第8話 電脳の海の果て、再会と再生

――ちゅうに浮いているような『空間』


 目を開けると私は不思議な『空間』に浮いていた。物凄ものすごい速さで移動しているような気がするが、止まっているだけで周りのモノが動いているような気もする。


 目をらすと数字が浮かんで見える。それは0と1だけのように見えたり、時には数字と英字が混ざったようなものに見える。私に分かることはそれらの0と1、または数字と英字が全く意味の分からない記号の羅列られつに過ぎないことだった。


 私は『空間』を泳ごうと足掻あがくが手足に引っかかりが無いため泳ぐことはできず、ただバタバタしながら流されているような状態だった。


 時折、私のすぐ近くを数字と文字が通り過ぎていきつかりそうになる。ヒヤヒヤしたけど自分から回避ができないことに気付き、成すがままに浮かんでいることにした。


「……、おーい、ここだよー」

「えっ、詩芙音しふぉんちゃんの声?」

「『緑色の光』のところに来てー」

「詩芙音ちゃん、来てって云っても私、泳げないんだよ。どうやったら『緑色の光』のところに行けるの?」

「生きたいと思った時のように『緑色の光』のところに行きたい!と強く思うんだよー。

 智優ちゆちゃんの意思があれば辿たどり着けるよ。さあ、強く思ってー」


 遠い先に見える『緑色の光』はとても小さな点だった。


「『緑色の光』、見えた!

 詩芙音ちゃん、見えたよ!

 でも怖い。怖いよ、詩芙音ちゃん……」

「大丈夫ー、もう少しだから頑張って!」

「……うん」


 私が『緑色の光』のところに行きたいと念じると周りの数字と英字が線になるくらい速く流れていき、『緑色の光』はどんどん大きくなっていった。


 大きくなるにつれて形が分かってきた。

 点だったソレは箱のようなものだった。


 手を伸ばすと『緑色の光』の箱に触れるくらいまで近づいていった。もう少しで詩芙音ちゃんの声がするところに辿り着き、詩芙音ちゃんに会えるのかな?


 手を伸ばして『緑色の光』の箱に付いたノブをつかんで身体を引き寄せ、箱の側面に足をついてノブを回すと側面がトビラのように開き、箱の中に入ることができた。


――箱の中は緑色した部屋


 ガラガラガラガラ、ガシャン


 部屋に入るとトビラがあった場所が格子状こうしじょうの仕切りで閉まった。ガコンという音がすると部屋はエレベータのように昇り始めたようだった。部屋の天井近くにある文字盤もじばんの数字がドンドンとカウントアップしていて、部屋の壁の隙間すきまから差し込む黄色い光が上から下に動き、部屋が上に昇っているのが分かった。


(ここはどこなんだろう?詩芙音ちゃん、いないな……)


 部屋の真ん中で辺りを見渡しながらボーッと考えていた。文字盤の数字は上がり続け、ときおり黄色い光が上から下へ流れている。


<あなたは誰?>

「えっ!?」


 部屋のどこかにスピーカーがあるんだろうか?急に知らない女性の声が私に質問をしてきた。


<あなたは誰?>

「わ、私は智優ちゆ鈴偶りんぐう智優ちゆです!」


<あなたは何故、ここに来たの?>

「えっ?確か何かスゴイ事故に合って最後に友だちに云われたような気が。その事故は……

 そう男の子が大きな車にかれそうになったのをかばって代わりに私が轢かれて……」


<あなたは何故、ここに来たの?>

「私は……、大切な友だちにココで会おうと云われて……」


<あなたは何を望むの?>

「私は…… まだ死にたくない!そう生き返りたいです!生き返って、もっと詩芙音ちゃんと遊んだり、勉強したり、大人になったら結婚したり、お母さんになったり。とにかくまだ死にたくないんです!!」


(生きることは苦しみの連続だとしても?)


「お父さんを見ていると大変なの分かります。本当にいつも苦しそうで笑っている時間以上に暗い表情してます。でも生きるってそういうことですよね!?私は苦しみを受け入れてでも生きたいんです!!」


 普段から漠然ばくぜんと感じていた事をわめき立てていた。


<あなたは何をしたいの?>

 返答に困る私……


 本当にやらなければいけないことを思い出した。おじいちゃんとの会話で気付いたこと。些細ささいなことかもしれない、でもとても大事なこと。


「そう、私にはやらなければいけないことがあるんです!ラブレターをくれた人に返事をしなくちゃ!!」


 ポーン


<最上階『ロジカル・スペース』へ到着しました。

 またのご利用をお待ちしております。

 それでは良い旅をお楽しみください>


 気付くと文字盤の数字は動きが止まって新しい数字を刻まなくなっていた。ガンッ!という大きな音と鳴り部屋が揺れたかと思うと格子状の扉がガラガラといいながら開いていった。


 扉が開き切るとまばゆい光の中に見慣れた人影があり、手を振っていた。

 詩芙音ちゃんだ!


