第14話 『魔女』たちの夜、女子会2

 夕飯の食べ過ぎで動けなくなった智優ちゆを休ませているうちに詩芙音しふぉんしおりはキッチンの勝手が分からないところの説明を受けながらもテキパキと作業を進めていく。


 普段ふだんはお姫様ひめさまのような振る舞いの栞だが家事かじは得意な様子。そして詩芙音も父親が仕事で夜遅いせいか、一般的な家事には慣れているよう。二人で手分けして食器を洗ったり、いたり、片付けていった。


「うーーーん、もう食べられないよ〜」

「もう、智優ちゃん。欲張って食べ過ぎるから……」

「だって、栞ちゃん家の唐揚げ、醤油しょうゆとニンニクの味が染みててめっちゃ美味しいんだもん。食べ過ぎちゃうよ〜」

「お母さん、智優ちゃんが食べるだろうって、いっぱい揚げたんだよ!」

「うーー、められた〜」


 くやしがってジタバタする智優。でも本当は自分の好みを覚えてくれていた栞ちゃんのママに感謝感激かんしゃかんげきなのだ。


「ほんと栞ちゃんのおかず、美味しかったよ!智優ちゃん家の煮物にものも最高だよ!私ね、普段のご飯をスーパーとかコンビニのお惣菜で済ませているから二人の料理、うらやましい!」

「ありがとう、詩芙音ちゃん。今度はうちに遊びに来て!そうしたら温かいうちに食べられるからさ」

「うん!でも私は何も……

 そうだ!お父さんに教えてもらった料理を作って持って行くね!」

「いいよ〜、気をつかわなくても。ちなみにどんな料理なの??」

甘酸あまずっぱくてからい玉ねぎの漬物!」

「!!!」


 顔面蒼白がんめんそうはくになって手が止まった栞の表情には気付かずに食器を片付ける詩芙音だった。好き嫌いは良くない。



――夕食後、詩芙音の部屋


 部屋に入り、まったりとする二人。

 今度は今まで休んでいた智優が活躍かつやくする番。


 ずは寝床ねどこづくりと智優が率先そっせんして他の部屋から来客用の布団を詩芙音の部屋に運ぶ。続いて折りたたみのテーブルと椅子いすを運んで女子会の会場は完成だ!


 智優と栞は旅行カバンを開いてオススメのお菓子、マンガ、ゲームを取り出し、テーブルに並べていく。


 意外にも栞はジャンクなお菓子が好きなようでポテトチップス、きのこの山、はじけるキャンディなどが飛び出してきた。


 一方、智優のオススメは……

 かたいせんべい、どら焼きなど。し、渋い。


「智優ちゃん、例のマンガ読む?」

「あー、『マルガレッタ』ね!?読む読む!」


 ちょっとだけ大人の少女マンガが多い『マルガレッタ』の6月号を開くと最初はバツが悪そうにモニュモニュしながら読んでいた智優だったが、しばらくしてまわりの声も届かないくらい没頭ぼっとうし始め、別世界に行ってしまった始末だった。


「智優ちゃん、お風呂とシャワー、どっちが良い??」

「……」

「ダメだ、返事がないよ」

「普段、お兄さんの少年マンガばっかり読んでるから斬新ざんしんなんじゃない?」

すごい集中力だよねー。他の何も見えてない感じ」

「夢中になると周りが見えなくなる王子様、カワイイ」

「だね。カッコ良いけど、カワイイ王子様」

「最強じゃない?」

「うん、最高!!」


 智優から何も反応が無いことを良いことに勝手なことを云い合う二人だった。


「でもさ、智優ちゃんって。意外と……すると可愛いと思うんだよね」

「それは思う!だって素材が良いもの」

「うーん、一度……させてみたい!」

「じゃあ、こういうのはどう?」


 『ロジックの魔女』と魔女のごとき知恵者ちえしゃ悪巧わるだくみに気付かない智優だった……


「にゃーーーん」

(そら、ボンヤリしておるではないか)

