第10話 演算魔法少女、誕生!

 必死に旧校舎の階段を昇る詩芙音しふぉんちゃんと私。いつもだったら余裕よゆうの1段飛ばしもつま先が引っかかってころびそうになってしまう。大人しそうな詩芙音ちゃんはちゅういているかのように軽やかにねて階段を昇っていく。


「ね、ねえ。あれ何なの??」

「分からないよ〜。分からないけど現実セカイのモノじゃないことだけは確実だわ」

「現実セカイのモノじゃないってどういうことー?」

「ほら、黙って昇りなさい!舌をむぞ」


 黒猫のロムから聞こえるおっさん声にイラッとしながら必死に階段を昇り4階に着いた。屋上まで昇っても屋上に出るトビラはかぎが閉まっているから行き止まり。それならばと4階で反対側の階段の方へ走っていった。


 影の化け物が同じ階段を上がってくると考えると逆側の階段から降りれば上手く1階の出口まで行けるはずだ。


 必死に廊下を走っていると横から手が伸びてきてトビラの開いている教室へ強引に押し込まれてしまった。


「いたっ!えっ?詩芙音ちゃん、どうしたの??早く逃げないと化け物に追い付かれるよ?」


 少し息切れして話しづらい状態だったが不意の行動に抗議こうぎするように詩芙音ちゃんに問い掛けた。

 詩芙音ちゃんは息切れもせず冷静な様子だったが、いつものうつろなひとみは黒さを増して見つめると飲み込まれそうなやみに変わっていた。


「アレはダメだわ。私達が逃げても誰も止められない……

 良い、智優ちゃん。私達が撃退げきたいするわよ」

「は?何云ってるの??私達、小学生だよ!あんな化け物と戦えるわけないって!」

「普通の小学生ならば、ね。

 でも私は『魔女』……

 そう『ロジックの魔女』!

 でしょ、智優ちゃん?」


 闇の深さを表すような微笑ほほえみで応える詩芙音ちゃん。忘れて平穏へいおんに過ごそうと思っていたのに否応無いやおうなく思い出す事実。


 そう、彼女は『ロジックの魔女』だった。


「で、でもどうやって戦うの?生身なまみで戦っても絶対勝てないよ!」

「私が本来の『魔女』の姿に戻るよ。そうしたら普段、抑えつけている能力が解放されてアイツと互角に戦えるわ!

 互角?いや互角以上、赤子の手をひねるようなものね」

「じゃ、じゃあ、やっつけちゃってよ、詩芙音ちゃん」


 詩芙音ちゃんは軽いため息を付き、ロムは私を嘲笑あざわらう。


「本来の姿に戻るには魔力切れなの。あは☆」

「はあーーーーーーーーーーーーーーー??」



「あのね智優ちゃん。昨日、電脳の海の果てで智優ちゃんの『定数』(本来の器、不可分の状態)から『変数』(仮の器、可分の状態)に移したでしょ?」

「う、うん」


 やっぱりアレは夢じゃなかった。


 昨日、私がダンプカーにかれた後、目を開けると歩道に立っていて詩芙音ちゃんに支えられていた。近くで泣いていた低学年の男子はおどろきのあまり目を丸く開け、口も丸く開けて放心状態で私のことを見ていた。


 そして数メートル進んだ後、急ブレーキを掛けて止まったダンプカーから降りてきた運転手が怒鳴どなり声、いや悲鳴ひめいに近い叫び声で私の安否確認あんぴかくにんをしながら近づいてきたが、私の無事な姿を見て硬直こうちょくして動けなくなっていた。


 私が轢かれた場所を見ても一切、何も残っておらず、そこにはダンプカーのブレーキ跡が伸びているばかりだった。


 ダンプカーの運転手さんに私が何も問題ないことを告げ、巫山戯ふざけて道路に飛び出した男の子を謝らせると一同は解散していった。運転手は大きく首を傾げながら運転席に戻り、男の子は目をパチパチしながらブツブツつぶやいていたが納得しない様子のまま、私達に「ゴメンナサイ」と「ありがとう」を告げて帰っていった。


 私の家に着くと詩芙音ちゃんと明日の登校の約束をして分かれるのだったが、試しにロムに声を掛けてみると馬鹿にしたような視線を私に送り、短く「にゃー」と鳴くとスタスタ歩いて行ってしまった。


 何もかも都合の良い夢だったことにして忘れようかと思ってたら、やっぱり現実だったのだ……


「またボンヤリしておるな、小娘!」

「してない!!」


 口の悪い黒猫をにらみつけながら反論したが、事態じたいはそれどころじゃない。


「でね、智優ちゃん。その『定数』を『変数』にする演算と智優ちゃんの身体を修復する演算を行ったら魔力が尽きちゃったの」

「じゃあ、『魔女』になれないんじゃ……」

「でも安心して!魔力のほとんどは智優ちゃんの中にあるから」

「は??」


 詩芙音ちゃんいわく、瀕死ひんしの私を上手く『定数』から『変数』に移すことはできたんだけど、やっぱり無理があって『変数』に定着せずに離れてしまいそうになるから、魔力を注ぎこんで無理やり定着したんだそうな。


