第11話 戦いの末、そして…

 私の秘密、誰にも話したことが無いあこがれ。それは魔法少女になること。

 演算魔法少女☆ロジカル・シフォンに変身して夢は叶えられた。でも…


 普段、かないスカートはスースーするし、首を動かす度にれる髪の毛の長さは違和感いわかんありあり、胸もお尻もボリュームがある割にピッタリ気味のコスチュームが苦しくてむずかゆいし、正直動き辛い……


 でもそんな贅沢ぜいたくな悩みを云ってる場合じゃないぞ!


 ずーん、ずーん、ずーん……

 遠くで低い音がひびくたびに教室が揺れる。


 教室の外、廊下の向こうから重い足音が響いてくる。影の化け物がせまってきているのだ。


智優ちゆちゃん、私は『魔女』の知識で様々な異形いぎょうの者たちを知っているけど、あんな人の思いがもった影でできた化け物は初めてなの。

 でね、このまま戦っても闇雲やみくもに攻撃することになっちゃうから少しの間、ヤツの弱点を調べる時間が欲しいの」

「えっ、それって私が時間稼じかんかせぎをするってこと?」

「ふむ。ボンヤ……」

うるさいロム!

 ボンヤリしてないよ!!」


 茶化ちゃかす黒猫ロムを怒鳴どなりつけつつも、内心ないしん突然とつぜんの作戦説明に困惑こんわくする私。変身してはみたものの何をどうして良いかサッパリ分からない……


「良い、智優ちゃん?私の身体は基本的な戦い方を知っているよ。だから怖がらずに立ち向かえば大丈夫!」

「えー、何が大丈夫なの!?」

「あは☆

 今から戦い方のレクチャしてる時間なんてないでしょ?」


 二頭身の詩芙音しふぉんちゃん人形は強引な理屈りくつを展開して私の背中を押して教室の外の廊下に追いやる。


 廊下の窓から空をながめると落ちかけた夕日と始まる夜のやみがグラデーションになり、なめらかに混ざり合っていた。


 階段の方を向くと、そこには……

 困惑こんわくしたまま初めての戦闘に突入していくのだった。



 廊下の影からロジカル・シフォンの戦闘を見守る黒猫ロム。智優を茶化してはみたものの、イレギュラーな変身をした戦闘に内心は不安だらけだった。


(もし詩芙音の身体が失われるようなことがあれば、グリモワールの新作は何百年先になるやら……)


「これはこれは『アイオニアン』のロムきょう、初めてお目に掛かります〜」


 横を見るとうやうやしく礼をする女――保健室にいた安藤あんどうとかいったか?――がいた。

 深い緑色のローブ、腰に掛かるほど大きな魔女帽子まじょぼうしひざまずき敬意のためにかかげた自らの杖。


 なるほど魔女だな。


「ふむ、初めてかの?どちらの魔女殿かな?」

「私は『ドリアン』所属の『空間の魔女』でございます〜。お見知りおきを〜』


(同じ魔女機関『モーダル』の所属か……)


「見ての通り少々立て込んでいてな。要件は手短に願いたいものだ」

「ふふふ、お互いそうありたいものですわ〜

 これはあなた方に有利な話!

 この場所は今、『空間の魔女』たる私の力を用いて別の次元の空間に分離しましたわ〜。普通の空間よりも魔力が強く効きますので少しの魔力でも強力になりますわよ〜」

「ふん、それは助かるがの……」

「いえ大したことは望みませんわ〜。

 偉大いだいなる原初げんしょの魔女のお一人、ロム卿から『ドリアン』の我が主に礼を云って頂きたいのです〜。ついでに私の支援をプッシュ頂けると夏のボーナスの査定さていが有利になりますわ〜」


(小娘が他人事ひとごとだと思ってからに。

 だがまぁ、悪い話ではあるまいて)


「承知した。『ドリアン』の若造に云っておこう」


 二人の魔女が密談みつだんわす間もシフォンと影の戦いは続く。



 シフォンはするど手刀しゅとうを武器に影に攻撃を仕掛けるが、先ほど腕を切り落とした攻撃に警戒した影は防御で手刀をいなしていく。

 時折ときおり、攻撃が影の本体に届きそうになると影の内側に隠れた栞ちゃんがき出しになってしまうため当てることが出来ず、影の本体に攻撃が届かないのだ。


 攻撃が当たらずあせっているシフォン目掛けて反物たんもののように薄ペラかった腕が風船のように大きくふくらんでせまり、シフォンに直撃ちょくげきする!