頭上から聞こえる黒猫ロムの鳴き声にも気付かず、ツッコミ返しを忘れる智優だった。



 無言でマンガに没頭する智優をほったらかして女子トークに盛り上がる栞と詩芙音。やがて二人はシャワーを浴び終わりパジャマに着替え、夜更しの準備は万端。


「よくさ、きのこの山派とたけのこの里派が分かれてどっちが美味しいって議論するよね?」

「するする!」

「美味しければどっちでも良いって思っちゃう」

「だよね〜。甘くて美味しければどちらも一緒!」


 ケタケタ笑う二人のかたわらでロムがにゃーにゃーとあいづちを打っているようだった。


「甘ければ好物。

 きのこの山は甘い。故に好物!」

「たけのこの里は甘い、故に好物!」

「「だったら同じ!!」」


 あの事件以来、すっかり仲良しになった栞と詩芙音。元々、女子力の高い二人は波長を合わせれば向かう所敵なしの親友となっていったのだ。


 とはいっても手放しに波長が合うわけは無く、波長を合わせるキッカケが必要。そのキッカケがみんなの王子様キャラ、智優だった。


「ね、ねぇ!智優ちゃんが泣いてるよ!!」

「え!?そんなに??」


 涙で嗚咽おえつが止まらない王子様、智優が文句を云う。


「う、うるさいな〜。良いところなんだから水を差さないでよ〜。えぐえぐ」


 目からあふれる涙をこすりながら鼻をすする王子様。鼻水をなびってしまい顔がグシャグシャになっていた。


「ねえ、智優ちゃん。こんなことを云うのはアレだけどヒドイ顔になってるからシャワーを浴びて顔を洗ってきたら?」

「えっ?シャワー??」

「そう、シャワー。私も栞ちゃんも先に浴びちゃったから後は智優ちゃんだけだよ〜」

「し、知らぬ間に置いてきぼり……」

「あは☆

 私たちのこと無視して周りが見えないくらい独りで夢中になっている方が悪いんだよ」

「ひ、ヒドイ……」


――智優がシャワーを浴びた後、

  再び詩芙音ルーム


「ねえ、智優ちゃん!」

「はー、さっぱりした〜。良いお湯加減でした!」

「ねえ、智優ちゃん!!」

「え?あれ?何々??」

「女子会って可愛いパジャマが必須なんだよ……」


 だぶだぶのTシャツに灰色のスウェットをく智優はどう控えめに見ても「男子」そのものだった。


「えー、このTシャツ可愛いでしょ!?『ご飯』の絵に『パン』のロゴ文字。間違ってるじゃん!ぷぷぷ」

「……ダメだ。期待しちゃダメだ。女子会の雰囲気が台無し」

「まあまあ、気長に行こうよ栞ちゃん。夜は長いよ?」


 満面のドヤ顔で変なTシャツの自慢する智優の横にパステルカラーに彩られたパジャマで首を横に振る栞と、耳付きフードを被ると猫又に化けられるパジャマの詩芙音がいたのだった。



「ねえ、みんなでできるゲームをやろうよ!」

「やるやる!マリカー?スマブラ?」

「もう!詩芙音ちゃん、ゲーマーだからテレビゲームだと勝負にならないじゃん。だからトランプにしておこうよ」

「いいね!やろうやろう!私、テレビゲーム以外も得意だよ」


 詩芙音ちゃんの暗いやみの底のような瞳が怪しく輝いたような……


 最初のゲームは智優の提案に従ってスピードとなった。しかしながら反射神経はんしゃしんけいが勝負のスピードでは智優が圧勝あっしょうして勝負にならずブ〜垂れる二人。


「よし、これでラスト!」

「えー、また智優ちゃんが勝っちゃったじゃん……」

「そうだよ〜、手加減できないの??」

「手加減できなくてゴメンね、ゴメンね〜」


 ……ふっ!☆

 ……あは!☆


「ねえ、智優ちゃん。そろそろゲームを変えようよ。そうね〜、シンプルにババ抜きなんてどう?」

「イイネ、イイネ!ババ抜きだろうとジジ抜きだろうと何でもやるよ!!」


(ふむ。ボンヤリ子が調子に乗っておるな。ここらで何か起きるのかの?)