「智優ちゃん、待ってたよー!」


 小走りに近寄って詩芙音ちゃんの手を掴むと緊張きんちょうの糸が解けて声を上げて泣き始めてしまった。その背中では例のガラガラいう音が響いて部屋の扉が閉まるのが分かった。


「ここまで辿り着ける可能性はゼロに近かったんだけど、ラッキーだったね!」

「う、うん。でもラッキーだけじゃないかも……」


 私はおじいちゃんに導かれたから辿り着けたのだと思った。



 そこは透けるような地面に青色の抜けた空。

 時折、数字と英字の羅列が生き物のように現れては消えていく現実感のとぼしい場所。


「詩芙音。話し込む前に肝心かんじんの作業をやってしまおうかの」


 トーンの低いおっさん声の方を見ると……

 あれ黒猫のロムがしゃべってる??


「ふん!ぼんやりしてるなよ!これからが大変なんだからな。ほら詩芙音、説明しなさい」


 詩芙音ちゃんがうなずく。


「色々あって混乱すると思うけど……

 まず智優ちゃんは死にかけていて、このまま何もしなければ確実に死ぬよ」

「そ、それは何となく分かる……」

「さっき、生きたいと宣言した。だから生き返るように頑張るね!」

「頑張るって、頑張ってどうにかなるものじゃ……」

「ぶつぶつ云う前に詩芙音の話を聞きなさい!」


 あ、ロムに怒られた。っていうかお父さんみたいな口調でウザい。


「これから智優ちゃんのたましいを別の器に移して、元の身体は時間を掛けて修復するから」

「は?ちょっと待って!魂なんて簡単に移せないでしょ??」


「私は『魔女』。『魔女』だからできるよ!」

「そんな乱暴な……」


 いつものうつろな目がにぶく輝き、薄く微笑みながら強いトーンで云う。


「人間は本来、魂と身体が定着して変更ができないモノなの。私はこれを『定数』と呼んでいる」

「て、『定数』?人間は数じゃないよ」

「智優ちゃん、落ち着いて聞いて。

 私は『ロジックの魔女』

 この世の全ての事象を数字に置き換えて演算する能力を備えた『魔女』なの」

「だ、だから魂を数字のように扱えるの?ホントに乱暴だ〜」

「そうね。でもその乱暴なことができるが故に私は『ロジックの魔女』なのよ」


 信じられないことを云い始めた友だちに驚いてしまうが、冷静に考えると既に信じられないことが起きているじゃないか!でもでも、そんなものなの??


「あのね、私の能力はセカイの全てをゼロとイチの数字に置き換えること。そしてゼロとイチを使って記憶したり、様々な演算ができることなの」

「え?セカイの全てをゼロとイチに置き換えることなんて不可能じゃ……」


「1個の数字はゼロとイチ、二つの状態しか表現でいないよね?」

「う、うん」

「じゃあ、2個の数字があれば?」

「四つの状態が表現できる……」

「3個の数字があれば八つの状態、4個の数字があれば16の状態が表現できる。数字の個数を無限に近づければどんな状態も表せるでしょ?」


「でもセカイって数字だけじゃないよ」

「そう。だから数字を受け取って何かを出力する装置が必要。たとえば色を表現する装置があるとするじゃない?」

「う、うん」

「それは赤、緑、青の3つの色を合成して出せるの」

「もしかして混ぜるとどんな色にもなるってやつ?」

「そう、それよ。あとは3つの色の強さを数字で与えてやれば望むような色が表せるわ。同じようにセカイにある全ての事象を数字で扱える能力、それが『ロジックの魔女』の能力よ」


「うー、納得できないけど……

 で、私はどうなるの??」

「智優ちゃんの『定数』をコピーして魂と身体が固定されていない器、『変数』を用意したの。今から智優ちゃんを『変数』に移すってわけ」

「それって別の人間の姿になっちゃうってこと!?」

「そこは安心して。今の智優ちゃんの器を元に『変数』を準備したから今までと同じよ」


「詩芙音、もう時間がないぞ。ぼんやり子、覚悟を決めなさい!」

「ぼ、ぼんやり子って私のこと!さっきからお父さんみたいな口調だし、全然可愛くない!」

「くっくっくっ!憎まれ口の続きは生き返ってからだ」


「詩芙音ちゃん、分からないけど分かった。とにかく何もしなければ死んじゃうってことだよね?」

「うん。確実にね……」

「私は生き返ってやることがあるから迷わないわ。ゴメンだけど助けてくれる?」

「もちろん!だって友だちでしょ!?」


 虚ろな瞳が細くなり笑みをたたえる。


 友だちを信じて手を差し出すと数字と文字の羅列の波が私を襲いかかり、強い力で海の中に引き込まれていった……


 あとのコトはよく覚えていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る