第9話 出現!『黄昏時の告解室』

(今日は晴れか。かさの心配もいらないわね。

 傘持ってると智優ちゆちゃんが振り回すから周りに注意するのがタイヘン。

 ほんと手が掛かるったら、ふふふっ)


 神埼家かんざきけの前に立ち、晴天の空をながめながら私は思った。


 朝、家の前でいつものように智優ちゃんを待っていると詩芙音しふぉんちゃんと二人で手をつないで来るのが見える。昨日は智優ちゃんが怪我けがをしたらしく、先に帰ってしまったけど今朝は何事もなかったように合流した。


 うん?気のせいか智優ちゃんの雰囲気ふんいきというか、気配けはいというか、言葉にできない何かが変わったように感じられたが、上手く表現できない。


「昨日はゴメンね。階段で転んで足をひねっちゃって、れがひどくなってきたから詩芙音ちゃんと二人で先に帰っちゃった……」

「うん、全然大丈夫だよー。それよりも足の方は大丈夫なの?」

「うん!もう全然、問題ないよ!」


 智優ちゃんはジャンプして足が回復したことをアピールしてくれた。


(あれ?腫れるほど捻ったのに次の日には回復するものなの?

 保健室の安藤先生が説明してくれたから捻って腫れたのは間違いないはずなんだけど……)


「昨日は心配したけど大丈夫そうで何よりだよ〜」

「帰り道、支えてくれてありがとう!詩芙音ちゃん!!」

「どういたしましてだよ〜」


 智優ちゃんの感謝にハグして応える詩芙音ちゃん。


 ……ずきん


(昨日から感じるこの痛みは何なんだろう?)


 痛みの正体に気付かないうちに小学校に到着し、学校生活の日常が始まった。 


 授業中は相変わらず眠そうな智優ちゃん。周りの友達とは普通に話すし、給食はモリモリ食べるし、昨日と変わらないと思う。

 でも何だろう?

 智優ちゃんの雰囲気が詩芙音ちゃんのソレに近いような気がする……



 クラスの夕会が終わり、放課後を告げるチャイムが鳴る頃、私はいつものように委員会の部屋に向かって移動していた。

 最近、委員会のおしごとが続いていて智優ちゃんを待たせることが多かったけど、そろそろおしごとにも終わりが見えてきたので今まで通りの時間に帰って智優ちゃんと二人だけで遊ぶことができるかな??


 ああ今までと違う。詩芙音ちゃんも一緒だ。


 委員会の活動室は旧校舎と呼ばれる古い建物の一室だった。ニュータウンができた影響で児童が増えて収容しきれなくなったため、急遽きゅうきょ増築ぞうちくしたプレハブの新校舎。旧校舎と新校舎を半分半分に学年で分けてクラスが配置されている。

 旧校舎は全ての教室が埋まっているわけではなく、空いている教室を各委員会の部屋として使っていた。


 新校舎から一度、校庭に出てから移動すると色褪いろあせた旧校舎が見えてくる。ところどころにったつたが不気味さを引き立ててくれる……



 委員会で使っている教室の扉を何気なく開けると中は見たこともない装飾の部屋が広がっていた。


 何かおかしい!すぐにココから逃げなければいけない!本能がそう警告けいこくしても逆らえず、みちびかれるように部屋の中に進んでいった。


「……ようこそ。楽にして。さあ掛けなさい」


 委員会の部屋を仕切る衝立ついたての向こうから落ち着きのある声が聞こえてくる。衝立は天井近い高さと教室の端まで届く幅があり、部屋を二つに分断している壁のような大きさだった。衝立の真ん中に小さな窓があり、そこから声が聞こえてくるようだ。


 その場所から逃げようと抵抗を試みてもダメ。夢遊病患者むゆうびょうかんじゃのようにふらふらと部屋の真ん中に置かれた粗末そまつな木製の椅子いすに進み腰を掛けてしまう。


 私が腰を掛けたのが合図だったのか、部屋の外から歯車が動き出すような大きな音が聞こえて部屋全体が揺れ始める。気圧が変化しているような感覚になると部屋はエレベーターのように下へ動いているような気がしてきた。


 そして遠くでオルガンが奏でる旋律せんりつと女性のオペラのようなが歌声が聴こえてきた。頭の中がふわふわとしてきて自分が何処どこにいるのか分からないような感覚になってきた。


