩芙音の使命。



 新作グリモワールの次ページが創出される日は近い……

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