 攻撃を食らい吹き飛ばされたシフォンは教室の壁に叩きつけられる。光の羽が舞い上がり、壁の下には打撃だげきのダメージで動けなくなったシフォンが横たわっている。


(こ、攻撃が当てられない……

 かわされて空振りしたらこのザマだ。

 栞ちゃんを何とかしなければ影の化け物には勝てないぞ。でもどうしたら……)


<お待たせ、智優ちゃん!>


 念波テレパシーで詩芙音ちゃんが話し掛けてくる。


<ようやく影の構造体解析が完了したよー>

「で、で、弱点は分かった!?」

<もち!のロン!でアガリ!!>

「い、いいから、そういうの……」


 念波でボケツッコミするとは思わなかった……


<あのね、アレはしおりちゃんの感情があふれてできた化け物なの>

「感情??」

<そう、感情。解析した結果、感情には感情を保管する器、『変数』があるって分かったの。コレは魂を入れる『変数』とは違うみたい>

「う、うん……」

<でね、栞ちゃんの『ある感情』が大きくなって、栞ちゃん自身が備えた器の大きさを超えてしまったの。そして器から溢れた感情が実体化して影の化け物になったってわけ>

「じゃあ、どうすれば……」

<原因が分かれば対処は簡単よ!感情の大きさに合わせて『変数』の型を変換して大きくしてやれば良いだけ。『キャスト』でね>

「『キャスト』??」

<うん、『キャスト』!次の攻撃をかわした後で私の詠唱えいしょうに合わせてとなえてね」

「分からないけど、分かった!」


 ダメージを受けて動けない私に止めを刺すために影の化け物は再び腕を鋭い反物上に変化させて攻撃を繰り出す。

 私は神経をまして影の攻撃を引き付け、大きく前転して攻撃をかわしながら影のふところに入り込む!


<智優ちゃん、今よ!せーの!!>


「「キャスト型式変換!!!」」


 眩い光とゼロとイチ、数字と英字が連なったカーテンが影の化け物を包み込む。


 影と一体化していた栞ちゃんが浮かび上がり影から離れていく。栞ちゃんの姿は元と同じようにくっきりとした像を描き、生きている者の息遣いきづかいを感じさせる色を帯びていた。


 栞ちゃんが弱々しく微笑む。


「ありがとう、私の王子様……」

「いいよ、私のお姫様!」


 寄り代を失った影が暴走を始めていて形は既に人の姿を留めず、部位ごとに大きさがバラバラな人形のように成り果てていた。


「よくも栞ちゃんをーー!!」


 栞ちゃんを苦しめた影への怒りに我を忘れて叫ぶ私。手刀を構え緩慢かんまんな動きになった影に向かって走り出す。


 ざくっ!!


 影の本体に手刀を突き立てたが勢いは止まらず、そのまま窓を破って4階から外にダイブしていた。


 ガッシャーーーーーーン


 シフォンは影の化け物に手刀を突き刺したまま、4階の外の空中に飛び出す。一瞬、浮いているようだったが慣性かんせいの法則に従い落下を始める。


 あ、マズい……

 折角、生き返ったのに落ちて死んじゃう。でも今は詩芙音ちゃんの身体だから死んじゃうのは詩芙音ちゃん??それはもっとマズいぞ……


<……ヤリ子、ボンヤリ子!ボンヤリしてるな!!>

「ボンヤリしてな……、いやしてるな……」


 4階から落下しながらロムにツッコミされるなんて思ってもみなかった。


<その光翼こうよくは飾り物か!?>


 ロムの念波を聞くや否や光翼を羽ばたかせようと足掻き始める。


 息を吸い込み背中に力を入れると光翼は広がり、肩幅を超えて広がる。肩甲骨けんこうこつを右・左の順に力を入れると光翼が動くではないか!あとは無我夢中で翼を動かしているうちに浮力ふりょくを得て落下する力は弱まっていった。


 同時に手刀が突き刺さっていた影の身体が抜け落ちて単独で落下していき地面に直撃する。グシャリと大きな音がしたかと思うと霞のように消えてしまった。

 次第に翼の使い方に慣れ、ゆっくりと校庭に着陸するとそのまま腰が抜けたように倒れてしまった。


「か、勝ったの??」


 空を見上げると既に夕焼けの色は無くなり、夜空の暗い青色だけがあった。そして幾つもの輝く羽がフワリフワリと舞い下りていくのだった。



――戦いが終わった後


「やれやれ、怒りに我を忘れおって。ボンヤリ子には冷や冷やさせるわい」


 影が消えた場所に立ち『何か』を回収するロム。


「これが新作のグリモワールの1ページか。

 先は長いが焦ることもあるまいて」


 くっくっく!

 可愛くない笑い声を上げる黒猫だった……



――廊下の角から戦いを見守る別の視線


「ちっ!私の影を簡単に倒すとは魔女機関の連中はとんだ隠し玉を出してきたものだ……

影を作るのに必要な適正者てきせいしゃを探すのは楽じゃないってのに」


 男がブツブツつぶやいていると音もなく現れた女が男をからかう。


「あらあら、ご自慢の影はもう倒されてしまったのかしら??折角、見物に来たのに何も見れないじゃない」


 黒いボディスーツの女は高らかに笑いながら男を罵倒ばとうする。男は舌打ちしたくなるのを我慢がまんして女に頭を下げて硬直こうちょくしていた。


「申し訳ありません!次こそは!!」

ませ犬の遠吠とおぼえみたいなセリフは聞きたくないわ。良いこと?次は私にも声を掛けなさいな」

「ははっ!」


 気が付くと怪しげな二人の姿は消えていた。

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