 万能のひびきがある『魔女』にもセカイの法則や摂理せつりに反することは容易ではなく、魔力という対価たいかを支払ってようやく私を助けることができたのだ。


 おじいちゃんや詩芙音ちゃん、そしてロム。

 様々な人に助けられ、私は命を留めることができたのだ。


「ど、ど、ど、どーするの??」

「こ、こ、こ、こーするのだ!」


 茶化ちゃかすロムをりたくなる思いを抑えて次の一手を確認する。


「『魔女』の身体は影と戦えるけど、私は魔力欠乏状態。かたや智優ちゃんは魔力十分。

 だったら私と智優ちゃんが融合ゆうごうすれば良いんだよ!」

「え?何を、云って?え、融合?」

「じゃあ合体!」

「いや、言葉の問題じゃなくて……」


 理解が追い付かなく、目が回りながら手をパタパタしている私を後目しりめにロムは何やら詠唱えいしょうして準備をしているようだ。


 ドサッ!


 ロムの詠唱が終わると空中の魔法陣から人形が落ちてくる。


「一時しのぎだ。こんなモノでよかろう、詩芙音?」

「まあ、一時的だから大丈夫かな」


 落ちてきた人形を見ると二頭身の……

 詩芙音ちゃん人形だ!

 か、可愛い!!


「智優ちゃん、これから私の『値』(魂)はこの『変数』(人形)に乗り移って今の『変数』(身体)を空けるね。そしたら智優ちゃんの『値』(魂)を私の『変数』(身体)に移すから」


「ゴメン、色々分からないんだけどさ。

 私が直接、詩芙音ちゃん身体に移ることはできないの?」

「できるけど、そうすると私の『値』(魂)が智優ちゃんの『値』(魂)で上書きされちゃって消えちゃうの。流石さすがにそれは困っちゃうな」


 ぽっ☆

 薄青色うすあおいろを帯びた詩芙音ちゃんのほおが赤く染まる。


 恥ずかしそうに苦笑いする詩芙音ちゃん、だけど私には恥ずかしそうにするツボが分からない……

 詩芙音ちゃんを私色に染めるってこと??


「だから詩芙音ちゃんは人形に避難するってことなのね?」

「うん、その通りだよ!」

「うー、分からない。

 分からないけど分かったよ……」

「飲み込みが悪いの」

「こんなの簡単に飲み込めるかーーー!!」


 思わず叫ぶとロムに鼻で笑われた。いつか仕返ししてやるんだから、覚えてなさいバカ猫!


「じゃあ、ロム。サポートは頼んだよ」

「ああ、問題ない」


 詩芙音ちゃんとロムが聞き取れない言葉、いや聞き取れないような音で呪文を詠唱をすると、急に詩芙音ちゃんがくずれて後ろに倒れそうになったので私がお姫様を抱っこするように受け止めた。


 詩芙音ちゃんの身体はあまり重みを感じない。間近まじかに見ると青みがかった色素の薄い肌が綺麗きれいで触れてみたくなる。


「次だ。いくぞ、ボンヤリ子」

「え?」


 続いてロムが詠唱すると私の『値』が『変数』から引き剥がされていった。


 私たちは光のヴェールに包まれていき、周りには小さくて丸っこい星が流れていて煌めいている。光のヴェールはなつかしいような温かさで安らぎを与えてくれる。この感覚は初めてじゃない。生まれるよりもずっと前、遠い昔にも触れたことがあるような懐かしい感覚……


 光のヴェールが少しづつ私たちの身体を締め付けていく。



 指の先から別の感覚が伝わってくる。それは指や足、胸やお尻、全身の触覚しょっかくが詩芙音ちゃんの身体のモノとなり、今まで感じたことが無いようなかゆいような、しびれるような自分にフィットしない感覚。

 目を開くと今までよりも遠くが見え、古臭い校舎の匂いが強く感じられる。おそらく味覚も……


 落ち着いて確認すると床に転がりそうな私の身体を二頭身の詩芙音ちゃん人形がキャッチし、親指を立てて合図している。


 そして私の姿を見ると……


 小さな魔女帽子まじょぼうしかぶり、長い髪がサラリと流れている。オレンジ色をした衣装に胸元には水色のブローチが輝いている。そして長いスカートは透けて輝いている。

 違和感を感じる背中の方から光る羽が舞ってくる。後ろを確認すると背中から生えた光翼こうよくれていた。


「な、何なのコレ?」

「ふむ。イレギュラー発生じゃな」

「どういうこと、ロム?」

「ボンヤリ子と融合することで本来の『魔女』ではない姿に変わってしまったようだ」

「本来の『魔女』ではない姿?」

「そう。これは『魔女』というより『魔法少女』かの〜。ボンヤリ子があこがれる姿なんじゃないのか?」


 あ!ま、まさか……

 大好きな少年マンガに出てくる魔法少女がこんな格好でステッキを持ってカードを……

 で、でも、このコスチュームはもうちょいキワドくて魔女寄りというか……


「智優ちゃん、ナイス!

 そのコスチューム、可愛いよ!

 『演算魔法少女☆ロジカル・シフォン』の誕生だー!!」


 私は顔から火が出そうな勢いで真っ赤になりながら「あう、あう」云うしかできなかった……


「あう、あう……」

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