――場風の変化に気付かない智優


「いやー、ババ抜きも強いね、智優ちゃん」

「でしょでしょ?トランプだったら任せてよ!」

「うーん。このままじゃ面白くないからけをしない?」

「えー、良いけど私勝っちゃうよー」


 軽くまゆを上げる詩芙音にまたたきする栞。


「あと5回勝負して負けた人が1回だけ何でも云うこと聞くの。何でもだよ〜」

「イイネ、イイネ!何してもらおうかな」

「「じゃあ、勝負だ!」」


 1回、2回と勝負が進むにつれて徐々に顔が青くなる智優。それまで勝てていた勝負が全く勝てないのだ。


「お、おかしい……

 ふ、二人とも強過ぎない??

 私のババが動かないんだけど……」

「偶然、偶然!」

「偶然〜」

「ひーん……」


 勝敗が決まる頃にはすっかり意気消沈いきしょうちんして燃え尽きた智優が転がっていた。


「じゃあ、敗者の智優ちゃんには〜」

「罰としてで登校してもらいまーす!もちろん、コーデは私たちに任せてね!」

「ひぃーーーっ!!」


 ニコニコ顔の詩芙音と栞、そして真っ青な顔でふるえる智優。そばにはあきれ顔のロムが目を細めて寝ていた。



――二人が寝た後、日付が変わった深夜


 野伊間家2階のテラスに置かれたテーブルには真っ赤なワインが注がれたグラス。背もたれの高い椅子に座り長い脚を組み、夜空をながめる妖艶ようえんな女。


 真っ直ぐに伸びた髪は床に触れるくらい長く、月の明かりにけて金色こんじきかがやいている。胸元むなもとのスリットは腰近くまで広がり、はみ出すほどの双丘そうきゅうを構えている。頭上には実用性とはかけ離れた大きさの魔女帽子まじょぼうし


 グラスを持ち上げワインを飲み干すと溜息ためいきいていた。


「寝ないのですか、ロムきょう?」

「いやだわ、シフォン。魔女機関カイシャじゃないんだから『卿』なんて付けないでよ」

「失礼。今は執務中の姿かと思い」


 昼間と異なり成熟せいじゅくした女性のような姿の詩芙音はくすりと笑うともう一つのグラスをテーブルに置きワインを注ぐ。


 向かい合って椅子に座り、黙って月を眺める二人の魔女たち。薄いはずのオモテの世界のマナがテーブル付近に集まってきてかすかな光を放つ。まるで高貴な存在をたたえるかのようだ。


「正直云って大ハプニングだったわ」

「私と智優ちゃんが融合したことでしょうか?」

「ええ。予想もしていなかったわ」

「新しいグリモワールが創られる時、ハプニングがき物と聞いています。現にロムの創ったグリモワールは……」


 何か云いかけた詩芙音の言葉をさえぎるように笑い出すロム。触れらたくない昔ばなしのようだ。


「先ほど『フリジアン』第1階位の魔女、メム卿から連絡がありました」

「?」

「『フリジアン』第7階位の魔女、ミルがこちらに向かっているそうです」

「なんですって!?」

「なんでも『シフォン姉さまの手助けをする!』のだとか。仲良くやって下さいね」

「ええい、魔力不足のこの時に!」

「ふふふっ、仲良きかな。ミルの魔力を注ぎ込まれて上書きされないように気を付けることね」


 大きく舌打ちをするシフォンを無視するかのようにさかずきあおるロム。


(くっくっく!そうだ!!

 グリモワールの創出にイレギュラーは憑き物なのだ。何千回、何万回と繰り返しても思い通りになった試しがないわ……)



 ふと床に落ちた♣のJのカードを見る。

(このカードの象徴しょうちょう、ランスロットか……。久しいの)


 ロムは過去をなつかしむように酸味さんみの強いワインを口中で転がしていた。

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