第4話 帰り道、『学校の噂ばなし』

 少し暗くなった学校の帰り道、でも女の子三人はお互いの興味で話がはずんでいく。


「へー、じゃあ野伊間のいまさんのお父さんって研究者なんだ〜」

「あ、下の名前。詩芙音しふぉんって呼んで欲しいな」


 初めての会話で固くなったのかしおりちゃんが上の名前で呼ぶのを下の名前で呼ぶようにお願いしていた。呼び名って大事で最初に壁を作ると距離感きょりかんを作っちゃうんだよね。転校生だから尚更、詩芙音ちゃんは壁を作って欲しくなかったんだろうな、と思う。


「うん。私も良く知らないんだけど論文に必要な調査をするために引っ越したみたい」

「前は何処どこに住んでいたの?」

「東京のはじっこだよ」

「えっ!めっちゃ都会じゃん!うらやましい〜」

「あー、でも舞金まいがねも色々なお店があって便利じゃない?あと今どき欲しいものはネットでお買い物できるしさ」

「そうなんだけどさー、やっぱり流行の洋服は新鮮なうちに知りたいっていうか」


 東京から来た詩芙音ちゃんの存在はオシャレにこだわしおりちゃんのハートをつかんだみたい。いつもの周りと一線を置いたような態度から一転してグイグイ食い込んでいく。


「ねぇ、智優ちゆちゃん!うらやましいよね!!」

「うー。私はオシャレに興味無いから……」

「え?そうなの??智優ちゃんの格好ってカッコ良いからソッチ方面のオシャレを狙ってるんだと思った」

「え?」

「ダメよ、詩芙音ちゃん!私のイケメン女子なんだから!!」

「わ、私は!!」


 顔が火照ほでった私の腕をぐいとつかんで牽制けんせいする栞ちゃん。負けじともう片方の腕を掴んで牽制しかえす詩芙音ちゃん。もう何がなんだか、頭がクラクラしてきた……


「智優ちゃんの顔、真っ赤!」

「ね?可愛いでしょ??」

「もー、二人とも私をからかって遊ばないでよぅ!」



 お互いの家の方向の分岐路ぶんきろに差し掛かり栞ちゃんと分かれ、詩芙音ちゃんと二人となった。


 二人になったところで少しシリアスなトーンで詩芙音ちゃんが問いかけてくる。


「ねえ、智優ちゆちゃん。舞金小まいがねしょうの『学校のうわさばなし』って知ってる?」


 詩芙音しふぉんちゃんの唐突とうとつな内容の質問にビックリして言葉に詰まってしまった。


「え?舞金小の学校にまつわる噂ばなしってこと?」

「そう。例えば学校の中で人が消えちゃったりとか」

「えー、人が消えちゃったらニュースになる事件だよー」


 私がおどろいて詩芙音ちゃんの方を見るとふざけている様子は無く、いつものうつろな目は真剣な表情そのものだった。


「あ、聞き方が悪かったかな。消えちゃうっていうより性格とか中身が変わっちゃうというか」

「うーん、私も小学校のこと全部を知っているわけじゃないからな〜」

「だよネ!急に変なコト聞いてゴメンね……」


 唐突な質問だけど詩芙音ちゃんには大事な質問だったのだろうと思い、何を聞かれているのか、どう答えたら良いか分からなかったけど、思い付いた意見を述べることにした。


「仮にの話だけど……

 たとえば家に引き籠ったり、学校に行っても教室に入れない子なら、もし性格とか中身が変わってしまっても変化が分からないかもよ」


 横でうなずく詩芙音ちゃんは何かを考えながら私の話を聞いているようだった。


 急な質問に困りながら歩いていると、道の向こうから可愛い黒猫が尻尾しっぽを振りながら優雅ゆうがな足取りで歩いてこちらに向かってくる。


「じゃあさ。学校の中に変な場所があったりしない?」

「変な場所??」

「例えば普段は教室なんだけど、ある時入ってみっると別の空間になっているみたいな」


 私は質問にドキリとした。

 これは聞いたことがある!


 舞金小の噂ばなし、『黄昏時たそがれどき告解室こくかいしつ』だ!