「さあ、告解こくかいを始めたまえ」


 昔の映画のようにカタカタした絵で思い出のシーンが映し出される。


――幼稚園に入る前の私、その横に智優ちゃん


「私と智優ちゃんは幼稚園に入る前からの友だちでした。家族を除けば一番長く同じ時間を過ごしたんじゃないかな」


――棒を振り回して走り回る智優ちゃん

  それを遠巻とおまきにながめる私


「昔から智優ちゃんは雑で乱暴で女の子らしくなくて。親に連れられて鈴偶家に挨拶あいさつに行って初めて会った時、絶対に友だちになれないと思っていました」


――私の手を繋いでリードする智優ちゃん


「でも子どもって不思議ですね。絶対に合わないと思っても遊び始めると気が合うっていうか。合わせるっていうか。乱暴な遊びも男の子と遊んでいると思えば慣れちゃうですよ。不思議ですね」


――大切なポシェットを盗られて泣く私


「智優ちゃんとの遊びに慣れてきた頃、近所に幼稚園くらいの子どもが遊んでいると邪魔をする嫌な小学生がいたんですよ。ある日、私が公園で遊んでいるとその小学生が意地悪をしてきて怖くて思わず泣いちゃったんです」


――駆けつけてポシェットを取り返す智優ちゃん


「そうしたら智優ちゃんが駆けつけてきて!カッコ良かったな〜。グーでパンチして小学生の男の子をノックダウンしたんですよ。私、思わず智優ちゃんにしがみついて……」


――その後、やり返されて鼻血を出しながらも

  気丈な態度ではげます智優ちゃん


「智優ちゃんたら、私が付いてるから大丈夫!なんてさけんで。でも小学生には勝てなくて反撃にあって半べそになっているところでかけるさんが来て加勢して一件落着。確かに解決したのは駆さんかもしれないけど、智優ちゃんの勇ましい姿は……」


――力強くて、私を守ってくれる人……


「私の王子様だって思いましたよ」


――でも苦手なことはトコトンだめ

  私がお世話しなければいけない人……


「智優ちゃんってガサツというか、大雑把というか。デリカシーが無いというか。だから私、気付いたんですよ。私が智優ちゃんをエスコートしていかなければいけないんだと」


(そうか。そうだったんだ。

 私は智優ちゃんのことが……

 だから優しいフリで縛って

 独り占めしたかったんだ)


 衝立の向こうから声が聞こえる。


「あなたの好きは幼い頃の好きから変化をしていた。

 それに気付かないフリをして抑え込み、誤魔化すことでお友達の傍にいようとした。


 でもそんな時間は終わりです。

 何故ならば今、この告解室で自らの感情の本質を知ったのだから!!」


 気付くと部屋の揺れはなくなり、気圧は変化しなくなっていた。遠くで聞こえていた旋律も歌声も消えてなくなっていた。


 気付いてしまった感情にきそうになり両手で顔をおおってうずくまると暗幕あんまくが降りたような暗闇くらやみが訪れた。



 はあ、はあ、はあ、はあ……

 身体が重く、息が苦しい……


 身体を引きずるようにして廊下に出る。

 智優ちゃんの元へ行かなくちゃ。

 なぜ?

 今日は一緒に帰って遊ぶんだ。

 

「智゛優゛ちゃ゛ん゛……」

 自分の声とは思えないような雑音が響く。廊下の窓に映る姿を見て悲鳴を上げそうになる。

 自分のいる場所に大きな黒い影が立ってこちらを見ているのだ!


 遠くで聞き慣れた声が聞こえてくる。


「栞ちゃーん。大きな音がしたけど大丈夫〜?」


 廊下の奥に二人の姿、智優ちゃんと詩芙音ちゃんだ。二人が私の視界に入った途端、二人に向かって走り出している。


(あれ?私は何をしようとしているの??)


 右手が薄い帯のような形に変化した。薄い帯はこともあろうか二人にめがけて伸びていくではないか!


(智優ちゃん、危ない!!)


 私が腕を無理やり動かそうとすると、腕の先が伸びた帯は智優ちゃんの傍をかすめて階段の手すりに衝突しょうとつする!


 すすっ……

 がたんっ!!


 衝突音が鳴り響くかと思いきやカッターで紙を切った時のような音がして階段の手すりは徐々にズレていき廊下へ落下した。

 あり得ないような鋭さで切断されているのだ!


「きゃーー!!何、何!?何なの??」


 パニックで大声を上げる智優ちゃん、パニックは私も同じ。でも大声を上げようとして声を出しても響くのは咆哮ほうこうだった。


 がぁぁぁぁぁぁ!!


「智優ちゃん、マズいよ!一旦、逃げよう!!」

「一旦じゃなくてこのまま完全に逃げたいよう」

「詩芙音、ヤツは出口を邪魔している。上に昇って逃げ道を確保しよう」

「分かったわ、ロム!!さあ、智優ちゃん、逃げるよ!!」


 次の攻撃をしようとする影を押さえつけるように踏ん張っていたら、二人が階段を昇って消えるのが見えた。


(わ、私はどうなってしまったの?

 智優ちゃん、助けて……

 私の王子様……、智優ちゃん)


 影の支配が強まり私の意識は薄まっていった。

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