 私の動揺に気付いたようで詩芙音ちゃんの虚ろな瞳はまたたきせず私をとらえていた。


「何か知っているの?」

「えっ?あっ、うん……

 それって『黄昏時の告解室』のことじゃないかな……」

「『黄昏時の告解室』??」

「うん……

 あのね、悩みを抱えた子が黄昏時に教室に入ると、その部屋が異世界につながっちゃってるって話。そこで悩みのことを聞かれて告白していくと自分が自分じゃなくなって最後に化け物になってしまうっていう噂……

 私も聞いただけなんだけど、怖いよね……」


「へー」

 詩芙音ちゃんの表情からは何を考えているかうかがうことはできなかった……


 帰り道の順番は私の家の方が早いみたいで、家の前でお別れとなった。


「じゃあ、また明日学校で!」

「ねぇ、智優ちゃん、朝一緒に行っても良い?」

「うん、大歓迎!いつも栞ちゃんと一緒なんだよ。だから三人で登校しよ!」

「ありがとう、智優ちゃん!」


 詩芙音ちゃんの後ろ姿を見送ると先ほどの黒猫が横について行くようだった。気のせいか詩芙音ちゃんは小声で黒猫に話しかけているように思えた。



 玄関で靴を脱いで家に入るとリビングで二人の兄の下の方、駆兄かけるにぃがテレビを見ながら大笑いしていた。中学校に入って始めた部活のバスケに夢中らしいけど、今日は部活が無い日なのかな?ちなみにバスケのおかげで後輩女子にモテモテらしいけど、、中身を知ったら幻滅すること間違い無しなのは妹の私が保証したい!


「おー、智優!おかえりー」

「駆兄ぃ、ただいま」

「今日は遅かったんじゃないか?」

「うん、転校生の子を送りながら話し込んでたら遅くなっちゃった」


「ちーゆー、手ぇ洗いなさいよ〜」


 キッチンからお母さんの声が聞こえる。今日の夕飯は何だろう?タンタンタンとリズム良く包丁とまな板が触れる音が聞こえ、美味しそうな匂いが漂ってくる。


 手を洗って部屋にランドセルを置きリビングに戻ったけど、まだ夕飯はできていなかったので駆兄ぃと一緒にテレビを見ることにした。


 色々な形でチキンレースをやるくだらない笑い番組なんだけどクラスの男子にも人気なんだよな〜。何で男の子って単純なんだろう?まあ女子は複雑で面倒くさ…、いや気難しいんだけどさ。


 例えば詩芙音ちゃん。何で急に『学校の噂ばなし』なんて知りたがったんだろ??


「ねえ、駆兄ぃ」

「ん、どうした、智優?」

「今日さ、転校生の子に舞金小の『学校の噂ばなし』のこと聞かれたの。転校してきて間もないのに何でそんなこと聞きたがるか分からないんだよね」

「あー、ほら女の子って怪談話、好きな子いるじゃん?だから興味本位きょうみほんいで知りたかったんじゃないかな?」


「えー、でも転校してきてその日に、だよ?」

「まあ、自分の好きな分野から馴染なじんでいこうとするのは分かるけどな」

「その子の趣味ってU Tubeのチャネル探しとかゲームだったんだけど」

「自己紹介で大っぴらに怪談好きです!って云ったら周りが引くだろ?そういうことだよ」

「確かにそうだけどさー」


「本当は聞きたかった怪談のこと、智優だから聞いたのかもしれないぜ。もしかしたらその子なりに親密になりたいシグナルかも」

「うん、そうかもね。ありがと、駆兄ぃ」


 何だか大人ぶっているアドバイス。ヤンチャだった駆兄ぃも大人になってきたってことかな?いやいや、無い。それは無い。


「ところでさ、舞金小の噂ばなしで『黄昏時の告解室』ってあるじゃん?」

「???

 何だそりゃ?」

「えっ、駆兄ぃの時は無かったの?」

「噂ばなしは色々あったと思うけど『黄昏時の告解室』なんて初めて聞いたぞ」


 駆兄ぃは首をかしげて小学校時代のことを思い出そうとしていた。『黄昏時の告解室』は有名な噂ばなしだから知らないってことはないはずなんだけど……


「ご飯、できたわよー」

「はーい」

「待ちくたびれたぜい!」

「手伝いもせずにゴロゴロしてテレビ観てただけのくせにヤダヤダ。駆、智優!お箸と小皿、並べなさいよー」


 噂ばなしに疑問がいたが、夕飯を食べながらお母さんに転校生の話をしているうちにすっかり忘れてしまった。

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